#31 水の精霊
一方、気絶しているルリアを抱え歩いているジャンヌは、ルリアの部屋まで辿り着くと、近くにいたメイドに部屋の扉を開けさせる。
そして部屋の中に入ると、ルリアをそっとベッドに寝かせた。
ベッドで横向けになり、静かに寝息をたてているルリアのドレスや口元には所々血がついており、手にはべっとりと血がついていた。
彼女はその事に気付くと、小さく息を吐く。
「──────水の精霊よ」
そう呟くと彼女の目の前に、小さな小さな水滴が現れ、その水滴は段々と大きくなっていくと共に花の蕾の様な形になっていき、両手で丁度収まる程の大きさになっていくと────
『────はぁいご主人様っ! このヴァッサーに何かご用ですかぁ?』
──明るい声が聞こえたと同時に、水で出来た蕾は開き、中からは手のひらぐらいの大きさの少女が現れる。
「………ヴァッサー、少し静かにして頂戴。ルリア様が起きたら大変だわ」
『はーい……!』
ヴァッサーと呼ばれた少女は、ジャンヌの言葉に小さな声で返事をすると、背にはえている水で出来た小さな羽根をパタパタと動かすと、ジャンヌの頭の上にちょこんと座る。
彼女の名前はヴァッサー。
水の精霊であり、魔女であるジャンヌと契約を交わしているのである。
そんな彼女はパタパタとジャンヌの頭の上で足を動かし、ジャンヌの言葉を待っていたのだった。
「ヴァッサー、ルリア様の洋服と手の血を洗ってくれる? 早くしないと染みになってしまうし、精霊である貴方なら、私と違って細かい物は得意でしょう?」
『はいはーい……! このヴァッサーにお任せあれ……!』
ジャンヌの言葉を聞き、ヴァッサーは満面の笑みを浮かべ、びしっと敬礼をしつつ答えると触れたら溶けてしまいそうな羽根を広げ、ふわふわと眠っているルリアに近付く。
ヴァッサーが羽根を動かす度に、羽根からはまるで星屑の様なキラキラとした粉が落ちていき。その粉は数秒経つと跡形もなく消えてゆく。
そんな不思議な粉を落としながら、彼女は眠っているルリアの頭の上にそっと乗ると、まじまじと彼女の寝顔を見つめた。
『……どうして、起きてるときに会ったらだめなの? こんなにもお花みたいなのにー………!』
「………前にも言ったでしょう。ルリア様の能力がきちんと操れる様になったら会わせてあげるって」
『むう……早くあいたいからがんばってね、お花ちゃん……!』
頬を膨らませ、怒っているかの様に羽根を激しく動かすヴァッサーを見、ジャンヌはため息混じりに答えると、彼女は渋々納得したらしく、ルリアの額に軽く口付けを落とし、満面の笑みを浮かべた。
『さーてっ、きれーになぁれっ……!』
空を飛び、歌っているかのように弾んだ声で言葉を紡ぐと共に。
彼女の水で出来た羽根からは水滴が零れ、その水滴がルリアの汚れた手やドレスに染み込んでいく。それと同時に、汚れは嘘の様に消えてゆく。
そして跡形もなく汚れが消えると、ヴァッサーは満足げに微笑んだ。
────────ルリアは、暗い世界にいた。
ここが何処なのかも分からない。
本当に、自分がここにいるのかも分からない、そんな世界に。
「どこ………?」
視界に映るものは全てが黒く、彼女はそれが怖く涙目になっていた。
『──────どうか、待っていて』
──ふと、何処かで誰かの声が響き、彼女はその声の主が誰なのか辺りを見回す。
だが、ここには自分以外、誰もいない。
「だれ、なの……? ねぇ、どこにいるの……?」
不安で堪らず、彼女は少し声を張り上げ、声の主に問いかける。
『まだ、まだ足りないから。あと少しだから』
けれど声の主はルリアの問いに答えず、続ける。
その声は何処となく寂しそうで、ルリアは何故か胸がザワついた。
『どうか、まってて。私の────』
声の主は何かを呟いたのだが、最後の方は聞き取る事が出来ず、代わりに暗い世界は段々と崩れ落ちてゆく。
「まって、……! おねがい、あなたは──────!」
段々と足場が無くなってゆき、ルリアは一瞬だけ見えた人影に駆け寄ろうと走り、手を伸ばすが。足場は崩れ、彼女は真っ逆さまに堕ちてゆく。
堕ちてゆく感覚の中、声の主が誰なのか分からないが、彼女は無意識に涙を零していた────────