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黒白の巫  作者: ねをんゆう
第3章 【夕暮娘】
11/25

11.夕暮れの少女


「光海先輩はいらっしゃいますか?」


夕暮れの差し始めた放課後。

生徒達が各々の部活動へ向かっている中で1人の女生徒が私の教室を訪ねて来た。

身長は私と変わらない程だが、非常に可愛らしい女子生徒。先輩という事は間違いなく後輩の1年生の子だろう、見知らぬ後輩に声を掛けられるなど初めての経験だ。


サイドテールというよりはもう少し後ろで髪を束ねており、見た目だけならば如何にも活発そうに見えるのだが、反してその表情は非常に大人しい。

控えめ、人懐っこい、そんな言葉がよく似合う。


そんな事を考えている暇があるのなら早く彼女を迎えに行くべきだという話ではあるのだが、私には1つだけ気にかかることがあった。


……周囲の反応だ。

彼女が訪ねて来た瞬間から周囲の反応がどこかおかしい。

男子勢が彼女の容姿を見てワクワクするのは分かる。純粋、可愛い、大人しめ、愛らしい、きっと世間的には狙いやすく、そしてとても狙いたくなるタイプの女性なのだろう。

全く興味無しで現在進行形で私の歴史の教科書にズタズタにされた死体の様な物をペンギンと言い張って書き続けている杏と、何故か私に好奇の目線を送る一部男子に関しては最早私の感知する所ではない。


問題はうちの(杏以外の)女子生徒達だ。

彼女を見た瞬間にひそひそと話を始め、まるでそう……嫌悪感の様なものを感じられる。つまり悪口、それに類した話をしているということだ。

それを無意識に感じ取っているのか、彼女からは年上の教室というだけの理由ではない居辛さの様なものも見受けられる。

兎にも角にも、彼女をこのまま放置するなんて、そんなドSを超えて人で無しの様な事は出来ない。

確実に男性陣から(もしかしたら女性陣からも)よろしくない注目を浴びる事になるだろうが……


「ここにいる、私が光海だ」


そう言って私は彼女の方へ向かった。







「あの、えっと、光海先輩?はじめまして、ですよね?」


空き教室に場所を移し、机を並べて彼女に向き直る。

はじめましてかどうかを問われれば何処かで見た様な気もするが、これだけ優れた容姿を持つ人間をそうそう忘れることがあるだろうか?

やはりはじめましてなのだろうとは思うが、先程の教室の反応を見れば、彼女はかなりの有名人なのかもしれない。それは恐らく悪い意味で。


とはいえ、私がこうして彼女と向かい合って思ったことが1つだけある。

……私にとって彼女は、どこか親しみやすい。


「ああうん、恐らくはじめましてだ。面識は一切無かったと思うんだが、どうして私の事を?知らない間に何か迷惑でもかけていたか?」


「そ、そんなことは無いです!ただ、南先生に相談したら光海先輩に相談するといいって……」


あのポンコツ教師め……

思わず心の中でそう愚痴る。

朝昼夕と既に私の持ち時間は完全に彼女とのコミュニケーションに費やされている。にも関わらず更に要件を押し付けてくるとは一体どういう了見か。

そも私は便利屋でも何でも屋でもない。

アニメや漫画によくある奉仕部なんてものが存在するわけもなく、私はただの1生徒なのだ。生徒会に入っているとは言え、生徒会にもそんな義務は全く無い。

故にもう一度言わせてもらおう、あのポンコツ教師め。


「あ、あの、先輩……?」


「ああいや、なんでもない、大丈夫だ」


まあ、そうは言ってもそれは彼女には何の関係もない事。こうなってしまった以上、追い返すなんてことはしたくない。

今回だけ、今回だけは素直に対応するが、終わったら絶対に文句を言いに行こう、そうしよう。

私はそう心に誓った。


「まあ、私に出来る事があるのなら手伝わせて貰うけれど。というか、むしろ私でいいのか?周りに信頼できる友達とかいないのか?」


「……先輩、本当に私のこと知らないんですね」


「ん?……ふむ、私は生徒間の噂話には疎い方だからな。というかほぼ遮断されている。そういうのに一番詳しそうな人間がそういう話から私を遠ざけている節があるからな」


「はぁ……」


「だからどうして君が来た瞬間にクラスの女子生徒達が嫌な顔をしたのかとか、どうして会った時から君が私の事を探る様な、そして警戒する様な目で見ているのかとか、私にはサッパリ分からないわけだ」


などということを彼女の目を見て言ってやれば、驚愕と不安、恐怖の入り混じった顔をバッとこちらに向けた。そこまでの顔をさせるつもりは無かったのだけれど。


「あ、あの、違うんです!私そんな……!」


「あー大丈夫だ、別に責めてる訳じゃない。君はあれだろう、男という生き物を全く信用してないタイプだ。自分に近付いてくる男は皆、下心を持って寄って来ているとでも思っているんだろう?まあ、君くらいの容姿があればその対応は間違ってはいないのだろうが……」


男という生き物など所詮そんなものだ、というのは杏の言葉だ。むしろ性欲のない男は男失格だ、というのももう1人の親友の言葉。

恐らくそれは事実でもあり、良い事でも悪い事でもないという事なのだろう。それを良し悪しで考えるのは当人の認識次第という意味で。


「……先輩も、そうなんですか?」


「私はどうにもそういう感性が薄くてな。申し訳ないが君の事もそういう対象として見れそうにない、可愛らしいとは思うがな」


ことのつまり、男失格なのだ、私は。

そんな自虐を織り交ぜた真実を話せば少しは安心した顔をしてくれると思った。しかし彼女のその微妙な顔は私の発言を折りに更に複雑なものへと変わっていく。

これは私を警戒していたりするのではなく、不思議に感じている?若干警戒は取れたが、今度は好奇心の様なものが浮き出てきたか。


そこで私は思い出した、自分の容姿が普通とはかなり異なっていることに。


「……ああ、もしかしたら私のこの容姿が気になっているのか?髪とか、眼とか」


「あ!いえその……すみません、実はちょっと気になってます。べ、別に変とかじゃなくて!き、綺麗だなぁって……」


自分の容姿を綺麗だと言われて嫌な気はしない。

なんというか、容姿に関して言えば年齢が若い人の方が偏見が薄いというか、好意的に捉えてくれる傾向が強い。

故にこうして学校に通っていても特に気にはならないのだが、それでも言葉にして綺麗だと言われる事は少ない。


年齢を重ねた人間から「気持ちが悪い」と言われる事は多いが……だから余計に嬉しくなってしまうのだろうか、褒められるという事はいい事だ。

こういう時、多少奮発してしまうのは私の悪い癖だろう。


「気になるならもう少し近くで見ても構わない、乱暴にしないというのなら触ってみてもいい」


「い、いいんですか!?じゃ、じゃあその、失礼、しますね……?」


そうしてそっと席を立ち私の横に立った彼女は、静かに足を折って私の髪を恐る恐ると取った。特に私の髪に強い興味を持っているようだ、目が輝いて見える。


「そんなに気になるものか?」


「はい……す、凄いです。私こんな綺麗な髪初めて見ました。あの、アルビノ体質っていうのですよね?日光に当たってても平気なんですか?」


「私は色々と特殊でな、今は普通に生活するくらいなら問題ない。ただしあまりに強い日光や強烈な光を見るのは無理だな。ちなみに保護者の意向もあって私は年中冬服だ」


……本当は普通の日光でも変わらずダメージは受けているのを、巫の力で無理矢理再生し続けているだけなのだけれど。初対面の相手にわざわざそんなエグいことは言う必要はないだろう。こんなにもキラキラと目を輝かせている彼女の笑顔を曇らせることもない。


しかし本当に、彼女の眼に映る私はどれだけ不思議な存在に見えているのだろうか。

最近は杏のおかげであまり生徒が近付いて来ないばかりに忘れてしまっていたが、入学当初は本当に周囲からの目線が凄かった。私の体質の不思議を知った人間も今の彼女と同じくらい驚いていた。

そしてそれが落ち着いたのもまた杏のおかげ……そういう意味では彼女には感謝をしてもし足りない。そんな事、私達の間では今更な話だが。


「先輩は……ああいえ、なんでもないです」


「本当に人間なのか疑わしい、か?」


「それは……随分悪い言い方です。でも、外見も中身も凄く中性的で、こんなにも綺麗な容姿をしていて、こうしているだけでも心の中まで見通されてるみたいで……色々と不思議な感じがします」


「まあ、一時期は人の心を知ろうと躍起になっていたからな。その副産物だ。それでも今でもまだまだ分からない事だらけだが」


「……それこそ人の言葉じゃないですよ」


そう言って私の髪からゆっくりと手を離し、自分の結んだ髪を解きながら席へと彼女は戻っていった。

そして10秒、20秒ほど顔を伏せ何かを思考した彼女はゆっくりと目を開け、何かを決意した表情を私に向ける。先程までの可愛いだけの少女と同一人物とは思えない程の意志を感じさせるその表情を。


「先輩、貴方が信頼に足りる方と見込んで相談事があります。



私を……助けて下さい」




そこに居たのは1人の強い女性だった。

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