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黒白の巫  作者: ねをんゆう
第3章 【夕暮娘】
17/25

17.決別



「……貴方は、誰なんですか?」


私は尋ねた。

それが知りたかった、それだけでも知りたかった。

相手が誰なのか分からなければ、覚悟を決める事すらできやしない。

一体誰が、どうしてこんな方法で、そして私の何が原因でこうなったのか。私は知らなければならないのだ。


「………」


……けれど、何も語ろうとしなかった。

その蜘蛛の形を成した人間は、何かを語ろうと口を開いても言葉を発する事は無かった。

それは今の生活への未練なのか、それとも何かの企みなのかは分からないけれど……


「国語教師の花田慶一郎、43歳。野球部の顧問兼コーチで、あんたの担任教師よ。」


「「「……!」」」


全てを話したのは意外にも本人でも協力者の光海先輩でもなく、"偶然"この場に居合わせていた杏先輩だった。

彼女はその情報によっぽどの自信があるのだろうか、さも当然の事の様に言う。


「……知ってたのか、杏。」


「知ってたんじゃなくて調べたの。野球部全員の靴に怪しまれない様に小型GPS付けるの、死ぬほど面倒臭かった。」


「「え(エ)」」


私と蜘蛛がシンクロした。


「……いくらかかったんだ?それ」


「30万くらい?一番小さい奴だから高かったけど、ローテ組んで使ってたから少なくて済んだ。」


「さ、さんじゅう……まん……?」


思わず変な声を出してしまった。

一高校生が30万円なんて金額をポンと出す事ができるのだろうか。たしかにタクシーの一件でもしかしたらお金持ちな人では無いかと睨んでいたけれど……桁が違う。

そしてそれだけの労力を何故関係の無い彼女がかけてくれたのか、そんな事はもう私にも分かる。


「杏、ありがとうな。」


「……別に、大怪我して入院されるよりは安いでしょ。」


そんなこともないと思う。

けれど、30万程度など比較にならないほど杏先輩は優先輩のことを想っているのだ。


そして30万円という情報のインパクトが強くてそちらに話が持っていかれてしまったが、私が真に驚くべきなのはこちらの方だ。


「……花田、先生……?」


レギュラーの選手でも、ましてや部の生徒でもなく……顧問の、担任の先生がこの化け物……?


「…………」


動揺しているのは分かる、けれど"彼"は反応を返さない。黙ってはぐらかそうとしているかの様に、ただ静かにこちらを睨み付ける。


「いつどんな経緯でその姿を手に入れたかは知らないけど、最近野球部の部活動が短くなったのは優に斬られた足が原因でしょ。指の一本でも無くなってたんじゃない?ここ最近の部活動のメニューから監督が動く必要のある練習が軒並み外れてるのは確認してる。」


そういえば確かにそうだ。

ノックなどの練習が消えていたどころか、何かしらの理由で練習に来ない事も多くあった。私は実際に先輩が敵の脚を切った場面を見ていなかったから気が付かなかったけれど……というか何処からそんな情報が……


「花田先生、どういう経緯でその姿になったんです?"何"が理由で死にかけて、"誰"に化えられたんです?そしてその原因の同種は今どこにいるんです?」


淡々と質問をする杏先輩。

話の内容はよく分からないけれど、きっとあんな姿になる手順というものがあるのかもしれない。


けれど……


『………?何ノ話ダ?』


話は噛み合わなかった。


『私ハ気ガツイタラコノ姿ニナッテイタ、誰ノチカラモ借リテイナイ。』


「そんな事があるはずが無い。私達は死にかけた身体に同種の体液を流し込む事で存在を確立させられる。一度は確実に仮死状態近くにまでなっているはずだ。」


『知ラン、私ニソンナ経験ハ無イ。ナラバ私ハ特別ナノダ!ソウ、ソウダ!私ハ特別!私コソガ支配者!私ハ全テヲ手ニ入レル!コノ異形ノチカラデ!コノ完璧ナ頭脳デ!!」


言うほど完璧な頭脳なのかはさておき、なんというかやはり本来の先生よりも精神的に歪んでしまっている様に思える。

元は理知的で、真面目で、もし生徒への下心を抱いてしまったとしても隠して堪える様な人だったと思う。だからきっと彼がこうなってしまったのは私のせいでもあるのだろう。


けれど今の一言で分かってしまった、話し合いが意味を無さない理由が。

ああなってしまえばもう別人なのだ。

元の人格の先生はもう……いない……。


「先輩……?」


「ん?なんだ、こなみ。」


「あんな風になってしまっても……私への気持ちは本物なんでしょうか……?」


それすらも紛い物になるのだろうか。


「……ああなった人間の特徴として、思い込みが異常に強くなるというものがある。愛だの恋だのは私にはよく分からないが……」


「少なくともどちらでもないのは確か。」


「杏先輩……」


「相手を好きになるのが恋、そこに思いやりと持続と強度が加わって愛になる。前まではどちらかだったかもしれないけれど、今ではただの支配欲よ。そういう意味では気持ちは本物、貴方が答えに求めているモノかは知らないけどね。」


「支配欲……」


きっと人の感情に良し悪しをつける事などできない。だからその支配欲を持ってしまったから悪だと決めつけるのも違うのだろう。

でもそんな一方的な気持ちを私は求めていない。もっと言えば恋や愛すら私は求めていない。

同情はする、悲しいとは思う、先生が野球部の顧問じゃなかったら今回の件も南先生じゃなくて花田先生に相談していたくらいには信頼できる人だったから。

けれど私は光海先輩ほど優しくないし、杏先輩ほど情熱的でもない。恋愛感情なんて要らないし、自分を狙う輩に容赦する人間でも無い。


私が欲しいのは、私を型に嵌めず、私を女として見ず、私を私のままに見てくれる、私が私らしく居られる空間……友人……

私が生き方を間違えた故に失った、当たり前のそれが欲しいだけ。

それをもう一度手に入れて、離さない為になら……


「……先輩……」


「どうした、こなみ?」


「……心の整理、できました。」


「…………」


ゆっくりとこちらに目を向ける彼は、きっと私の本心を探っているのだろう。

けれど大丈夫、これは私の本心だ。


「私はもう大丈夫です。ですから……楽にしてあげて下さい……」


それでも、結局汚い所を全て先輩に押し付ける形になってしまう事だけが気掛かりで、彼が私の為にしてくれる事を一生返せる気がしないのが残念で……


「大丈夫だこなみ、君が居なくとも私はこうしていた。だから何も気に病むことはない。」


「で、でも……」


「それに、」


「……?」


「この借りは私と友人になってもらうという事で返してもらうからな。」



……先輩は酷い、私の言いたい事を全部持っていってしまう。

本当はそれは私が頼みたかった事なのに。



「……ふふ、仕方ないです。この借りは一生かかってでも返してあげますよ。」


「そうか、楽しみにしている。」


きっと周りから見ればそこそこ良い雰囲気なのかもしれない。けれど今の私なら確信できる。私にも、先輩にも、恋愛感情なんて欠片も無い。

先輩の方から見た私がどう映っているかは分からないけれど、それでも少なくとも私にとって、彼は、きっと……恋愛感情なんて勿体無いかけがえのない人になってくれると思うから。





『ア"ァ"ア"ァ"ァ"ア"ア"ァ"ア"ァ"ァ"ア"!!』






私達の甘ったるい会話を聞いていたせいなのか、突然周囲の空気を震わせる程に凄まじい声を上げ始めた大蜘蛛。

そうして糸針を出していた尾口を引き裂く様に、自身の身体程の大きさのある真っ白に輝く刃を出現させていく。

もう1つ変わった所と言えば……脚に装着されている石輪に灯る明かりが4つに増えた事……


『ア"ァ"ア"ァ"ァ"ア"!!』



「……杏、こなみを連れて逃げてくれるな?」


「え?」


「これ以上は……足手纏い?」


「……ああ。でも大丈夫だ、今日はかなり調子が良い。」


あの先輩が足手纏いだとハッキリ言い切るほど今の状況は切迫しているのだと分かる。

きっとあの刃はヤバいのだ、尾のように振り回しながらコンクリートを豆腐の様に切り裂くその様を見れば嫌でも分かる。


「……怪我しないで、は無理か。分かってる、どう足掻いてもボロボロになっちゃうもんね。」


「…………」


「分かってるから、大丈夫。だけど無理しないで、無理なら引いて、絶対に死なないで。死ななければ治してあげる、死ななければ助けてあげれる、だから……」


「頼りにしてる。」


「………っ」


そうして彼女は私の手を引っ張りこの場から走り出した。

この手を振り払うことなど誰にできようか。

私よりもずっと強い彼女が涙をこらえて下した判断を、私が拒絶する事などできやしない。


「……さて、花田先生。この前私を南先生から助けてくれたお礼です。最期まで一緒に遊びましょうか。」



カチッ


何かが噛み合った様な音がしたと同時に、心臓にまで響く様な恐ろしい声がこの世界へと響き渡った。



【"煉獄王"- Heartless】


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