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童話……だといいな

好き 嫌い? 大好き

作者: 如月 一

国で一番高い山のてっぺんに、その塔はあります。

人びとは、それを季節の塔と呼んでいます。

もっとも、呼んでいるだけで、誰も見たことはありません。

何故なら普通の人には見えないからです。

でも、塔はあるのです。

塔には、季節の女王様が住んでいました。

ん?

季節は四つあるけれど、女王様は一人なの? と、言われましたか?

はい、その疑問はごもっとも。

勿論、季節の女王様も四人いらっしゃいます。

春の女王様、夏の女王様、秋の女王様、そして、冬の女王様です。

塔に住む女王様は季節によって変わります。

いえ、違いますね。

女王様が交代する事で季節が変わるのです。

それが、この国の規則(ルール)

何百年と変わらずに続けられている規則(ルール)でした。

今は冬。

塔には冬の女王が住んでいます。

冬の女王と言うと、何か冷たくて、怖そうな女性を想像するかも知れませんが、そんな事はありません。

見た目は十三、四の可愛らしい女の子です。

肌は雪のように白く。

流れるような黒髪は腰に届くくらい長く、顔を出したばかりの太陽の光りを受け、艶やかに輝いています。

顔立ちは冷たさとは程遠い、柔らかい愛らしさがありました。

微笑めば雪をもとろかす表情になるでしょう。

冬の女王が雪を溶かして良いのか、というご意見は置いておいて、それほど愛らしい冬の女王様ですが今は、少しむっつりとしています。

塔の屋上の欄干に頬杖をつき、目の前に広がる景色を見るとはなしに見ています。

塔は国で一番高い所なので国中を見渡す事が出来ました。

真ん中辺りの都市部から周辺の田園、草原や森や湖を一望にできます。

今は大部分が白い雪に覆われています。

『おお、寒い・・・、あぁ、お早う。

・・・、そうだねえ、いつも寒いねぇ。』

風に乗って、微かな声が女王様の耳に届きます。

どこかの誰かの呟きや会話の類いです。

女王様はその気になれば国中の人の声を聞くことができるのです。

冬の女王様は、静かに目を閉じて耳を澄ましました。

すると、聴こえてきます。

『寒いねぇ、やんなっちまうよ。』

『あれ、凍りついてる。ああ、朝から手間かけさせないでほしいものだ。』

『寒い、寒い。なんで冬なんてあるんだろう。』

『嫌だねぇ、

『嫌だ、嫌だ、

『ああ、嫌だ、

       冬なんて、

       冬なんざ、

       冬って奴は

            嫌いだよ。』

            大嫌いだ!』

            要らないね。』

ふぅ、と冬の女王様はため息をつくと塔の中に戻ろうとしました。

シャクリ、シャクリと浅く積もった雪を踏む音だけが静かに響きます。

うつむき気味に歩く姿は少し寂し気です。

ふと、冬の女王様は歩みを止めました。

顔を上げ、なにかに耳を傾けます。

と、急に振り返ると女王様は、再び欄干にかけ戻りました。

シャク、シャク、シャク、シャク。

雪を踏みしだく音が激しく響きます。

欄干から身を乗り出すようにして、目の前に広がる風景を見詰めます。なにかを探すように。

女王様の耳には微かな声が届いたのです。

女の王様はその声の主を探しているのです。

『・・・、だから、わたし、冬が好きなの。』

見つけました。

それは小さな女の子でした。


素晴らしく豪華な調度品に囲まれた部屋にその女性はいました。

ブロンドをアップした薔薇色の頬をした美しい人です。

春の女王様です。

今は季節の塔の応接の間にいます。

腕を組んで少しイライラした様子です。

春の女王は穏やか性格なのでそれは大層珍しい事でした。

春の女王様のイライラの原因は季節の交代の件です。

前にもお話ししましたが季節は、季節の塔の主が代わる事で変わります。

その交代が遅れているのです。

いつもなら、その時の季節の女王様から交代する女王様へ、いついつ交代いたしましょう。という招待状が届くのですが、今回はいつまでたっても来ませんでした。

まぁ、いつまでに交代しないといけないとはっきり決められている訳ではないので、毎年早くなったり、遅くなったりと多少は変わるものなのですが、今回はあまりに遅いのです。

何度か、まだですか?どうされましたか?

という文面の手紙を春の女王様から冬の女王様宛てにだしているのですが、その度に、もう少し。なにもありません。

などと言う返事ばかりです。

そうこうしているうちに、遅れに遅れ、今はもう3月の終わり。

このままでは、人びとの暮らしに影響が出てしまいます。そのため、春の女王様が直接出向く事にしたのです。

ですが、ここでもずっと待たされたままです。いつまでたっても冬の女王様は出てきません。

「いつまで待たせる気ですか。

すぐ、冬の女王を呼んで来なさい。」

春の女王様の大声に、侍従達は飛ぶように姿を消しました。

滅多に怒らない人が怒ると怖いですよね。

大分経ってから、侍従達が冬の女王様を連れて来ました。


「一体、貴女は何を考えているのです。」

春の女王様の問いかけに冬の女王様は黙ってうつむいたままです。

「黙っていては判りませんよ。とうに交代していなくてはならないのに、いつまでたっても交代しようとしない。

いつも真面目な貴女が、今年に限ってどうしたと言うのですか?」

それでも、冬の女王様は黙ったままでした。

「・・・、このままでは、王様に相談しなくてはなりませんね。」

「それは駄目です。」

王様の名前が出たので冬の女王様は慌てて言いました。

王様は女王様達のお父様です。

自分の娘達を季節の女王に指名したのも王様でした。

ですので、王様ならば冬の女王様の意志とは関係なしに交代を告げる事ができるでしょう。

「お願いです、もう少しだけ待って下さい。」

春の女王様は、少したじろぎました。

春の女王様は四人の季節の女王様の一番上の姉で、冬の女王様は末の妹でした。

その末の妹を一番可愛がっているのが春の女王様でした。

ですので、冬の女王に思い詰めたようにお願いされると心が揺れます。

しかし、大切な季節の交代の話なので、簡単に我儘を通す訳には行きません。

「まだ、そんな我儘なことを言うのですか?

どうして、そんなに交代をしたくないのです。」

「・・・、みんな、冬が嫌いって。

必要ないって、みんな、みんな、そういうの。」

「え、貴女、何を言いたいのです?

大体、冬が要らないなどという馬鹿な話を、え、?」

「でも、いたのです。冬が好きと言ってくれる子が!」

「言ってくれる子? 

どこの子どもの事をいっているのです?」

「こっちです。」

冬の女王様は春の女王様の手を取ると走り出しました。


塔の屋上です。

冬の女王様が指差す方に目を凝らすと、そこはちょっと大きなお屋敷の庭でした。一面、雪に覆われている庭をなにやら赤い小さなものがチョコチョコ動いています。

それはオーバーを着込んだ女の子でした。

真ん丸でまるで赤い雪だるまのようです。

『お母さま。一緒に雪だるまを作りませんか?』

そんな声も聞こえて来ます。

「あの子が冬が好きと言った子どもですか?」

「はい、あの子の母親は肌が弱くて、冬の弱い日射しでしか外に出られないみたいなのです。」

春の女王様は、

何故、女の子が冬が好きなのか、

何故、冬の女王が交代するのを渋るのか、

大体、察しがつきました。

「わたし、少しでも長くあの女の子がお母さんと一緒で遊べたらいいなと思って。

後、一ヶ月、いえ、二週・・・、一週間で良いのです。待ってもらえないでしょうか?」

「仕方、無いですねぇ。」

「わぁ。有り難うございます、お姉様。」

そう言って、ギュウと抱きついてくる冬の女王様の頭を撫でながら、春の女王様は深いため息をつくのでした。


「何時来ても暑いですね、ここは。」

春の女王様は呆れたように言いました。

「そうかな、良い感じだと思うけど。」

と、応えるのは夏の女王様です。

春の女王様は、季節の塔から戻るとすぐに二人の妹、つまり、夏の女王様と秋の女王様、に相談する事にしました。

今は、夏の女王様の控えの館にいます。

「日射しがわたくしには少し強いかしら。」

と、秋の女王様。

夏の女王様のいるところは、部屋の中でも、曇りの日でも、

どこからか夏の陽が廻りを照らすのです。

「そう、それなのです。」

春の女王様の言葉に、持ってきた日傘をさそうとしていた秋の女王様が、どれ?と、言う風に首を傾げます。

春の女王様はコホンと咳払いをすると、冬の女王様の件を二人の女王様に話しました。

「それで、お姉様はどうしたいの?」

話を聞きおわると、秋の女王様は春の女王様に問いかけました。

秋の女王様の質問に夏の女王様は、不思議そうな表情を浮かべます。

「一週間待つんじゃないの?」

「いいえ、駄目でしょうね。

根本的に問題を解決しなければ、あの子はまた、もう一週間とか言い出す事でしょう。」

「ええ、(わたくし)も同じ考えです。

だから、百年の願いを使おうと思うのです。」

季節の女王様達は毎年、季節の管理というお仕事を王様から任されているのですが、そのご褒美として、王様に百年にひとつだけ願いを叶えて貰えました。

それが百年の願いです。

「え、でも、百年の願いならこの間、使ったよ。

後、九十年は待たないと貯まらない。」

「それがわたくし達を呼んだ理由ね。

わたくしは三十二年あるかしら。」

(わたくし)は六十年程貯まっています。みんなの分を合わせれば・・・」

「そうか、合わせれば百年に足りるから、それで交代を止めて貰うお願いをするんだ!」

「違うわ。」

秋の女王様は、あっさり否定します。

「いくら百年の願いでも季節を交代させないお願いなんて叶えて貰えるわけありませんわ。

お願いするのはもっと別の事。」

そこまで言って、秋の女王様は、春の女王様の方を向きました。

「でもね、お姉、いえ、春の女王。

それであの子が幸せになるとは限らないわ。

むしろ、辛い思いをさせる事になるかもしれませんわ。

ちゃんと、その辺の事を言い聞かせないと、駄目だと思いますよ。」

「分かっています。全てを話して、判断は冬の女王にして貰うつもりです。」

春の女王様は、秋の女王様の眼差しを逸らすことなく答えました。


一週間が経ちました。

季節の塔です。

冬の女王様と春の女王様が向き合って座っていました。

二人とも無言です。

「ごめんなさい。実は、もう一週間・・・!?」

思いきって話始めた冬の女王様の口に人差し指をそっと当てて、春の女王様は、静かに首を横に振ります。

「約束は守らないといけませんよ。」

「でも、でも、わたしは、」

春の女王は黙ってテーブルの真ん中に瓶を置きました。水晶でできた瓶には薄紫色の液体が入っていました。

「魔法の薬です。これを使えば、あの子のお母さんは普通の人のようになります。」

恐る恐る瓶を手に取る冬の女王様に春の女王様は言葉を続けます。

「それを使えば、貴女が冬を続ける理由はなくなります。

しかし、それは、あの母子にとって冬が特別な季節ではなくなる事を意味します。」

「冬が特別でなくなる・・・」

冬の女王様の呟きには応えず、春の女王様は言葉を続けました。

「貴女には後、二つ選択肢があります。

このままなにもしないで(わたくし)と交代する事。

母子はなにも変わらない。冬も特別な存在のまま。

もう一つは、交代を拒否する事。

でも、冬は長くは続かないでしょう。一週間もしないうちに王様によって交代を告げられ冬は終わり、貴女は罰せられる。

暫くの間、貴女は謹慎という扱いになるでしょう。

冬の女王である貴女が謹慎となれば、この国に冬は来なくなる。

十年程、秋らしい冬か、春のような冬が訪れる事になるでしょう。」

冬の女王様はじっと瓶を見詰めたまま、春の女王様の言葉を聞いていました。

「ひとつだけ付け加えるなら、(わたくし)達が本来選ぶべきは、なにもしない、よ。

(わたくし)達は全てのものに分け隔てなく公平でなくてはならない。限られた人だけに益になることをすべきではない。

(わたくし)は、そう思います。残酷かも知れませんがね。

ですが、いま、決めるのは貴女よ。

さあ、選びなさい。」

「わたしは、わたしは・・・」

冬の女王様は、ひどく混乱した表情で春の女王様を見ました。しかし、春の女王様は、ただ、黙って見返すだけでした。

冬の女王様は持っている瓶を持ち上げ、いまにも床に叩きつけようと・・・


一組の母子が庭の軒先に座っていました。

「雪、溶けちゃたね。」

と、お母さんが言いました。

春の柔らかな日射しが庭一面に注がれています。

溶けちゃたね、と母親の言葉を真似しながら、女の子はそっと母親の手を撫で、心配そうに母親を見上げます。

「お母さん、大丈夫なの?」

「うん、そうね。

今年は何故か、日射しが痛くないの。気持ちいいぐらい。」

そうなんだ、と女の子はニッコリ微笑みました。


夏。

川辺です。

女の子が、大はしゃぎで川の中に入って行きます。

お母さんが慌てて叫びます。

「気をつけて、滑るわよ。」

女の子は、くるりと振り返ると、満面の笑みで応えます。

「私ね。夏、だーい好き!」


凍えるような夜。

チラチラと雪が降って来ました。

お母さんは、ストーブをカンカンにして部屋を暖めています。

ベッドで寝ている女の子の額にそっと手を当てました。

熱は下がっているようで、内心、ホッとしながら呟きます。

「風邪をひくなんて珍しいこと。

今年の冬は、特に寒いから。

これで、冬が嫌いにならなければ良いけど。」

季節は冬。

真っ暗な空から真っ白な雪が静かに降ってきます。

静かに、静かに。

まるで、誰かのすすり泣きのように。


ザク、ザク、ザク、

三日三晩降り続けた雪のお陰で街はすっかり雪に覆われています。

女の子の家の庭にも沢山積もりました。

ザク、ザク、ザク、ザク。

膝の処まで雪に埋もれながらも、女の子は一生懸命庭を歩いています。

「駄目よ~。あんまり、はしゃぐと風邪がぶり返すわよ。」

お母さんが心配そうに声をかけます。

ヨロヨロしながら女の子は振り返ると、口元に手を当てて、平気、と叫びました。

「お母さん、一緒に雪だるま作ろう!」

全身で喜びを表す女の子に、お母さんも思わず微笑みます。

「わたし、ねーー。」

女の子は大声で叫びます。

「冬が大好き。

春、夏、秋、冬で、冬が一番、だぁい好き!」

女の子と一緒に笑うお母さんは、ふと、空を見上げ、呟きます。

「あら、珍しい、風花(かざはな)ね。」

冬にしては優しい日射しのなか、沢山の雪がキラキラと風に舞っていました。

まるで、女の子と一緒に笑うかのように。









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