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黒白の巫  作者: ねをんゆう
第3章 【夕暮娘】
16/25

16.人外達の戦い



『ギ、ギザマ"……ヨクモ……ヨ"ク"モ"ォォォォォ!!!』


「残念ながらそれを斬り落としたのは私じゃないんだ、文句なら下のお姉さんに言ってくれ」


「お姉さんって……」


そんなの1人しかいない。


『優〜?悪いけどやるなら下でやってくれな〜い?この高さだと私も下りられないんだけど〜?』


「わかったー!後ろは頼んだー!」


白い球体の上に気絶した運転手さんを肩に背負って立つ時雨先輩。

そしてその球体にはレーザーで切ったかの様に鮮やかな切り口の四辺形の穴が空いていた。鉄の硬度と評されていたあの球体に。


「……あれ?」


……よくよく考えてみれば先輩の今の体勢も明らかに異常だ、私を抱えながら片手で鉄骨にぶら下がっている。

汗一つかかず、少しの苦も無さげに、握力11kgとか言っていたあの先輩が。


いや、そんな事言ったら初めて私が先輩に助けられた時、先輩は私を抱えて走っていた。それどころかあの化け物を数mほどぶっ飛ばしていた様な……


「せ、先輩……?」


「こなみ、しっかり捕まっていろ。少し落下する。」


「ふぇ?」


ズタンッ!


「ちょっ!?いやぁぁぁぁ!!!」


落下どころの話じゃない!この人ぶら下がっていた鉄骨を蹴って逆ジャンプしやがった!!むしろ落下速度を上げやがった!!バカじゃないのこの人!?


「バカじゃないですか先輩ぃぃぃ!!」


「へーきへーき」


『逃ガスカァァァァァァ!!!』


「ぎゃぁぁぁぁ!先輩!来てます!来てます先輩!」


「へーきへーき」


「何がへーきなんですかぁぁ!!」


そんな風に騒ぎ立てていると……


ズバンッ


何かが怪物をぶった切った音が後方でした。


『ギャァァァ!!!』


「へ?」


よく分からないが何かが怪物に直撃し、直後大量の血液を撒き散らすほどの大きな切り傷を……いや、切ったというより、皮膚が大きく開いた。自らの意思で動いた様に。


「……よっと。」


その様子に気を取られていればいつの間にか先輩は球体の上に居た時雨先輩と運転手さんをかついで鉄骨を軽々と降りていき、切り傷に苦しみ落下する化け物とほぼ同時に再び地へと足をつけた。


もう言い訳はしない、先輩は普通ではない。


鉄塔を人間3人担いで猛スピードで駆け下りる事が出来るくらいには異常なのだ。

異常という言葉で済ましたくは無いくらい、度合いで言えば目の前の化け物と同じくらいには人外なのだ。


「優、どうするの?ここでケリ付ける?」


「……環境はあまり良くないがやるしかないだろう。2人を頼めるか?」


「嫌、援護するからそのまま頑張りなさい。今日ばかりは許さない。」


「……わかった、ただ人質に取られない様にだけは頼む。」


「そこまで含めての援護に決まってるでしょ、バカにしないで。」


そんな会話を2人がしていると、落下した蜘蛛の化け物が再びその体躯を起こし始めた。

大きく引き裂かれた腹部からの出血はとても激しく、恐らく衝撃のダメージよりもそちらの方が深刻なのだろう、器用に自身の糸を巻く事で応急処置の様なものを施している。それでも一向に止まる気配のない血流は白い糸を少しずつ赤に染めて行く。


『グッ……ギッ……!何故ダ、何故再生シナイ……!』


「お前の身体が再生すべき物として認識していないからだ。その裂き跡は異物では無く正常なもの。二度と回復しないし、身体は常にその状態を保とうとする。」


「……まあ医学的にはおかしな話だけど、概念の書き換えに近いからね、諦めて。」


「ひぇっ……」


寒気がする話だ。


「というか身体ごと真っ二つに引き裂く事は出来なかったのか?そっちの方が早かっただろう。」


「するならもっと至近距離じゃないと無理ね、むしろあの距離で外殻から皮下脂肪まで裂いた事を褒めて欲しいくらい。」


「……それもそうか、杏はやっぱり凄いな。」


「とってつけた様に。……邪魔になったら言って、直ぐ離脱するから。」


「……ん、助かる。」


そんな、何気のない会話からも伝わる2人の信頼関係。きっとこんな事、何度も何度も、繰り返し遭遇してきたのだろう。

そんな事、なんとなく分かっていたはずなのに……彼がより遠く感じてしまうのは……


「こなみ」


「……へ?はっ、はいっ?」


そんな風に見てしまった事を見抜かれてしまったのか、一瞬そんな風に思ったけれど私を見る彼の表情はとても優しく……


「大丈夫だ、死んでも守る。」


そんな物騒な一言を当然の様に発したのだった。


『殺ス殺ス殺ス殺ス殺ズゥゥゥ!!』


「死ぬのはお前だ」


ほぼ同時に両者は走り出したはずだった。

間違いなく人外な速度で移動をする化け物を相手にしていながらも、それ以上の速度を彼は纏っていた。

そしてそのスレ違い様、鼓膜を圧迫する様な鋭い金属音、直後にもう一度。そうして高く跳ね上がり再び戻ってきた彼は、何処からともなくその長く鋭利な金属の長片と、西洋の片手剣に似た黄土色の不思議な剣を持ち帰ってきた。


「……流石杏、今のは完璧だったな。」


「場所の開け方があからさま過ぎ、心配しなくても分かるからもっと隠しなさい。」


「……はい。」


……あの金属の長片はきっと敵の脚だ。

あのスレ違い様に杏先輩が切れ込みを入れ、へし折った、ということでいいのだろうか……?

まさかこんな所で野球のマネージャーとしての経験が生きるとは思わなかったけれど、それでもこんな漫画の様な展開、目が付いていけても頭が付いてこない。それでも今はただ、深い事は考えず、彼等の邪魔にならない事に徹しなければならないと思い直す。


『……女ァ……!!』


「手は出させない、私だけ見ていろ。」


クルクルと器用に片手剣を弄ぶ。言われなくても私は今その謎の技術に視線を奪われています、先輩。



『……ナラバ、コウカ!』


そう言って突然後方へ跳ねた大蜘蛛は次の瞬間…


『ガァァァァァッ!!』


まるで機関銃の様な音を立てて射撃を開始した!


「!?……っ杏!丸い方を頼む!!」


「また無茶なことを……!」


ガガガガガガッ!


物凄い勢いで後尾から針状の糸を、口側からは空気抵抗と共に蜘蛛の巣状に変化していく球状の糸を連射してくる。

弾幕と言うべきか、特に針状の糸が問題だ。勢いも連射数も控えめな球状とは違い、尋常ではない数のそれを発射口を常にズラす事で広範囲に同時に攻撃してくる。道路に軽々と突き刺さっている事がその切れ味の鋭さを物語っており、速度も私の様な一般人には影すら捉えられない。

それでは球状はマシかと言えばそんな訳もなく、速度も弾数も少なくはあるが、一発辺りの影響面積が大きく、殺傷能力こそ無いが捕縛能力が高い。一度開いてしまえば途中で2つに切断した所で捕縛能力がほぼ変わらない。

この2つの性能が相まって極めて凶悪な弾幕となっているということは言うまでもないだろう。


それならばどうして未だに私がこうして生きているのかと言えば、もちろん2人の先輩のおかげだった。

……というか実の話、私はこの弾幕よりも2人の対応力の方が怖かった。


弾幕を視認した瞬間、杏先輩にシンプルな指示を出した先輩は驚異的な身体能力で針状の糸を撃ち落としながら球状の糸が開くのを確認し、足元にあった小石を蹴る事で最初の数発の球状を処理した。


一方で杏先輩はと言えば、指示を受けた瞬間から球状の糸を発射されると、どんな理屈なのかは分からないが、ほぼ同時にそれを真っ二つへ引き裂いている。

たしかに球状のものは引き裂いても捕縛能力は変わらないが、球状が崩れる事で開くのが早くなり、空気抵抗によってここへ届く前に地面へと落下する。そして同時に針状の物まで巻き込んで落下するのだ。


2人とも必死になって撃ち落としているが、敵も必死だ。

一発でも撃ち落としをミスすればこちらは一気に崩れる、しかしミスさえしなければ糸の残弾も無限なはずも無いので限界が来る。その証拠に段々と撃ち落とされる糸の形が崩れてしているのが分かる。


我慢比べでもあり、賭けでもあるのだ。


そうして1分、2分、5分。

ただ呆然としている事しか出来なかったその5分間は私の人生の中でも1.2を争うほどに長い時間だった。


結論としてミスは起きなかった。

2人は完璧にその弾幕を落としきったのだ。


それでも2人の身体的な消耗は凄まじかったのか、大きく肩で息をしている。そしてもちろん大蜘蛛も使い過ぎた糸の影響なのか膝をつく、という表現が正しいのかは分からないが体勢を崩して息を切らしていた。


「……もう、むり……うっ……」


「はぁ、はぁ……」


『ガ……グァ……』


全員満身創痍だ、全員が平等に敵を狙うチャンスであるにもかかわらず、その余裕が無い事が分かる。

逆に言えば、そう……今なら言葉が通じる。


「…………」


通じるのだろうか?言葉が通じても話が通じるのかはまた別の問題だ。そして恐らくああいう輩を知り尽くしているであろう二人は話し合いという方法を最初から捨てていた。


「…………やりたい事は、しておくといい。」


「え!?」


「例えそれが無駄な事でも、やれる事はやっておけ。こればっかりは……取り返しがつかないからな。」


息を切らしながらも先輩は言った。

彼はどこまで見ていて、どこまで見通しているのだろう。察しが良過ぎて少しだけ気味が悪く思ってしまうけれど、彼の言う事は理しか無い。

そうだ、後から聞く事なんてできない。例え何も変わらなくても、私は知っておきたいのだ。


「……貴方は、誰なんですか?」


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