#24 正体
エルマーと呼ばれた彼女は妖艶な笑みを浮かべると、桃色の口紅で彩られた薄い唇を開く。
『あら、私は良いのよ。私の能力で周りは誰も歴代の主が私だとは気付かないわ?』
「なら、私も気付かないだろう?」
ウィルの言葉に彼女はため息をつくと、髪で隠している彼の耳──細長く尖っている耳を引っ張る。
『私の様に幻影を操れないのだから、気付くに決まっているでしょう? それに、貴方は偽りの家柄すらも話さないじゃない。怪しまれるに決まっているわ。今回は、私の屋敷だったから良かったけれど』
「いたた………狩った場所を変えているんだから大丈夫だろう?」
『そういう問題じゃないの!』
ウィルの言葉に彼女は怒鳴る様な大きな声を上げると、耳を思い切り引っ張る。
耳を引っ張られる痛みに、彼は困った様に笑い、彼女は耳を引っ張るのを止めるとまた、ため息を1つ吐いた。
そうやって話す彼女の正体は、ウィルと同じ吸血鬼。
だが、長ではない普通の吸血鬼には珍しく、彼──否、彼女の家系は名前や姿を能力で変え、人間の世界に溶け込み、姿を隠しているのだ。
そして、カーディナル家に咲き乱れるバラを渡す代わりに、食事である人間を渡している。
『……………最悪、貴方の能力があるから良いのでしょうけれど、私に被害が及ぶのは止めてほしいわ』
「もちろん、そうならないように配慮するさ」
『心配だわ…………』
心配そうに呟く彼女と、その心配を感じていないのかにこやかに笑う彼の後ろで、1人の女性が物陰に姿を隠し2人を見つめていた。
この女性は熱狂的にウィルを愛し、2人がどんな話をしているのか気になっているのだろう。
だが、今いる場所では2人の声は聞こえないらしく、そっと近付こうとする。
────近付き、2人の背を見つめながら、"何か" が物足りない感覚になった彼女は首をゆっくりと傾げる。
『──────ッ!!』
少し経ち、女性は足りない感覚が何なのか理解すると、湧き上がりそうになる悲鳴を押さえつける為に慌てて口を抑える。
──月明かりに照らされ、2人の足元にある真っ白な大理石には、本来映るはずの2人の姿が映っていなかった。
その事は、2人を完全に「人間」ではない事を表し、女性はその事をホールに居る人達に知らせようと背を向けて────────
「────こんな所で、何をしているんだい?」
────だが、女性が背を向けた途端、彼女の耳元で彼の──ウィルの声が、だが、何時もと違って低い声が聞こえ、女性は小さく悲鳴を上げる。
だが、その声を抑える為に彼は急いで女性の口元に自身の手を置き、もう片方の手で女性の両腕を掴みその場で拘束した。
『──────その様子だと、気付かれてしまったようね』
「これは私のせいではないからね?」
エルマー──否、女性の前でイヴァンである彼女は、女性に近付きながらそう言うが、ウィルは困った様に笑いながらそう答える。
『────だれにも、いいませ……から………』
女性は、秘密を知ってしまった恐怖で身体を震わせ、ウィルの手で口元を覆われていながらも、小さな声で懇願する。
だが、彼はその言葉には答えず、ちらと月を眺めるとイヴァンの方に顔を向ける。
「今日はこの子を貰っていくよ。さて、もうそろそろ帰らなくては」
『──貴方の為に嘘を考えるの、面倒なのだけれど?それに、今日は何時もより早いのね?』
「ちょっと、やる事があるからね」
イヴァンの問いかけには答えず、ウィルはそう言うと鋭い牙を出し女性の首に噛み付く。
噛み付かれたショックと、段々巡っている血が無くなっていく事により、女性は意識を失い、彼に寄りかかる様に倒れ、ウィルはそれを軽々と抱えると口元についた血を拭う。
そして仕舞っていた大きな大きな蝙蝠の翼を広げ、夜の世界を飛んで行った────────