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黒白の巫  作者: ねをんゆう
第3章 【夕暮娘】
14/25

14.抱えるもの


作戦に大まかな変更は無く、ただ信用のできる警察官である"山さん"にその時間帯に対象とした場所の周辺で見回りを行う様にお願いをした。

杏にももちろん相談はしたが、彼女はやはりいつも通り「そ、死なない程度に頑張れば」と言った。しかし彼女の事だ、偶然その周辺で夕食を取る日々が続いているという事もあるのだろう。


それでもやはり不思議な事は起きた。


(杏を除き)女性との噂のたたない私と野球部の女神と称される彼女が共に下校をしているのだ、悪い噂の一つや二つは立つだろうと覚悟はしていた。

しかし蓋を開けてみればどうだ、初日には確かにあった噂が2日目から完全に消失した。どころか初日にたった噂も本当に大したことが無かったし、男性陣から嫉妬の目を向けられる事もなかった。


「こなみ。君はこれ、どういう事だと思う?」


この数日間ですっかり定着した名前呼びをしながら、駅前のファミリーレストランで食事を取る私と彼女。

毎日警戒しながら帰るのも疲れる、という彼女の不満もあり、今日は大通りを歩いて気分転換をしながら帰る事にしたのだ。

そんな彼女は丁寧な所作でスパゲッティを食べながら呆れた様にこう言うのだった。


「先輩の見た目のせいだと思います。」


「………?」


一瞬考えた、が……特に何も思いつかなかった。

私の見た目……アルビノ体質?

それが何の関係があるのか全く分からない。

私がそんな顔をしていると彼女はフォークを置き、説明をしてくれる。


「ん〜……先輩、可愛いは正義って言葉知ってます?」


「まあ、知っているが……」


「要は可愛ければなんでもあり、ってことです。基本的に男性が使う言葉ですが、女性も認めざるを得ない程に可愛いものを目の前にした時には使います。」


「それが何か関係あるのか?」


「話は最後まで聞いてください先輩。それでですね、この"なんでもいい"の部分なんですが、実際にどれくらいまで許容されるものだと思います?」


「どれくらい、と言われてもな……」


貢ぐお金の許容範囲という事だろうか?

それともどんな願いまでなら聞けるのか、という話か……


「……殴られても構わない、とか?」


「何言ってるんですか?そんなのご褒美ですよ、ご褒美。可愛い子にマジ蹴りされたがってる人間は世の中に腐るほどいます。」


「世の中の闇深過ぎないか?」


そんな闇知りたくなかった、マジ蹴りされたいってなんだ、どういう世界なんだこの世界は。


「面倒なので結論だけ言っちゃいますけど、要はですね。可愛いに国境は無く、可愛いは全てを超越するんです。例えそれが性別という壁であったとしても。」


「……性別……性別……?」


ゾクリと何かが背中を走った、理解してはいけない真実が目の前にあり、それを理解しないよう脳が必死に抵抗をしているのが分かる。しかし目の前の彼女はそんな私の顔色を見てニヤニヤとしながら言葉を紡ぐ。


「つまり先輩はですね、同じ男性という立場の人達から、『男でもいいや、可愛いから』と、

そう思われているんですよ♪」


「ごふっ……」


そんな事実、知りたくなかった……


「だから男性陣から嫉妬や妬みが無いんですよ。彼等の中では例え私達が付き合っていたとしても、女性同士の恋愛、つまり百合と同様に見えてるんです。

ただ眺めていたい、悪くても輪に入って2人共独占したい、そんな風に考えられてると思われます。」


「率直に言って死にたい……」


「それでも女生徒の中でも全く噂が立たないのは納得できないんですけどね。例え押さえつけられても反発して露骨になるのが女ですし、何かしら怖い存在が脅しをかけてるとか……ま、そんな人居ないか。」


それに関しては杏だろうなぁ、と予想がついた。影で密かに力を貸すのが彼女のやり方だ、これはひと段落したら1日買い物に付き合うくらいは必要だろう。


「いやそんな事より……私もう明日から男性のクラスメイトと目を合わせられないんだが……」


「先輩は女の子と仲良くした方がいいかもしれませんね。特にほら、私みたいなちょっと捻くれた女の子と。」


「言われなくとも私の関わる女性は皆何かしら捻くれてるから問題ない……」


「問題ないどころか問題しかありませんよね、先輩。」


呆れた様にというよりは若干引き気味にそういう彼女。

しかし実際のところ親友どころか最近面倒を見る事になった女の子、挙げ句の果てには担任の教師まで変わり者だらけなのだから最早呪いじみたものがあるのかもしれない。


そんな他愛もない話をしていれば食べ終わってから既に30分が経過していた。

19時近くになれば店内や目の前の大通りからも露骨に人の数が減り始め、厨房の方から片付けを始めている様子が見受けられた。


「……そろそろ帰るか。閉店時間も近付いてるし、何より家が近いとは言え外も暗い。」


「もうそんな時間ですか、先輩と話してると時間が経つの早いですねぇ……」


そう言いつつ目を細くして窓の外を見ていた彼女はふと何かを思い付いた様な反応をする。


「あ、そうだ先輩。ちょっと腕相撲で勝負しません?負けた方はお会計の……えっと、2340円の1340円分払うって事で。」


「いや……言っておくが私はこの通りの体格だしどう頑張っても勝てないと思うんだが……」


「いいですからいいですから!ほら!先輩!かもんです!」


「新手のタカリだろうこれ、そんなことしなくとも別に340円くらい構わないのだが……よっと」


それでもなんだかんだ言って勝負を受けてしまうのが私の弱い所ではある。あまりにも満面の笑みで腕をまくられたので断れなかったのだが、実際勝てる要素が一ミリもない事だけは確かだ。

私のスポーツテストは堂々のE。

普段の戦闘はほぼ脳に入ってくる若干の戦闘技術と身体強化に任せている上に、基本的にその戦闘後長期間寝込むため全く筋力や運動神経が身に付かない。

そもそも幼少期は全く外へ出られず、身体も弱かったために身体に運動をする為の機能がこれっぽっちも備わっていないのだ。

勝てるはずが無い。


「……あの、先輩?腕相撲ってしっかり手を握ってくれないと勝負が始まらないんですけど……もしかして照れてます?」


「そんな訳が……これが全力だ。私の握力は11kgだぞ。」


「じゅっ!?11kgとか女子でも最低点ですよ!?箸も持てないじゃないですか!」


「箸くらい持てるわ!……だから前から言ってるだろう、私は短距離走も走り切れないんだ。例え相手が後輩の女生徒でも、力と体力じゃ絶対に敵わない。」


「私より先輩の方がよっぽど庇護されるべき対象じゃないですか、完全に病床の美少女ですよ。……それにしても、やっぱり11kgとは言え弱過ぎません?もっと強く握ってもいいんですよ?」


「いや、握ってるつもりなんだがな……」


「んー……」


とても不思議そうな顔をされた。

あれだろうか、もしかしたら本当は11kgも無いという事なのだろうか。あまりにも酷過ぎる結果故にデータの改ざんをされて……?


「おりゃっ!」


そんな事を考えていたら突然私の頭部に両手が伸び、目の前の少女の胸へと抱き寄せられた。


「おりゃっ!おりゃっ!ぎゅーっ!!」


「ま、待て!突然何をする……!ぐ、苦しい……」


「えへへ、先輩、私今思いっきり抱きついてます。どうです?痛いですか?」


「い、いや、そんなに痛くは無いが……」


「でしょう?先輩みたいなか弱い人でも私が全力で抱きついた所で怪我なんてしないんです。だから先輩みたいな力無しさんが私に遠慮する必要なんてこれっぽっちも無いんですよ?」


「だ、だから私は別に……」


手加減しているつもりなんて無い、と。

私は本当に全力で握っていたつもりで……


「じゃあ無意識的になんですかね。気付いてましたか?私の手と触れてからずっと、先輩の手震えてたんですよ?」


「……え?」


「あと繋ぐ寸前に一瞬躊躇する様な挙動してました。本当に気付いてないんですね。」


いったい彼女が何の話をしているのかわからない。躊躇……?私が?何に?


「……人の身体に触れるのが怖いんですか?というか、傷付けるのが……怖い?」


「待て、何の話をしているんだ?君が何の話をしているのか私には分からない、他人に触れる事なんて……」


「じゃあ先輩、ちゃんと私のこと抱き返して下さい。どうして跳ね除けも抱きしめ返しもせず無抵抗なままなんです?少しくらい抵抗して抜け出してもいいんですよ?」


「んぐっ……て、抵抗くらい、できる……直ぐにでも、抜け出して……」


わからない、まったくわからない。こんな小さな少女が、こんなか細い少女が、いまは岩より重く感じる。押しても押しても動かない、私をしめつける彼女の手をすこしもゆるめる事ができない。


「……先輩、そんなんじゃ指一本どかせませんよ?」


「!?……っ!?っ!っ!!」


彼女をおす私の手が、彼女の身体にこれっぽっちも沈みこまない。

彼女のうでを引き剥がそうとする私の指は、力をいれるほど滑りはずれていく。

何度も、何度も掴み直してはすべり落ちていくそのさまは無様で、なさけなくて、そしてなにより………異常だ。


「先輩、貴方はいったい何を抱えているんですか?何をどうしたらこんな事になるんですか?どうしたらこんな身体で、そんな心で、会ったばかりの私を助けようだなんて思えるんですか?

私なんかより……私なんかよりずっと、誰かに助けられなければいけない人間じゃないんですか?貴方は……」


わからない、わからないわからない。

助ける?だれを?だれが?なにから?

わたしは助けられてる。

もうなんどもだれかに助けられてる。

杏からも……山さんからも……あとは……病院の先生とか……あと、は……あとは……


『------?』


ちがう、アレだ。

私はたしかに助けられた。


アレに、


あいつに、


……あの、




悍ましいバケモノに






あの……あの……あ、

だめだ、これはだめだ。

思い出したらだめだ。


あんな臓物に塗れた……


部屋と……


人と……


自分と……


そして……



『----------!!』



部屋中に広がる火の海と熱風、天井から流れ落ちる夥しいほどの赤色の液体と腐乱臭を帯びた肉片と臓物、どこにも逃げ場なんてない、どこにも助けてくれる者などいない、味方などいない、友人などいない、愛してくれる者もいない、ただそこにいるだけだった人間は血肉と化して私を汚す。ただそこに居るだけでも自分の肌と髪と目が焼かれていくのを感じ、ただそこに居るだけでも生きていることを否定されているかのように感じた。この小さな身には似合わないような大きな空間に閉じ込められて、誰よりも生きているという実感の湧かないままで生きてきた自分に、生きている価値など無いということはとうの昔に分かっていたのにそこまで生きていたというけれど今考えるとどれだけ愚かでそれならば本当にさっさと死んでしまえば良かったのにと思ってしまうくらいに脆弱で無価値。死ぬならば大人しく諦めて消えてしまえばいいのにそこには痛みと苦しみと孤独に怯えてただ泣き叫ぶ子供がいるだけ。炎に喉を焼かれ肌を焼かれ神経を焼かれ立つこともできずただ部屋の隅で震えることしか出来ない自分を守るものなど何1つなくて、それまで自分の物だと思っていたベッドや机はまるで突然敵に回ったかのように近付くだけで熱と火炎で拒絶する。自分の部屋が自分のものでなくなったかのように、心は極限まで削られて、燃やされ、磨耗して、追い詰められた自分の前に唯一立ち塞がったそれが……それが、私の、私の血肉と臓物と骨と神経をひきさいてえぐりだしてくらってくいちからしてそれでもしねなくて、そうしてわらったあいつは……あいつは……わたしを……!!












『優っ!!!』







……っ





つめたい手がわたしの額をなでていた


「…………あ、ん?」


「そう!杏!時雨杏!あんたは?あんたの名前は!?」


「な、まえ……名前……」




(『優っ!!!』)




「ゆ、う……?ゆう……ゆう……?」


「思い出した?大丈夫?ちゃんと私の目を見て?」


め……目……しってる、知っている。この目を知っている……"私"は、この目を知っている。


「………っ……だい、じょうぶ。

よく分からないけど……助けて、貰っ、た……?」


「気にしなくていいから。店長さんに許可は貰ったし、今は少しそのまま身体横たわらせてなさい。」


「……ん。」


気が付けば時計の針は8時を指していた。

店内どころか店外にも既に人はおらず、店長さんから受け取ったおしぼりで私の額を拭く杏と、そんな様子を赤くなった目で見つめる……こなみ、の姿……


「っ……杏、何が……あった?というか、どうしてここにいるんだ?確か今日は何もしないって言ったはず……」


「……偶然よ、偶然。あんたが突然倒れた所に出くわしたからこうして看病してるだけ。最近無理し過ぎだったんじゃないの?明日は休みなさい。」


「いや、だが……」


「こういう時に休まずいつ休むの、私も休んで一緒に居たげるから。」


「……わかっ、た。」


酷い頭痛と吐き気、恐らくつい数十分前のことがまるで一週間も前の事の様に感じる。

毒でも飲まされたか、奇襲を受けたのか、考えるほどに頭が割れそうになる。

そういえば以前にもこんな事があったような気がする、確かあの時も……


「ああもう……優、立てる?悪いけどそろそろ帰らないと店長さんに迷惑がかかるから。」


「そうか……心配しなくていい、立つくらいなんてこ、とっ!?」


立ち上がるために手をついたその場所には机は無かった、両目の焦点が合わず机が二重に見えただけ。

そのままバランスを崩し机の角へ顔面をぶつけそうになる。そんな所を……


「先輩!!」


ぼすっ


彼女に抱きとめられた。


「大丈夫ですか!?怪我は!?ぶつけてませんか!?」


「こなみ……悪い、助かった。危うくこんなしょうもない事で怪我をする所だった…。」


「いえ、無事ならいいんです……でも、あんまり心配させないで下さい。こんなんじゃ私の方が先輩のこと守ってあげたくなっちゃいます。」


「それは……少し、情けないな……」


自分で立てると大見得切った癖にこのざまで、本当に自分の身にいったい何が起きたのか。一度ほぼ死にかけた事があったが、その後に目を覚ました時より酷いかもしれない。


「優、タクシー呼んだから……あーもう面倒だし抱き上げるよ。抵抗したら殴る。」


「後輩の女子にお姫様抱っこされてるのを見られるとか、穴がなくても入りたいな。」


「無いのにどこに入るつもりですか……」


確かに身長も(彼女に言うと機嫌を悪くするがガタイも)杏の方が私より大きいが、こうも軽々と、何の辛さも見せず持ち上げられると非常に情けない。

文字通り手で顔を隠して運ばれるこの様は、クラスの誰にも見せられる光景ではない。


というか周りから見れば(具体的には店長さんから見れば)杏の整った容姿と私の小ささもあって、彼女が王子で私が姫の様に見えるのでは無いだろうか。

そんな事考えなければよかった、恥ずかしさが3割り増しだ。


「夕暮ちゃんだっけ、家まで送るから乗って。」


「え、私もいいんですか?そんな悪いです……」


「いいから、帰りに何かあったらこいつが気にして私が困る。」


「でしたら家までの料金くらいは……」


「会計が面倒だからいらない。運転手さん、一万円あれば足ります?……多い?お釣り面倒なので取っといて下さい。」


イケメンが過ぎる。

普段男に媚びる時のあのたっぷりの女っ気はどこへ行ったのか、恐ろしくなるくらいに男らしかった。私もそれやりたい。


「バカな事考えてないで寝てなさい、眠れないなら気絶させようか?」


「子守唄がアグレッシブ過ぎるだろう……分かったよ……」


目に当てられた手の冷たさが心地良く感じる。

何がどうしたらこんな事になったのか、襲撃でも無さそうで、ならば自分自身に何かしらの異変があったのか。

私自身も知らない原因があり、恐らく杏はそれを知っている。けれど彼女が私にそれを話さないという事は私が知る必要の無い事なのだろう、または知るべきでない事実……


ああ、最早そんな難しい事を考える余裕も無い……意識が……遠のく……


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