96話 さらばマリエッタ国
「なんだ、記憶が飛んでる!?」
「え、なんであたしこんなところにいるの?」
「ミーコさんや、儂の朝食はまだかいのぅ?」
「おじいちゃん、もう食べたでしょ! ……あれ、食べたわよね?」
正気に戻った国民たちは記憶がないことに動揺を隠せないようで、国中が騒然としている。
俺は騒いでいる人々の間を抜けて歩いていた。もう元凶は倒したことだし、しばらくすれば元通りの生活を送れるだろう。部外者はさっさと出ていくに限る。
門までたどり着いた俺はそこに見覚えのある人影を見つけた。
どうやら俺たちが来るのを待ち構えていたらしい。
その姿を認めた途端、俺の口角は自然と上がってしまう。
門の前には、エレクが悪餓鬼じみた笑顔で俺たちに手を振っていた。
「……フィーリア、まだ寝てるか?」
「ぐぅーぐぅー」
……いっそ清々しいほどの寝たふりだ。大根役者の才能がある。
「よし、起きてんな」
「なんですか。力を使い果たしてて今すっごいダルいんで簡潔にお願いします」
「エレクが俺達を見てるぞ」
俺がそう言うと、フィーリアは俊敏な動きで俺の背から飛び降りた。
まだ自分の足で立つのは相当辛いはずなのに、この良いかっこしいめ。
俺たちはエレクに近寄る。
「よお、エレク。無事に逃げ切れたみたいだな」
「うん。隠れ家は見つかっちゃったけど、無事に撒けたよ。二人のおかげさ」
エレクは少し誇らしげだ。実際誇っていいことだと思う。
国中の人間相手に一人で逃げ切ったんだからな。
いくら裏道を熟知しているとはいえ、楽じゃなかっただろう。
「わざわざ見送りに来てくれたんですか?」
「うん、まあそれもなんだけど……」
エレクはそこまで言うと自分の頬を軽く掻き、少し恥ずかしそうに続きを言った。
「ありがとう。皆は覚えてないみたいだけど、俺は覚えてる。……俺、皆に広めるから。すっごいカッコいい、最高にカッコいい二人がこの国を救ってくれたんだってこと!」
エレクは照れくさそうに「ヘヘヘ」と鼻を擦る。
その仕草は出会ったころと同じだが、体は引き締まり魔法も二種類使えるようになっているのだから、子供の成長速度というのは恐ろしいものだ。
「達者でな。いつかまた戦おう」
「幸せに生きてくださいね。エレク君のことは忘れないです。また会いましょう。……あと、私はかっこいいじゃなくてかわいいでお願いします」
満身創痍の状態なのに些細なところに拘るな。
別にかっこいいでいいだろ。逆にしたら、俺がかわいいって言われてるようなもんだろ?
……全然些細じゃねえな。ちょっと鳥肌が立っちまった。
「エレクー! なにしてんのよー」
俺達の後ろからエレクを呼ぶ声がする。
振り向くと、おさげの女の子が大きく手を振っていた。元気のよさそうな子だ。
あの子がエレクのガールフレンドのリュリュだろうか。
「おう、今行くー! ……二人とも、またね」
「ああ、またな」
「はい、また」
エレクは俺達と別れを済ませ、女の子の方へと駆けだしていった。
その様子を二人で見守っていると、真ん中あたりまで言ったところで不意にエレクが立ち止まり、俺達の方を振り返る。
そしていたずらっ子特有のニヤニヤした笑みを浮かべた。
「二人も付き合っちゃえばいいのに! お似合いだぜ!」
言い終わるとエレクは少女の元へと駆けより、自然な動作で手を握る。
喧騒に紛れ、二人の会話が微かに聞こえてきた。
「あの人たち、エレクの知り合い? 私見たことないんだけど」
「あの人たちはこの国を救ってくれた、この国の――そして俺の英雄さ。リュリュ、皆を集めよう。あの人たちの話をしたいんだ」
二人の姿は国の雑踏の中へと消えて行った。
二人に戻って初めに口を開いたのはフィーリアだった。
「最後に盛大にちゃかされましたねー。感動のお別れだと思ってたのは私だけですか」
フィーリアはがっくりと項垂れ、俺の背にもたれかかってくる。
それを背中に乗せろということだと解釈した俺は、フィーリアを背負いながら答えた。
「今度会ったら特訓してやるとしよう」
「あ、私にも手伝わせてくださいよ。『もう駄目ー!』って泣き言を言ってからが始まりですよね」
俺は首を後ろに向ける。おお、フィーリアが悪い顔をしている。
「フィーリアも分かってきたな」
「そりゃあもう、ユーリさんに嫌と言うほど付き合わされましたから」
俺はフィーリアを背負ったまま門を開けた。
「今度は開ける方向間違えないでくださいよー」
「間違えるわけないだろ。馬鹿にしてんのか?」
押すか引くかを間違えるやつなんて、よっぽどの間抜け以外にいやしないだろうに。
「ユーリさんにはこれまでに積み上げてきた所業の数々がありますからね。私は知ってるんですよ、ユーリさんには私の常識を当てはめちゃいけないって」
なぜか俺の信頼は地に落ちているようだ。
そんなに変なことをやらかした覚えはないぞ。せいぜい数十回だ。
俺は外に出て門が閉まっていくのを見守り、フィーリアを背に乗せたまま歩き出す。
「……というかなんでユーリさん普通に歩いてるんですか? ちょっと前まで死にそうだったのに」
「修行の賜物だ」
「私はこんなに疲労が溜まってるっていうのに、ずるいです」
フィーリアがバタバタと足を動かす。背負いにくいからやめてほしい。
「だから背負ってやってるだろ」
「チッチッチッ、背負わせてあげてるんですよ。こんなに可愛いエルフを背中に背負えることを光栄に思ってください」
「そのナチュラルな上から目線はどうにかならないのか?」
「これをやめたら私じゃないですからね」
「ハッ、なんだそりゃ」
フィーリアは耳元でニヒヒと笑う。
「そういえばどうやって勝ったんですか?」
そうか、フィーリアはその時の記憶が無いんだったな。
といってもどう説明したものか……。
あんまり難しい説明だと俺の頭がこんがらがるからな。簡潔に伝えよう。
「近づいて殴った」
「ユーリさんそればっかりですね」
「うるせえ」
余計な御世話だ。
「……なぁ、フィーリア」
「はい、なんですか?」
「フィーリアは洗脳された時、不安は無かったのか? もし万が一俺がロゼッタに負けてたら、お前も洗脳されたままになるところだったんだぞ?」
答えるのに時間のかかる質問だと思ったのだが、フィーリアはすぐに答えを返してくる。
「不安なんて全く無かったですよ。私、これでもユーリさんのこと信頼してるので」
「お前が、俺を?」
「私が、ユーリさんをですよ」
フィーリアは優しい声でそう言って、照れを誤魔化すように俺の頬を軽く引っ張ってくる。
「……お前が、俺を?」
「今そう言いましたよね!? そんなに信じられないんですか!?」
フィーリアは憤慨した様子で俺に訴えてきた。
それと同時に、頬を引っ張る力が強くなる。これもまた修行だ。
「じゃあ、これからも一緒に冒険するんだよな」
「……あ、もしかして私が今回ので怖くなって逃げ出すかもって思ってたんですか?」
「まあ、少しな」
実際これからいくらでも危ないことはあるだろうし。
「今更すぎますよ。そんなありえない可能性を考えてる暇があったらいつものようにトレーニングの事でも考えててください」
「そうか……そうだな」
わざわざマイナスな未来を考える必要もないか。
俺はその時その時を楽しめりゃそれでいい。
「そうと決まれば早速トレーニングだ」
俺は高速で回転を始めた。
「ユーリさん、ちょっ! 目が! 目が回ります!」
「三半規管を鍛えるトレーニングだ。すぐに慣れる」
俺の背中に乗っているせいで捲きこまれているフィーリアがキャーキャーと声を上げるが気にしない。
大方楽しんでいるのだろう。
「……あ、これヤバい。吐きます」
その声を聴き、俺は流石に回転を止めた。
背を見るとフィーリアは青白い顔をしている。
「おい、フィーリア!? 大丈夫か! 何があった! ……敵か!?」
「ユーリさんは自分と他の人との違いをもう少し知ってください……」
フィーリアは息も絶え絶えと言った様子でそう告げた。
俺!? ……あ、もしかして回ったのがまずかったのか!
どうやら歓声だと思っていたのは悲鳴だったらしい。
「うっぷ。本当に吐きそう……」
「わ、悪かった。ごめんなフィーリア」
俺はフィーリアに謝り、今度はおとなしくドポポへと歩き出した。
遠くなり始めたマリエッタ国の門の中からは、賑やかな喧騒が聞こえてくる。
俺とフィーリアはその音に耳を澄ませながら、ゆっくりと、ゆっくりと歩き続けるのだった。
五章『死の国編』完結です、次の話から新章に入ります。
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脳内物質どばどばーみたいな。
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