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黒白の巫  作者: ねをんゆう
第2.5章【愛執男】
10/25

10.企みは愛ゆえに


「さて、と……」


この日、当然のように学校を休んで朝から作業に没頭していた私達だったが、一通りが終わる頃には既に夕方を回っていた。

反面前日の夜からその日の夕方まで一度も起きず爆睡していたのが彼だ。

割と喧しい音を立てていても彼は爆睡していた。

あまりにも気持ちが良さそうに眠るので何度かシバこうとしていた杏を引き止め、最終的に顔に落書きするくらいに留めた私の努力を褒めてもらいたい。


……まあ、和歌山から休み無しでここまで来た事を思えば昨日の時点で彼の体力はほぼ限界だったはずで。

対価を考えれば決して燃費が悪いという事でも無いらしいのだが、約500kmの移動を5分で行ったのだ、これくらいの睡眠は必要だろう。

帰りの費用と食事の用意だけでもしておいてあげたい。


「杏、何か他に必要なものがあれば買ってくるが。夕食の材料とかもどうだ?」


「んー?……んー、大丈夫かな。そっちより作る方手伝って欲しいかも。どうせそいつ滅茶苦茶食べるだろうし」


「ん、そうか。米はどれくらいいる?」


「4合お願い。ちゃんと研げる?ビニール手袋つけた?」


「大丈夫だ。だが、いつもは次の日の分も合わせて2合弱くらいだから少し新鮮だな」


彼女も(特に)私もあまり食べる方では無いので、それで十分だったりする。

もちろん、私も毎日こうして杏の家に入り浸っている訳でもない。

休日と平日のちょくちょくくらいだ。


……そんなならば最早同居した方が早いし便利なのではないか?と思った事はあるが、それでも私達は血の繋がりもなければ、高校生という良い年齢。

世間体がある。

少なくとも高校生の男女が同居しているなんて噂が広まれば良く思わない大人も多いだろうし、それで問題視される様な事があっては困る。


「壁に穴を開けてしまおう」なんてとんでもない事を言われた事もあるが、それはまだ交渉中だそうだ。

私の意思に関係なく大家さんと杏の間で話し合いがされているらしい。

……いや、別にいいけども。

けれど少しくらいは私も話に交えるとか無いのだろうか。


「優、水もう少し少なめにして。それだと少し多いかも」


「あ、ああ、そうか」


手慣れた様子で野菜を切りながらも逐一私の行動を把握している彼女は本当に器用だと思う。

元々料理は苦手では無かった……というか最初に作ってもらった料理がミネストローネなくらい得意な彼女だが、私はそうでもない。

包丁も握らせて貰えない。

というか手伝いをさせて貰える様になったのも最近だ。

それくらい彼女の過保護は最近まで過剰だったのだ。

……いや、今も十分に過剰なのだが。


「じゃあ優、次は野菜剥きお願いね。ゴム手袋忘れないでよ?」


「……やっぱり付けないとダメか?」


「付けないとやらせない」


過保護だなぁ。







「素晴らしく美味だった!」


それから一時間後。

満面の笑みでそう答えた彼は4合も炊いたご飯と、明日の朝の分まで見越して作った大量のおかずを全て平らげていた。

空になった皿が積み重ねられる。

それを見て若干引き気味なのは実際にそれだけの量を四苦八苦して作った私達である。


「あんたどんだけ食べるのよ……」


「ふっ、我が愛しの友が手掛けたものだ。米粒一つ残す事も許されまい」


「いや、明日の分まで見越して作っていたんだがな……」


「毎日作って貰いたいものだ、味噌汁を!」


「インスタントでも飲んでろ」


とまあ言葉では冷たく当たっているが私も杏も心底そう思っているわけでもない。

自分が作ったものを「美味しい美味しい」と嬉しそうに平らげる様子を見ていれば自然と嬉しく感じるものだ。嫌な気持ちどころか時間はかかったが作って良かったとも思っていたりする。


「あ、そうだ、これ帰りの交通費。一応少し多めに包んだつもりだが、足りなかったら自分の足で何とかしてくれ。別に返す必要は無いが……」


「馬鹿を言うな、ありがたく受け取りはするが必ずや返す!君との間に金を挟みたくは無いからな!」


「まあ、そういうとは思っていた。返すのは次にあった時で構わない、わざわざ帰ってすぐに返しに来なくていいからな」


「ぬぅ、口実作りが見破られていたか……」


「……さてはそっちが目的だったな?」


久しぶりの再会にもかかわらず結局あまり喋れてはいなかったので、こんな少しの冗句の応酬も楽しく感じられる。

彼がなぜ和歌山という土地に居るのかと聞かれれば、彼の妹さんの療養という理由が主なのだけれども、どんな場所に居たとしても彼は変わっていなかった。


「……ふむ、そろそろ行くか」


ひとしきり話した後、彼はそう言って立ち上がった。右手には昼間に私達が造っていた刀身の異様に長い剣を携えて。


「本当に付いていかなくていいんだな?」


今回の件を一人で片付けると言った彼にもう一度そう尋ねる。


「ふっ、厳しそうなら連絡しよう。だが、我が友人が作り賜うたこの一振り、負ける気がしない」


「私が鉄板切って繋げただけだけどな」


「使い終わったら川にでも投げ捨てとけばいいと思う」


「我が冷泉家の家宝として後世まで残していくつもりだ」


「やめろ、マジでやめろ、作った人間として恥ずかし過ぎる」


私の身の丈ほどの長さのそれは実際のところただの鉄の塊で、普通の人間に易々と振り回せるものでも無ければ切れ味鋭い訳でもなく、耐久力に優れているわけでも無かった。

持ち手は木にガムテープを巻いただけという本当にお粗末な出来。


「だが、これがあれば俺は勝てる……!」


それでも彼はそう言い切った。










「まあ、そもそもあの程度の獣に負けるはずが無いのだがな」


そうして友人達の家屋を出た男はその玩具のような鉄の塊に爛々と目を輝かせる。色々と打算があって作ってもらった一振りだが、なるほどこれは予想以上の出来だった。


とりあえず、ある程度敵の居場所は絞って貰ってはいたのだが、この耳障りな水音から考えるにその情報の精度は恐ろしい程に正確であったらしい。

やはりあの女を敵に回さなくて正解だった。

そう思考しながらも、そのお粗末で無骨な鉄塊を振り回す。重さだけならば鍛錬用の鉄棒と変わらないが、生物の命を断ち切る程度ならば十分な斬れ味を持っていると言えるだろう。


そして、


「……やはりそうか」


刃先に押し当てた指先から異臭が放たれる。

これは刃による切り口では無く、焼いた様な跡。

つまりこの剣には自身を何らかの方法で害す何かが宿っている。

それが剣の形状をしているからなのか金属であるからなのかは分からないが、仮にもあのバケモノ達と同類である(かんなぎ)の自分の再生能力を遅らせる程の代物。

これの作成者を考えなくとも犯人に心当たりはある、というかそれを調べる為に依頼したのだ。

原因が斬れ味で無い以上、作成者の片割れが犯人で間違いないだろう。本人に自覚は無いだろうが。


「ふっ、困った姫様だ」


自身の能力すら把握しておらず、冷泉家次期当主の自分にすら知らない名を有し、まるで同族を殺す為に存在する様な(かんなぎ)……だが。


「そこがまた魅力、か」


だからこそ本気で惚れているのだ。

美しく、気高く、底知れず、謎めいていて、そしてなにより……儚い……


鉄刀を上着で包み覆い隠す。

家宝にするというのは本当だった。

自分達という存在を殺すためだけに作られた様な、その辺りの妖刀など足元にも及ばない様なこの剣を捨てる事など誰ができるだろうか。

自分が本気で使えば堅牢で強力な再生能力を持つ巫でさえも嬲り殺しにできるそれ。

敵を選ぶ妖刀に対してこの剣は凡そ同族に対しては万能に殺せる代物なのだからイカれている。効力がいつまで保てるのかはこちらの努力次第だろうが……


ニヤニヤと口を歪ませ、それでも瞳に少しの熱を灯して歩き出す。

自分の心に初めて火を灯した相手からの贈り物、これ以上に嬉しいものはない。

例え彼女が発端になって父と対立する事になったとしても、家を滅ぼす事に躊躇いはない。

そうなる前に我が愛しの妹が一族ごと纏めて溶かし尽くしてしまいそうではあるが。


ククと笑いながら彼は自身の腕に青色の石輪を出現させる。そうしてある一点で彼が姿を消した後、遠く夜空に獣の断末魔が木霊した。

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