90話 VS国軍
早朝。
太陽が地平線から姿を現してから、数時間が経った頃、俺とフィーリアは隠れ家を出ようとしていた。
「エレク、万が一見つかっても逃げ切れよ」
「くれぐれも焦らないでください。平常心が大切ですからね」
「うん。二人とも……気を付けてね」
エレクは俺たちの顔を見ながら言う。
しかし、なんだかエレクの元気がない……ような気がする。
「心配すんな、俺の筋肉見ただろ? 任しとけ」
「うん……」
励ましてみるが、効果があったようにも思えない。
「何かあるなら言ってください。私たちの仲じゃないですか」
フィーリアが腰を落とし、エレクと視線を交わしながら言う。
エレクは逡巡するように唇をかんだ後、何かに縋るような声で言った。
「……なあ、本当に大丈夫だよな? 二人とも……死んじゃったり、しないよな?」
そう言いながら、エレクはフィーリアに弱々しく手を伸ばす。
その手を、フィーリアの両手が優しく包み込んだ。
「なら、約束しましょう」
「……約束?」
よくわからないといった表情をするエレクに、フィーリアは優しく笑いかける。
「はい。私とユーリさんは必ずロゼッタを倒してこの国の人たちを元に戻す――風神様と私自身に誓って約束します。もしできなかった場合は、ユーリさんをエレク君の好きにして構いません」
「俺が構うぞ」
当然のように俺を賭けの材料に使いやがって。
「いいじゃないですか、絶対成功させるんですから。……それとも、自信ないんですかぁ?」
眉を軽く上げ、挑発するような表情をするフィーリア。
そこはかとなくうざいが、たしかにその通りだ。
「そうだな、それでいい。俺も筋肉に誓おう。筋肉に誓ったからには絶対に失敗しない。エレク、失敗したら俺を好きにしていいぞ!」
俺はエレクに向かって両手を開く。
「……ぷはっ!」
エレクは思わずといった様子で噴き出した後、ようやく本来の表情に戻った。
よかったと安堵する俺の前で、エレクは悪餓鬼のような表情を浮かべ、指を一本ピンと立てながら言う。
「じゃあ、失敗したらユーリは筋肉って言うの禁止な?」
「……おいフィーリア、絶対に負けられなくなったぞ」
「なら、成功しても筋肉って言うの禁止でどうですか?」
「あ、それいいじゃん!」
「なんでだよっ!」
逃れるすべがないじゃねえか!
怒る俺を見て、エレクとフィーリアは腹を抱えて笑いあう。
二人して俺で遊びやがって……!
「二人とも、頑張って! この国を救ってくれ。俺も頑張るからさ!」
「おう!」
「はい、任せてください」
いつも通りの明るい顔で、エレクは隠れ家から出発する俺たちを見送ってくれた。
エレクと別れ、国宮へと向かう。
エレクがいないので裏通りは使わない。
道を間違えて行き止まりになったら、追いかけてきた人々を倒すしかなくなるからな。
エレクと約束した手前、なるべく怪我人は出したくない。
しかし表の通りを使うとなると、どうしても人目に付く。
俺達は人々から逃げながら国宮へと近づいて行った。
「フィーリア、来たぞ」
「そうみたいですね」
第一の関門、国軍の登場だ。
Bランク上位からAランク下位レベルの気を発する者たち五人ほどが俺達の行く手を阻む。
以前よりも人数が少ないのは、おそらく五人一組で広い範囲を捜索していたからだろう。
俺達を確認した国軍の兵士は、四人が俺達に向かい合い、一人がなにやら後方で気を放つ。
「ユーリさん。後ろの人が持ってるの、自分の居場所を伝える魔道具です。侵入者を見つけたら使う手はずになっているみたいですね」
なるほどな。つまり俺達の居場所は早くもばれちまったってことか。
「なら、こいつら早いとこ片付けて先に行くぞ」
「はいっ」
フィーリアが風魔法を使う。
殺傷力の低い球形の風魔法は兵士の一人に向かって飛んで行ったが、水魔法で防がれてしまった。
兵士たちは各々の魔法を使って攻撃を仕掛けてくる。
俺はそれを拳で弾き、魔法発動後の隙を見せている一人に近寄り腹を殴った。
しかし兵士は倒れず、逆に殴った俺の腕をしっかりとつかんで離さない。
そこを狙った他の兵士の魔法が俺を襲う。
俺はそれらを全て体で受ける。
やはり無傷とはいかず、少し体に痛みが走った。よく鍛えられているのが分かる攻撃だ。
「チッ、このレベルの相手に手加減して戦うのは楽じゃねーな」
しかし、罪徒であるロゼッタとの戦闘中にAランク相当の実力者がロゼッタ側に味方したら手加減などとてもできない。
今気を失わせておかないと、後々俺達が困ることになる。
「もう少し力を出しましょう。少し重い怪我をさせても私が治しますから」
兵士たちの魔法を火魔法で防ぎながらフィーリアがそう指示を出してくる。
「わかった」
俺は本気で移動し兵士の一人の背後を取り、首の後ろに手刀を打ち込む。
兵士は「ガッ!」と言って気を失った。
なんとか怪我をさせずに処理できたな。
見ると、フィーリアも『風神』を起動して風魔法で相手を気絶させていた。
どうやら丁度いい力の入れ具合を掴んだようだ。
「ユーリさん、こっちから五人来ます!」
「こっちもだ!」
ワラワラと湧いてきやがって……!
俺は高速で移動し手刀を繰り返す。
四人目を同じ手順で倒そうとした時、背筋に悪寒が走った俺は咄嗟に身を引く。
兵士の男の背中からは巨大で鋭利な棘が突き出していた。
本気時の俺ならともかく、今の俺ではあのままだったら結構ダメージ喰らってたかもな。
相手の接近に応じて自動で身を守るタイプの能力だろうか。正直予想していなかった反撃だ。
「っぶねえ。油断できねえな」
どうにも森で暮らしていた時の常識が抜けねえな。もう少し相手の能力のことも考えて戦わねえと。
環境に素早く適応できない者は強者とは呼ばれないからな。
俺はそいつをピストル拳の連打で倒す。男は血を吐きながら地に倒れこんだ。
少し傷を与えてしまったかもしれないが、命の危険はないから問題ないだろう。
魔法の集中砲火を時には躱し、時にはやむを得ず一身に受けながら、俺は再び手刀で兵士たちの意識を刈り取って回った。
「終わったか?」
「はい、なんとか」
俺とフィーリアの前に横たわっているのは国軍の兵士たち。
しばらくしたところで増援の波は止んだ。辺りの気配を探ってみるが、強者の気配はない。
フィーリアは大きな傷こそ負っていないものの、表情は険しい。
俺も戦いながらフィーリアを観察していたから、原因の予想はつくが。
「魔力はあとどのくらいだ?」
「半分きったくらいですね。残念ですが、彼らの治療をするほどの余裕はなさそうです」
フィーリアは兵士たちの方を見て辛そうに「ごめんなさい」と呟く。
魔力にも限りはあり、体力と違ってすぐには回復しない。
フィーリアはかなり魔力がある方だが、それでもこの連戦は応えたようだ。
「まあ、重傷の奴はいないし、大丈夫だろ」
手足の一、二本折ってしまった奴はいるが、命に関わる怪我はさせなかった。
あの程度の傷ならロゼッタを倒してこの国が正常に戻った後に病院に通って治せばいいだろう。
多少の犠牲は止むを得まいし、むしろ命があることを感謝してほしいくらいだ。
国軍の兵士たちを倒した俺とフィーリアは国宮の方へ向かう。
国宮へと続く道は一番の大通りで、見晴らしが良くなる。
「誰か待ち構えてるな。あれが団長か?」
国宮の前から気配を感じる。相当の熟練者の気配だ。
先ほど倒した兵士たちと同じ制服を着ているところを見ると、国軍なのは間違いないだろう。
まだかなりの距離があるがあちらも俺達に気が付いたらしく、気配が一段と鋭く研ぎ澄まされたものに変わる。
「フィーリア、見えるか?」
フィーリアは透心を発動させ、国宮の前で立ち阻む男を見る。
「はい。あの人も洗脳されていますね。能力は『雷の掟』。能力を発動してから一定時間の間、攻撃魔法が雷魔法しか使えなくなる代わりに、雷魔法の威力と速射性を上げる効果のようです」
「あのレベルの気を発する相手を殺さずに相手するのは骨が折れそうだが……。仕方ない、アイツは俺が相手する」
「協力した方が良いんじゃないですか?」
フィーリアの提案に俺は首を横に振る。
アイツを倒せば終わりならそれでもいいが、今回は事情が違う。
「まだロゼッタの能力が完全には割れていない以上、フィーリアの魔力を枯渇させるわけにはいかない。俺とロゼッタの相性が悪かった場合にどうしようもなくなるからな」
先ほども思ったが、戦うときに一番考えなきゃいけないのは能力のことだ。
これの相性次第で実力差はいくらでもひっくり返る。
俺の場合、物理攻撃を無効化するような相手とはすこぶる相性が悪い。
まあそれでも気合いでなんとかする自信はあるが、一応そういう時に備えてフィーリアにいてほしいのだ。
「……わかりました」
「心配するな。すぐに終わらせるから」
「……別に心配してませんから、パパッと倒してきてください」
そう言ってフィーリアは立ち止まる。
まだ男は遠い、ここなら流石に射程範囲外だろう。
俺は走る速度を上げ、立ちふさがる男を見つめる。
「あんたほどの実力のやつとは、互いになんのしがらみもない状態で戦いたかったぜ」
男の魔力が膨らむ。国宮はもう目と鼻の先だ。




