88話 ドリル
「まずは腕立て百回だ! 元気よく……声を出すとアイツラが来ちまうから、声は小さくな」
「おっす!」
いい返事だ。エレクもやる気を出してくれたようで、実にうれしい。
エレクの額から汗が滴り落ちる。
やはり健康的な汗はいいものだ。見ていても気持ちがいい。
「ユーリさんが変態じみたこと考えてます……」
「変態じゃない。筋肉だ」
「どうしよう、言ってる意味が分かりません」
分からないのか。まだまだ修行が足りないな。
「ひゃ……く!」
エレクが腕立て百回を終わらせた。
よしよし、とりあえずはいい調子だ。
「よし、じゃあ次は背筋百回だ。頑張れ、ここを乗り切れば強くなれるぞ!」
「うん、俺頑張るよ」
エレクはすぐさま背筋に移行する。
根気もあるし、強くなりそうだ。
数日後。
俺たちはエレクの指示に従って裏通りを進みながら、他にもエレクのように洗脳されていない人がいないか探していた。
その人から話がきければ何かヒントになるかもしれないと思ってのことだ。
しかし、数度目の探索である今日もそんな人間は見つからない。
「うーん、やっぱりいないなぁ」
捜索を終えたエレクは残念そうにため息を吐いた。
「見つからなかったのは残念ですけど、エレク君の逃げ足が速くなったことがわかっただけでもいいことですよ」
「そうだな。修行の成果が出始めてるぞ」
今では一般人相手なら余裕で逃げ切ることが出来るようになっていた。
最初に出会った時の足の遅さから考えると、格段の進歩である。
「マジ? よーっし、俺もっと頑張ろ!」
気合を入れるエレク。
少し悪餓鬼っぽいところもあるが、根は素直なやつだ。
「頑張れよ。真面目に訓練していれば、そのうち分身も出来るようになるぞ」
俺はエレクを励ましてやる。
「そんなことができるのはユーリさんだけです」
「いや、フィーリアさん、さすがに冗談でしょ? ユーリは魔法使えないんだし、分身なんて意味わかんね……え?」
エレクの驚く瞳が二人の俺を捉える。
俺は分身していた。
分身といっても、「高速で移動した残像により二人になったように見える」というだけのもので、一人一人が別行動できるわけでもないから特に戦闘で役に立つことはない。
軽い隠し芸といったところか。
「な、何が起きてんの……?」
「これが筋肉の力だ」
呆然とするエレクに、俺はそう答える。
エレクは信じられないものでも見たかのように目をゴシゴシと擦る。
しかしもちろん俺の分身は消えることはない。
それでもまた信じられないのか、今度は頬をつねりだした。
そんなに心配しなくても、ちゃんと現実だぞ?
「エレク君、残念ですが現実です」
残念って何だ。
「いや、さすがにこれは……。どういうことだよ……」
「鍛えたからな」
「鍛えたって言っておけば何でも許されると思ったら大間違いですからね」
「いや、鍛えたら出来るぞ?」
というか許されるも何も、悪いことをした記憶はないのだが。
「どうだ、エレクも特訓して分身出来るようになりたくないか?」
俺は分身を保ったまま、出来る限りの素敵な笑顔を浮かべてエレクに提案する。
「いや、俺はいいわ……」
「そうか? 残念だな」
「……ユーリって、本当に変なやつなんだなぁ」
「しみじみと言うのは止めてくれ」
冗談なんだろうが、本気みたいに聞こえるぞ。
「ユーリさんと一緒にいると退屈しませんからねー。良い意味でも悪い意味でも」
「そうだ、こんなこともできるぞ」
俺は人差し指一本で逆立ちし、それを軸にして独楽のように回りだす。
人差し指はドリルのように徐々に地面を掘り進め、俺の体は少しずつ地面に埋まり始めた。
「鍛えればこんなことも出来るようになるんだ。エレクもやりたいだろ! 鍛えればできるぞ!」
回転しながらエレクに声をかける。
「……たしかに退屈しないけど、すげー疲れる。ユーリとずっと一緒にいるなんて、フィーリアさんは凄いや」
「いつもあやすのが大変ですけどね」
「おい、俺は赤ん坊じゃないぞ!」
「ユーリと比べたら赤ん坊の方がまだ楽だと思うけど」
「エレク君の言う通りです」
おかしいな、なんで二人が結託してるんだ……?
俺は回転を止めて立ち上がり、眉をひそめて腕を組む。
「……どうもお前たちの物の見方はかなりズレてるな。どうすればそういう考え方になるのか……」
「いや、私たちの台詞ですよ」
いつの間にか出来上がってしまった二対一の構図に、俺は首をかしげるのだった。
私生活の方で諸々ありまして、今後の投稿は毎週水曜日と日曜日の週二回にさせていただきます。
ご理解いただけるとうれしいです。
これからも『魔法? そんなことより筋肉だ!』をよろしくお願いいたします!




