#21 無礼と優しさ
カミーユは自身の方に目線を向けられ少し戸惑うが、主の妹である彼女の言葉に笑みを零してしまった、という無礼に気付き慌てて腰を深く折る。
ルリアは訳が分からず、首を傾げたままカミーユを見つめていた。
『も、申し訳ございません……笑ってしまって………』
カミーユは震えた声で謝罪をする。
相手は自身より幼い少女と言えど、夜の王と呼ばれる吸血鬼。
それこそ、確実にカミーユより生きており、下手すれば吸血され殺されてしまうかもしれないのだ。
その事を完全に失念していた彼女は、ルリアの機嫌を損ねていないか不安で堪らなかった。
けれど、ルリアは気にしていないらしく、頭を下げている彼女の髪が、灯りに照らされて星の様に輝いているため、"きれい……"と小さく口に出す。
『──────あ、の、怒っていないんですか……?』
カミーユは、耳に入ってきた言葉に疑問の念を浮かべながら、ちらと目線だけをルリアを向け恐る恐る言うが、それと同時に彼女のお腹から "グゥ" という音が聞こえ、慌てて腹部を抑え、鳴らない様に力を込める。
「……お腹、すいてるの………?」
ルリアはカミーユの問いかけには答えず、お腹の音が聞こえたのか首を傾げたが、ふと、皿に置かれたパンを手に持ち半分にし、その半分をカミーユに差し出した。
『……………へ、い、良いんですか……?』
「うん……だって、1人より一緒に食べた方がおいしいって、絵本であったから……?」
ルリアは尋ねてきたカミーユの瞳を見、ふにゃりと笑みを浮かべると、彼女はルリアの優しさに心打たれる。
──それと同時に、彼女を護ろうという気持ちが湧き上がるが、その気持ちと正反対にカミーユの腹の虫は、早く食べたいと急かすかのようにグゥと先程より長く鳴る。
「ふふっ、はい、どーぞっ……!」
『あはは……ありがとうございます……』
その音にルリアは面白そうに笑みを浮かべ、カミーユは頬を少し赤く染め、恥ずかしそうに笑いながら彼女のパンを受け取った。
──────大きな月が、暗い暗い世界を照らす頃。
1人の青年は、舗装された道を歩いていた。
舗装されている道の両端には、等間隔に並んでいる街灯の灯りが道を照らしているがまだ薄暗く。その横には幾つもの大きな屋敷が並んではいるのだが、皆寝静まっているのかどの屋敷の窓は暗かった。
街灯に照らされていない闇に溶け込みそうな程黒く長いマントは、時折吹く風でなびき、緩く1つにまとめている彼の髪も揺れる。
少し歩き、彼はとある屋敷の目の前に佇む。
目の前にある屋敷は、今まで歩いていた時に見えて屋敷とは違い、とても明るく、外で楽しげな会話をする声や、中の賑やかな声が外からでも聞こえていた。
一目見れば、誰もがこの屋敷で招宴をしているのだと分かるだろう。
それ程までに、この屋敷の中は賑わっていた。
青年はその様子をしばし眺めていたが、少し息を吐くと屋敷の中に入っていった────
───屋敷の扉の前に居た従者が彼を見、扉をゆっくりと開け、彼が中に入ると同時に、その場に居た人々は一斉に入ってきた者が誰なのか見ようと振り向き。女性達は彼を見るなり一斉に駆け寄る。
『今日は遅かったですわね、ウィル様』
女性達は皆、上質で豪華な衣装に身を包み、我先にと彼──ウィルに話しかけている中、ウィルは困った様に笑みを浮かべる。
「すまない。今宵は月が美しく、見惚れてしまっていたんだ。──まるで君の様に美しく輝いていたからね」
彼は話しかけてきた女性の手をとると、優しく笑みを浮かべながらその手に軽く口付けを落とす。
その言葉を聞き、手に口付けをされた女性は頬を紅く染め、ウィルは手を優しく離すとマントを外し近くの従者に渡す。
そして彼は幾人の女性達に囲まれ、他愛のない会話をしながらホールに向かっていった。