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苦難の日に  作者: 白銀古柳
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第一章 情景三

 作戦会議は滞りなく終わった。確認するべき事項をやり取りし、それに伴って生まれた幾つかの問題に簡単な討論と、最終的な結論を出した。そして亜空間跳躍の準備が整って後、奇襲のための通信封鎖が行われる。傍受されてしまえば、当然奇襲の意味もなくなる為だ。これから戦闘が始まるまでは、細かい戦術行動の必要がない作戦とは言え、緊張の糸が艦隊全体に張り詰めることになる。その糸を切れないようには、極めて機械的に作戦計画を遂行していかなければならない。

 まずは、各艦が亜空間跳躍によって、現在艦隊が侵攻している作戦領域外から作戦領域近くへと、事前に指定された座標に移る。敵目標の近くに直接飛ぶことは出来ない――惑星近くには座標を狂わせることによって亜空間跳躍を妨害する電波が発せられているためだ。従って、跳躍後は電撃的に、しかし戦列を乱すこと無く目標近くへと航行しなければならない。それを行うためにも、今回の作戦は帝国戦艦の中でも航行速度限界の高い高速艦を取り揃えている。特に戦艦は往々にして鈍重だが、電撃戦の遂行を念頭に建造されたこのグラディウス級戦艦は最新鋭の大型エンジンによって高い機動力を得ている。その機動力と高い火力及び射程をもって、手早く敵勢力を殲滅する。

 司令官用のデスクには内蔵型のホログラムシートが備えられている。作戦に関する情報が表示されたそれは、画面に触れながら手を左に流すことで、艦橋に設置された望遠からの光景を望むことが出来る。触れるに触れられぬ、虚無に満たされた暗黒の空間。その遥か後景に点在し、様々の色に冷たく光を発する天体の数々。人類を魅了し、生物に等しく与えられた重力の軛を解放せしめた、蠱惑の黒いカーテン。それを見つめると、気が付かぬ内に、首が絞められたかのように呼吸が止まる。これを慕情と呼ばぬのなら、何を慕情と呼ぶのだろう。この虚無こそが、惑星を故郷に持たず、人の形をした母を持たず、果て無き宙中に私を産み出した私の黒き母。私の郷愁の宙。

「何を見ておいでですかな、司令官」

 隣席に控えたシュヴァルツコプフ中佐が問いかける。そのしゃがれた音によって、私は心を煽り立てる途方もない夢から覚醒する。

 何を見ているのだろう。

 暫く目を閉じて黙考する。そして紡ぎ出す言葉を一音ずつ玩味しながら、静かに答えた。

「私の征く道、全能の父の領ずる空間だ」

 気がつけば、艦内は技官による慌ただしい確認の声に満ちている。亜空間跳躍の準備が始まっているのだ。間もなく、作戦が開始される。心地の良い緊張が、身体中を優しくくすぐるのを感じる。ふっと、口端から笑みが零れた。司令席から操舵室へは吹き抜けとなっている。そこを見下ろすと、フェリックス艦長が寡黙に技官たちを見つめているのが視界に入った。艦長の隣で作業を行っていた技官の一人が、艦長に話しかける。艦長は重く首肯して、それからこちらに鋭い眼光を向ける。

 合図だ。私は同じように頷く。

「そろそろですな」

「ああ」

 何を言おうか。

「名台詞を頼みましたよ」

 作戦開始の際には、司令官は短い演説を行うのが通例になっている。士気高揚のためだが、私は苦手だった。何を言おうか。短く思案をする。

「……おい、全艦隊へ回線を開け」

 第一声に続く言葉だけを考えついてから、司令室の中にいる通信技官に命じて、音声通信を開かせる。私は息を吸った。

「諸君……」

 一言、音を発した。そして言の葉を継ぐ。

「……諸君、いよいよ、殲滅作戦も終盤だ。敵方は今や弱体の極みにある。我が第三艦隊はその彼奴らに、とどめの一撃を加える栄誉を得た、この意味が解るか。……み力をお借りして、貴様らが帝国の歴史を刻むよう、我らの父がそれを示されたのだ。憎き反乱の時代から新時代へと、貴様らが牧者として、帝国を導くのである」

 一呼吸置く。その沈黙は一瞬に過ぎなかったが、しかし永遠のようにも思われた。その永遠を打ち砕いて、鋭く声を挙げる。

「征くぞッ! 秩序のために、そして全能の父、万軍の主、我らが皇帝の為に!」

『皇帝の為に!』

 音響装置を通じて、艦の中が大音量の鮮やかな鬨の声に満ちる。この瞬間、身体中の全てが空間に一体化し、全ての存在が溶けて混じり合うのを感じる。脳内伝達物質が過剰生産されて、肉という肉、血液という血液に、電撃のような快楽が走るのを感じる。瞳孔が開き、視界が文字通り淡い電光に満ちる。呼吸は荒れ、自らの心の猛りが己が戦士であることを告白する。今や、反乱は潰え、建国以来二分されていた帝国はようやく一つの共同体へと統一される。この戦いは、帝国の力を示す大楽劇の終幕曲となるだろう。

 通信が封鎖された。亜空間跳躍準備は既に整っている。白銀の煌きを纏った巨大な獣は、その致死の牙を研ぎながら、亜空間跳躍特有の唸りを深く上げている。私は手を挙げ、合図した。幾千もの海猫が一斉に鳴き始めたかのような甲高い跳躍音が鼓膜を切り裂き始める。眉をしかめながら、私は全ての事象の輪郭が歪み、ぼやけ、そして白く染まるのを感じた。


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