#3 部屋の外
ルリアはゆっくりと目蓋を開ける。
そして、血よりも、庭に咲くバラよりも鮮やかな紅の瞳で声をかけてきた人物に視線を向けた。
視界は少しぼやけていたが、彼女はぼんやりとした頭で声の主が誰なのか分かると。
「…………おねぇ、さま……?」
『えぇ。ルリア、おはよう……?』
【お姉様】
そう呼ばれた少女の名前は、セリーヌ・W・カーディナル。
彼女はルリアの姉であり、カーディナル家の当主である。
──そして、夜の王と呼ばれる吸血鬼。
セリーヌは吸血鬼の長を務めているのだ。
そんな高位な立場にいるセリーヌはルリアと目線を合わせるように少しかがみ込むと、優しげな笑みを浮かべながら挨拶をする。
その姿に威厳はなく、ただ普通のルリアの姉としての態度だった。
ルリアは眠たそうに目蓋を擦りながら、少し掠れた声で "おはよう…" と挨拶を返すのだった。
『眠れてなかったの?』
「んーん……たいくつだったから、ぼーっとしてたらねちゃってたの………」
セリーヌは目を擦っているルリアの頭を撫でながら問いかけると。ルリアはまだ眠いのか、ふわふわと夢見心地な声で答える。
『ほら、外の空気を吸ったら眠気も消えるわ?』
そんな会話をしている間に、セリーヌは足枷に触れると、足枷はカチャリという音を立てて外れる。
『じゃ、行きましょうか』「うん……」
外れた足枷に引っかかってルリアが転ばないように。セリーヌは足枷をベッドの端に寄せると彼女に手を差し出し、彼女の小さな手が自身の手に来れば優しく握り、よろけない程度に引っ張りあげ立たせると、2人で扉へと向かっていった。
「────何して、遊ぼう……?」
外に出てルリアの視界に映るのは、満天に輝く星空と、その中心にある金色に輝く満月──彼女達、吸血鬼の瞳には紅く輝いて見える満月。
足元では真っ赤なバラが咲き誇り、風にのって淡い香りが彼女の鼻腔をくすぐる。
しばらくその景色を眺めていたのだが、する事がない為に何をしようとルリアは小さく呟いた。
『……ルリアは何がしたい?』
セリーヌはルリアの呟きを聞き、逆に何をしたいのかルリアに問いかける。
問いかけられた彼女は困った様な顔をするが、どうしようかと必死に思考を巡らせた。
「かくれんぼ……?」
暫しの沈黙の後、思いついた遊びをルリアは提案する。
そしてふと、風で自身の目の前に飛んできたバラの花弁に手をのばす。
花弁に指先が触れた途端。
彼女の指先に静電気の様な感覚が伝わった後。触れた花弁は一瞬の内にして細かくなり、風に吹かれて無数の花弁が何処かに飛ばされていく。
ルリアは粉々になって飛ばされていく花弁を悲しそうに見つめつつ、そっと、セリーヌから手を離した。
『………………それは、2人では出来ないわね?』
彼女が手を離した理由を分かっているのか。
セリーヌは手を離した訳を敢えて聞かず。困った様に笑いながら答えると、遠くにいる人影を見つける。
そして、ルリアに、"そこで待っていて" と、伝えると、人影の方に向かって歩いていった。
1人になったルリアは、段々離れていく姉の背中を少し見つめた後。近くに咲いているバラを見るためにしゃがみこむ。
そっと、何処か震える小さな手でバラの花弁に触れると、瑞々しい感触が手に伝わっていく。彼女は少しの間花弁に触れ、ふと手を離すと、膝に手を置きじっとバラを見つめていた。
「……バラは、赤以外にないのかな………?」
思った疑問を小さく呟くと、庭全体を見るために顔を上げる。
庭は全て、赤いバラが咲き乱れており、バラで覆われた門や屋敷にのびている、つるバラの色も全て赤だった。
赤いバラ以外の色を見たことがない彼女は、クレヨンにある色を思い出しながら、赤いバラ以外の色を思い浮かべた。