10年ぶりに光を取り戻した夫が目を合わせてくれなくなってしまったんだがどうしたのだろう
短編『10年ぶりに光を取り戻したら妻を直視出来なくなってしまったんだがどうしたらいいのだろう』の妻視点です。
私の夫の話をしよう。
私の夫、ウィルは世界一カッコイイ。
容姿がこの町で一番の男前であることはもちろん、優しくて男気があって頼りがいがある。
おまけに運動神経もよくて音楽の才能まであるのだから、もう一体天が何物与えてしまったのか心配になるレベルだ。
そんな夫は目が見えない。いや、見えなかったと言うべきか。
小さい頃、私が連れて行った町外れの山で、私を熊から庇って顔に大怪我を負った結果、失明してしまったのだ。
けれど、責められて当然の私に、彼は一切恨み言を言わなかった。
それどころか、後悔と罪悪感に押し潰されそうになっていた私を、逆に励ましてくれたのだ。
そしてその時、私の恋心は決定的なものになった。
それまでも胸の中に淡い想いを抱いてはいたが、それが一気に形を成した。
この人の為に一生を捧げようと決意した。
それは彼に障害を背負わせてしまった罪悪感からではなく、ただ純粋で強烈な恋情からだった。
それからの私は努力した。
それまではお転婆娘を通り越してやんちゃ坊主という感じだったが、ウィルに相応しい女の子になれるよう、それはもう必死に努力した。
やんちゃな遊びはやめたし、口調だって女の子らしくした。
ウィルを支えられるように、盲目の人の介護方法をお医者様に教わり、ウィルが将来自立出来るように、音楽の勉強も一緒にした。
年頃になってからはお化粧も勉強して、花嫁修業にも力を入れた。
その甲斐あって、16になる頃には月に10回は男性に言い寄られる程度には魅力的な女性になれたと思う。
まあウィル以外の男性なんて眼中になかったし、どれだけ綺麗になっても当のウィルには一切分かってもらえないというのが少し残念ではあったけれど。
それでも、おかげで私はようやくウィルに相応しい女性になれたという自信を持てた。
そしてその2年後、ウィルから結婚を申し込まれ、私は幸せの絶頂にいた。
夫婦生活は順調で(まあ一点だけ不満が無いでもないけど)、私は幸福な毎日を送っていた。
そう、いた。
いた、のだ。ほんの2日前までは。
2日前、この町に癒しの聖女様がやって来た。
そして私の願いを聞き、治療不可能とされていたウィルの目をあっという間に治してしまったのだ。
…それまではよかった。
問題はその後、ウィルはそれ以来、なぜか……
私と目を合わせてくれないのだ。
それだけではない。
毎朝やっていたおはようのキスも、いってらっしゃいのキスもなし。
それどころか顔を合わせれば全力で目を逸らされる始末。
何か私はウィルの気に障ることをしてしまったのだろうか?
ハッ!もしやウィルは自分の目を治してくれた聖女様に心奪われて……!?
あぁ鬱だ。物凄く鬱だ。
この2日間のことを思い出しただけで果てしなく気分が落ち込む。
ウィル成分が足りない。生きる気力が湧かない。私はもう駄目かもしれない。
「という訳なんだけど、どう思う?」
「あぁ、うん。とりあえずアンタが重症だってことは分かったわ」
行儀悪く机に頬杖を突きながら正面に座る親友、ファリンに問い掛けると、ファリンは微妙に口元を引き攣らせながらそう言った。
「私のことじゃなくてウィルのこと!もう、ちゃんと考えてよぉ~」
「はいはい、ごめんごめん。でもね?いきなり死にそうな顔で相談があるってやって来たから真剣に聞こうと思ったのに、本題に入る前に1時間ものろけ話を聞かされた私の身にもなってくれる?」
「え?そんなにしゃべってた?全然気付かなかった……」
「そりゃずぅ~~っと夢中でしゃべってたもんね?よくもまあ、あれだけ夫への賛辞が湧いて出るものだと感心したわ」
「えへへ、それほどでも……でも本気出せば、日が沈むまでは余裕で語れるよ。聞く?」
「聞くか!もう散々聞かされてうんざりしてるわ!!」
「そうそう、この前の演奏会でのことなんだけど……」
「ナチュラルに話し出そうとするな!聞かないって言ってんでしょ!!」
「いや、でもその時のウィルが本当にかっこよくて…」
「だから知らんわ!あぁもう、ウィルが目を合わせてくれないって話でしょ!」
「あ……そうだった……」
「だから急に落ち込まないでよ……躁鬱の起伏激し過ぎでしょ」
ファリンに言われて、浮上しかけた気分が水底まで一気に沈む。
そんな私を呆れたように見ながら、ファリンは言った。
「まあ、ウィルの気持ちも分からないではないわ。アンタ10年前に比べたらすごい変わったもの。昔のお転婆娘だった頃のアンタしか知らなかったら、戸惑うのも当然でしょ」
「それって……10年ぶりに見る私の顔が期待外れだったってこと?」
「いやいや、逆でしょ。ミリアが美人になり過ぎて戸惑ってんのよ」
「そう、かなぁ」
「そうでしょ。そうじゃないとしたら……あ」
「何?」
ファリンが嫌そうに顔を顰めたのを見て、どうしたのかと問い掛ける。
「アンタまさか…あれ、ウィルに見られてないでしょうね」
「あれって?」
「アンタの部屋の壁を埋め尽くしてたウィルの肖像画」
「ああ!」
言われて思い至る。
たしかに私の部屋には大量のウィルの肖像画がある。
趣味で描いている内にどんどん溜まってしまって、壁を埋め尽くしてしまったのだ。
「それは大丈夫。ファリンに言われた通り、ちゃんと隠したから」
「そう、それはよかった。…ていうか捨ててはいないんだ?」
「捨てる訳ないでしょ!ウィルの顔が描いてあるんだよ!?ましてや、今となっては傷痕があった頃のウィルの貴重な記録だよ!?」
「うん、それはよく分からない。あんな痛々しい姿を記録に残しておく必要ないと思うけど…」
「え?かっこいいでしょ?」
「…さいですか」
完全に呆れたような顔をされてしまった。
まあ、同意が得られないのはなにも今回に限ったことではない。
ウィルが負った額から頬にかけての抉られたような傷痕を見ると、誰もが痛々しいと言っていた。
しかし、私からすれば最高にかっこいい男の勲章だと思う。なにせ、私を守って負った傷なのだから。
町の酒場で、時々傭兵達が自分の傷痕を自慢し合っているが、あんなもの目ではない。
正直言うと、聖女様に目を治してもらった時に、傷痕も綺麗になくなってしまったのが少し残念だったくらいだ。
「でも、そんなに見られたらマズイかなぁ?私だったらウィルが私の肖像画を持っててくれたら、ウィルの私への愛情を感じてすごく嬉しいけど?」
「ごめん、私は初めてあの部屋に入った時、愛情というより狂気を感じたわ。夫の目が見えないのをいいことに何やってんだコイツって思ったわ」
「別にあれくらい見られてもいいと思うんだけど……というか、もっと見られて困ること他にたくさんやってるし」
「うん、ちょっと気になるけど言わなくていいよ。聞いたら私達の友情が破綻する気がするし」
洗い物する前にウィルが使ってた食器を舐めたり、洗濯する前にウィルの下着を嗅いだりしてるくらいだけど?基本的には。
それ以上にヤバいことも……まあ、してないこともないけど。
いや、でも言い訳くらいはさせて欲しい。
なにせ私達夫婦は、結婚してからも夜の営みを一切行っていないのだ。
私はいつでもウェルカムなのだが、流石に女から誘うのはどうかと思うし、ウィルにはしたない女だとか思われたら立ち直れないし…。
という訳で、自分で処理しないと色々と欲求不満になるのだ。うん、私悪くない。
…まあでも、これからはそんな必要はなくなるはずだ。
なにせ今のウィルは目が見えるのだから。私達が愛し合う上での障害はもう何もない。
ファリンの言うようにウィルの心が私から離れた訳じゃないなら、これからは空白の2年間を埋めるように、激しく濃密な結婚性活が待っているはずだ。ふ、ふふ………
「?ミリア?」
「ふ、ふふふ…」
「お~い、戻ってこ~~い」
「ふふ……ん?なに?」
「なに?じゃないでしょ。突然妄想の世界にトリップするのやめてくれる?」
「あぁ…ごめん。これからのことを考えて、つい」
「アンタその妄想癖どうにかした方がいいよ?というか前までそんな癖なかったでしょうに……」
「そう言われても…私もいつのまにか癖になっちゃってたから…」
「処女拗らせ過ぎでしょ。まあ、それは置いといて…。アンタに他に思い当たることがないなら、別に気にしなくていいと思うよ?アンタがいつも通りにしてたら、その内ウィルも落ち着くでしょ」
「そう、かなぁ」
「そうよ。だからアンタも早いところその妄想癖なんとかしなさい。割と百年の恋も冷める顔してたからね?さっきのアンタ」
「う……分かった、ファリンがそう言うなら」
昔からよくモテた恋愛経験豊富なファリンが言うことなので、一応その場は納得することにした。
相談に乗ってくれたお礼を言ってから、ファリンと別れ、家に帰る。
家に1人でいると、また悶々とウィルのことを考えてしまい、妄想の世界にトリップしそうになるが、必死に我慢した。
ウィル成分不足がかなり深刻だが、ファリンがいつも通りに振る舞えと言うならば仕方ない。
私は色々な欲求を飲み込むと、しばらくの辛抱だと思って普段通りに振る舞うことを決めた。
…仕事から帰って来たウィルがおかえりのキスをしてくれなかったけど、我慢した。
夕食の最中も目を合わせてくれなかったけど、我慢した。
ウィルが使ってたフォークを舐めるのも……ごめん、我慢出来なかった。キッチンでこっそり舐めた。
しかし、その努力は翌朝、早くも報われることとなった。
なんと!あぁなんと!!
ウィルが夜のお誘いをしてくれたのだ!!
もう嬉し過ぎて、夢かと思った。朝食を食べながら妄想の世界にトリップしたのかと思った。
でも、現実だった!
あぁファリンありがとう!今度美味しいお茶菓子持ってくね!
それからは、一日中気分が浮き立って仕方なかった。
家事をしながらも、気を抜くとついにやにや笑いを浮かべてしまう。
ついに、今夜ついに、私達は本当の夫婦となるのだ。
そう思うと、あまりの幸福感に妄想が暴走しそうになる。
しかし、ファリンの忠告を胸に何とか踏み止まった。
ウィルに緩み切っただらしない顔を見せて、幻滅されたら元も子もない。
そう思って、必死に頑張った。
ウィルが仕事から帰って来てからも、いつも通り貞淑な妻を演じ切った!
そしてついに!その時はやって来た!!
ベッドの上に座り、ウィルがやって来るのを待つ。
跳ね上がる心臓の鼓動と湧き上がる妄想を必死に抑えながら待っていると、やがてガチャっとドアが開く音が響いた。
ドアの方に目を向けると、そこには待ち人の姿。
ウィルのどこか呆然とした食い入るような視線に、嬉しさと同じくらいの恥ずかしさを覚える。
「来て…ウィル…」
思わず俯いてしまいながらそう囁けば、こちらに近付いて来る足音!
あぁ、お父さん、お母さん、ミリアは今日、大人になりま―――
ばたん!!
なりま―――あぁ?
突然響いた大きな音にそちらを向けば、そこには前のめりに床に倒れる夫の姿。
その顔は暗闇の中でもはっきり分かるくらい真っ赤で、頭の上から湯気でも出そうなくらいだ。
「……」
ゆっくりとベッドから降り、その顔を覗き込むと、完全に目を回しているのが分かった。
…え?まさかのぼせた?
いや、ずいぶん長いこと身を清めてるなぁとは思ってたけど、まさかのこのタイミングで?
「……」
…どちらにせよ、もう完全にムードが壊れてしまった。
どうやら今夜は大人しく寝るしかないようだ。
何だか突然冷水を掛けられたかのように一気に熱が冷めてしまい、私は妙に静かな気持ちでウィルをベッドまで移動させた。
何とかベッドの上までウィルを引っ張り上げようと苦闘しながら、胸の中でそっと呟く。
そりゃないよマイダーリン、と。
* * * * * * *
― 翌朝
私は目覚めると同時にウィルにそれはもう見事な土下座を披露され、その本心を聞いた。
どうやら私を嫌っていた訳ではなく、ファリンが言っていたように、子供の頃の私と今の私のギャップに戸惑っていただけのようだ。
内心まだ少し不安だったのだが、それを聞いてようやく安心した。
しかも!4日ぶりにウィルがおはようのキスをしてくれたのだ!!
それだけで、昨夜のことなどもうどうでもよくなってしまった。
あぁ、今日はとっても天気がいい。
「それで?今日はそんなに上機嫌なんだ?」
「ふっふふ~~♪まぁねぇ~~~♪」
早速その日の昼に、美味しいお茶菓子を持ってファリンの元を訪ねた。
結局、彼女の予想は的中していたのだ。色々と相談した以上、お礼も兼ねて報告をしておいた方がいいだろうと思ったのだ。
「という訳だから、もう心配いらないよ♪色々相談に乗ってくれてありがとね?」
「あぁそう…まあ私は始めから心配なんてしてなかったけどね……ところでいつになったらアンタは処女卒業するワケ?」
「ん~~?さぁどうだろう?でもぉ、もしかしたら割とすぐかもよ♪」
「はいはい、ごちそうさま。…くれぐれもウィルには今みたいな顔見せないようにね」
「大丈夫大丈夫♪昨日だって我慢出来てたし♪」
そう、もう何も憂いはない。
今朝だってウィルからキスしてくれたし、あの後いってらっしゃいのキスだってちゃんとした。…ウィルはまた鼻血出してたけど。
この調子なら近い内……ううん、もしかしたら今夜にでもその先まで行ってしまうかもしれない。
ふふ……そして私とウィルは、めくるめく官能の夜を………ふ、ふふふ……………
「…ミリア」
「ん?」
「…よだれ出てる」
「……」
…どうやらまだまだ道のりは長そうだ。
※ウィルは一般的に見て平凡顔です。恋は盲目(精神)ということです。
2018/4/15 親友視点投稿しました。
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