87話 訓練は破壊と共に
翌日、朝食をとった後。
エレクを鍛えることにした俺達は、裏通りで特訓を開始した。
ゴミが捨てられていて、清潔感はまるでない。
エレクが言うには、以前は裏通りや路地裏もここまで汚くはなかったようだ。
おそらく誰かが善意で清掃作業に勤しんでいたのだろう。
洗脳されたせいで誰もやり手がいなくなってしまった結果がこの惨状らしい。
まあ、少しくらいゴミが捨てられているぐらいの足場の悪さでは、俺に何の影響も及ぼすことはない。
俺は特訓を始める前に、まず完成形を見せることにした。
最終的な目標が明確にイメージできているのとそうでないのとでは修行の効率にかなりの差が出てくる。
具体的なイメージを持たせるためにも、俺の雄姿を見せておいたほうがいいだろう。
「準備はいいか?」
「うん」
筋肉を解放した俺はエレクに尋ねる。
エレクは一度唾を飲み込んだ後、真剣なまなざしで首を縦に振った。
俺の雰囲気の変化に気付いているのか、それとも今からの修行に緊張しているのだろうか。
俺はエレクに背を向ける。
この背中から技術を盗み取れ、エレク。
「コツは力を入れることだ。思いっきり力を込めて、そして殴る。すると――」
音速を超える俺の拳は空を切った。
それにより発生した衝撃波は直進し、家屋に大きな穴を開ける。
壊れた家の残骸がパラパラと俺達のところまで飛んできた。
「こうなる」
「人ん家壊すんじゃねー、馬鹿ユーリ!」
エレクが俺に怒鳴り声を上げた。
どうやら最初の訓練だからと気負いすぎていたのは俺も同じのようだ。
ここまで強く拳を振るつもりはなかったのだが……。まあ、やってしまったことは仕方がない。
過去は過去、未来に進もうではないか。
「二人とも逃げましょう。どこかの誰かさんのおかげで、まず間違いなく居場所がばれました」
フィーリアの言葉通り、何人かがこちらに向かっているようだ。
「ユーリに期待した俺が馬鹿だったよ……」
「そう落ち込むな。スジは悪くなかったぞ」
俺はエレクを優しく慰める。
「……エレク君のせいにしようとしてます? 無理ですよ?」
無理らしい。
俺達は裏通りを疾走した。
昼過ぎ。追っ手を巻いた俺たちは訓練を再開する。
今度は魔法の訓練ということで、フィーリアが教える役で、俺は見張りだ。
フィーリアは髪を耳にかけ、次元袋からいつかの黒縁眼鏡を取り出して、すっかり教師気分のようだ。
元々フィーリアはなんでもできそうな雰囲気があるから、教師役も様になっている。
「良いですか? 魔法を使うには心を豊かにする必要があります。エレク君は私の見立てだと、雷魔法に適性があるなので、それから練習しましょう。土魔法にも適性はありますが、まずは雷魔法からです」
「俺も魔法を使えるんだ……!」
エレクは目をキラキラと輝かせる。
俺の訓練の時よりも食いつきがいいのは気のせいだろうか。
フィーリアはエルフの中でも特に魔法への素養があるようで、その人を見ればどの属性に適性があるかが大体わかるらしい。
「静電気ってありますよね? 雷魔法はあれを大きくするイメージです」
そう言ってフィーリアは右手の手のひらを広げる。そこには小さな雷の球が出来ていた。
使用頻度が少ないので忘れていたが、フィーリアは雷魔法も使えるんだったか。
土属性以外の四属性の魔法に回復魔法、『風神』に『透心』。
……なんか、すっげー再戦したくなってきた。フィーリアって絶対強いだろ。
「すっげー!」
エレクが興奮を隠そうともせずに声を上げる。その目はもうキラッキラのキラッキラだ。
そういえば、フィーリアが魔法を使うのを見るのは初めてか。
エレクの反応に気をよくしたのか、フィーリアは満足げに目を閉じてウンウンと小さく頷いた。
雷の球はどんどんと大きくなり、顔の倍くらいの大きさになっている。
「イメージが出来たら、体の中の魔力を雷に変換して相手に向かって撃ち落としますっ! ……あっ」
フィーリアが放った雷魔法は一度上空へと飛んでいき、そして落雷となって家屋に降り注いだ。
家屋は轟音と共に光り輝き、黒こげになった家屋だったものの残骸だけが残った。
「……フィーリアさん」
「ごめんなさいっ、本当にごめんなさいっ!」
フィーリアがエレクにペコペコと頭を下げる。
エレクの目は先ほどまでの輝かんばかりの光を失っていた。
「とりあえず逃げるぞ。もう奴らが来てる」
最近逃げてばっかりだ。戦いたい。
それから数日が経ち、なんだかんだで基礎の基礎には入ることが出来るようになってきた。
今日はフィーリアがエレクに強化魔法を教えている。
「今日エレク君に教えるのは強化魔法です。これは魔法使いにとって非常に大切な魔法ですね。主な効果は筋力、持久力、敏捷性、反射神経の向上です。要するに、これを使えば体を鍛えたのと同じ効果かそれ以上の効果が得られるわけですね。高レベルの魔法使いは息をするようにこの魔法を使用しています」
「そうなんだ、知らなかった」
エレクによると、マリエッタ国の人間は成人年齢の十五歳になるまでは魔法を習わないらしい。
理由は魔法に魅入られて日常生活に支障が出たり、魔力枯渇で死ぬ可能性も高いからだそうだ。
「珍しいですが、他にもそのような政策を採っているところもあります」とフィーリアが補足してくれた。
エレクの様子を見ているとそれも分かる気がする。魔法の訓練は本当に楽しそうにやるもんなぁ。
筋肉だって最高なんだが、なかなか分かってもらえない。
やっぱり見た目も大事か。
周囲の見張りをしながらより美しい筋肉の見せ方を研究し始めた俺の耳に、エレクの焦燥した声が聞こえてくる。
「フィーリアさん。強化魔法、発動しないんだけど……」
フィーリアはエレクを見つめた後、困ったように口を開いた。
「これは……エレク君の能力の『無効化』が自身の強化魔法も打ち消してしまっていますね。これでは強化魔法は……」
「使えないってこと? そんなぁ……」
エレクはその場にしゃがみこんでしまった。
「魔法で強くなるんだ!」って一生懸命だったもんな。
能力のお蔭で洗脳から逃れられたのに、能力のせいで強化魔法が使えないなんて、皮肉なこともあったもんだ。
「俺はやっぱり強くなれない運命なのかな……」
俺はエレクの手を取り、立ち上がらせる。
「案ずるなエレク。俺がいる。――運命なんて、俺がぶっ壊してやるよ」
「……本当に?」
エレクの不安げな瞳に俺が反射する。
エレクはまだ俺を信じ切れてないようだ。
……いや、俺をというよりも自分自身をか。
だが、筋肉に不可能なんてない。俺を信じてくれれば必ず強くしてやるぜ。
「俺と筋肉がついてる。案ずるな」
「どうやら『案ずるな』という言い回しが気に入ったみたいです」
うるさいフィーリア、余計なこと言うな。
「不安だ……」
エレク、お前はこの国の人と一緒に戦いたいんだろ?
なら、不安でも進まなきゃならない。
最後に決断するのはエレクだからな。俺にできるのはお前の背中を押してやることだけだ。
だから俺はエレクに一歩を踏み出す勇気を与えるために、こう言うんだ。
「案ずるな。筋肉は全ての人間に平等だ」
「思ってること全部言ってあげればいいのに。それじゃ唯の筋肉の狂信者ですよ」
フィーリアはそう言って、俺の心情をエレクに伝える。
それを聞いたエレクは「どんだけ不器用なんだよ」と軽く笑った後、俺の方を向いた。
「……俺、頑張るよ」
「おう、もう一段階厳しくするからな。覚悟しておけよ?」
「望むところだっ」
やる気を取り戻してくれたようだ。
それどころか最初よりやる気があるように見える。結果オーライってやつだな。
「よーし、やるぞ! 俺は強くなるんだっ!」
やる気が有り余っているのか行く先もなく走り出したエレクの後ろで、俺はひそかにフィーリアと笑い合った。




