86話 無自覚な天使は優しく微笑む
今、俺達はエレクの新しい隠れ家を探してマリエッタ国を彷徨っているところだ。
「いい? 隠れ家の条件は何と言っても敵に見つからないこと。俺は土魔法を使えないから新しく家を建てるなんてことはできないし、人が住んでない廃墟を改修して住むしかないんだ」
エレクが歩きながら俺達に隠れ家について教えてくれる。
「中々厳しい条件ですね」
「そうだよ。あの隠れ家だって、探すのに苦労したんだ」
「……悪い」
「いや、別に責めるつもりはないけどさ。こうして一緒に協力してもらってるわけだし」
エレクは人間が出来ているな。
ここは俺が汚名返上しなければ。
「俺がいて良かったと思えるような、そんな隠れ家を見つけてやる」
「別に寝れればどこだっていいんだけどなぁ」
冷めてんなぁ、エレク。
そんなお前でも驚くような、凄い隠れ家を見つけてやるぜ。
「お、ここはどうだ?」
俺はある建物を指差す。
かなり豪華な建物だし、隠れ家に不足無しだ。
「こんなとこ、人が住んでるに決まってるだろ! 駄目だよ」
「そうか、そうだよな」
洗脳されている人も普通に家で暮らしているのを失念していた。
そりゃこんな豪華な家は無理か。
俺達は再び歩き出す。
「ここなんてどうでしょう?」
フィーリアが指差したのはかなりボロボロの家だ。
エレクはその家屋を外から物色する。
「……うん、良さそうだ。一日見張ってみて、人の出入りが無いようだったらここにする」
結局何の役にも立てなかったな。
俺には戦い以外は向いてないようだ。
そして現在。
俺達三人は洗脳された人々に追われている。
「どうしてこうなった」
「なんか、一段と注意深くなってるみたいだ。前まではこんなに探し回られたりしなかったのに」
俺の背に乗ったエレクの言葉通り、どうやらほとんどの人間が俺達を捜索しているようだ。
数日バレず、そろそろロゼッタを探しに行こうと思っていた矢先だっただけに、危ないところだった。
「また隠れ家を探さないといけませんね」
フィーリアも少し残念そうだ。白銀の髪が揺れた。
「あ、ここなんていいかも」
人々を巻いた後、エレクがそう言う。
家と呼べるかも怪しいほど朽ち果てた建物だ。
一日張り込み、ここを新しい隠れ家に決めた。
そして夜、俺達は再度洗脳された人々に見つかった。
「そしてまた追いかけられる、と」
「歴史は繰り返すんですね」
「くっそー。どうすりゃいいんだよぉ!」
俺達を探索している人の数が多すぎて、気配察知をしても見つからないようにやり過ごすことができない。
隠れ家は廃墟だから誰でも入ってこれるしな。
俺の気配察知とエレクの土地勘を組み合わせて、人気のないほうへと逃げ込む。
念のため後ろを振り返るが、人影は見えない。今回も無事に撒けたようだ。
「このままじゃまずいな」
俺は逃げる途中で商店から拝借した果物を齧りながら二人と会話する。
食物を食べなきゃ生きていけないのだから、盗むしかない。
一応代金は置いてきてある。まだ子供なエレクの前で悪事を働くわけにもいかないからな。
二人はそれぞれ食物を口に入れながら、俺の言葉に頷きを返した。
「どうしても数日間しか隠れていられませんね」
「俺が足手まといになってごめん……」
全くエレクのせいではないのだが、エレクは自分を責めているようだ。
「いっそ、一旦エレク君にはこの国の外に避難してもらうのはどうですか? そうすれば危険もないですし」
「それはいい考えかもしれないな。どうだ、エレク?」
「……嫌だ」
俺達の提案をエレクは一蹴した。
いい案だと思ったが、どこか気に食わないところがあったのだろうか。
「理由を教えてくれないか?」
「俺にとっての世界はこの国だ。それなのに、他の国に逃げたって何の意味もないじゃないか。リュリュとアレクとジャン……それにお父さんとお母さん、おばあちゃんに隊長さんにオッゾ先生……。皆がいなきゃ、俺…………寂しいよ。……それに――」
エレクは拳を握り前を向く。
その目には、若くとも太い心の芯が見えた。
「それに、皆は洗脳されてるだけなんだろ? なら、きっと皆も心の中で戦ってるはずだ! それなのに、俺だけ逃げるなんてできない。俺は絶対皆を見捨てたりしたくないっ! 俺もこの国の皆と一緒に戦うんだ!」
自分の危険を知って尚、この国に留まると言って聞かないエレク。
逃げてくれた方が俺たちにとっては嬉しいし、エレクにとっても安全なのは確実である。
だから、その口から洩れるのは全て子供の理屈だ。――だが、勇気ある子供の理屈だ。
そういうのは嫌いじゃないぜ。
子供扱いしすぎたかもしれないな、と俺は思う。
手が白くなるほど強く拳を握っているエレクに俺は告げた。
「エレク。お前、いい男じゃねえか。……なら、俺がお前を強くする。この国の人間から一人で逃げ切れるくらい強くしてやる」
「ほんと!?」
「ああ、俺を誰だと思ってる。超絶筋肉男、ユーリさんだぞ」
俺はエレクに背を向けて頭の後ろで腕を組み、筋肉を解放する。
服ははじけ飛んだ。
こうすると脊柱起立筋がよく目立つんだ。
「私のマネしないでくださいよ」
背後から、からかうようなフィーリアの声が聞こえてくる。
バレたか。台詞はフィーリアの普段言っていることを模倣させてもらった。
それを聞いたエレクは「え、フィーリアさん……?」と言いながらフィーリアから後ずさる。
「え、なんで私が引かれてるんですか? ……あ、ユーリさんが真似したのは台詞ですよ!? 私があんな風に筋肉をみせるなんてするわけないじゃないですかっ!」
「なんだぁ、びっくりして損した」
エレクはなにやら勘違いをしていたようだ。
まあ、フィーリアがやっても意味ないしな。
もっと筋肉をつけないと服は破けないぞ? 頑張れフィーリア。
フィーリアはエレクに近づき、強く握りこんだままのエレクの手を優しく開けた。
エレクはフィーリアを見つめ返す。
「ユーリさんに任せておいたら危なすぎますからね、私も手伝わせてもらいます。エレク君、一緒に頑張ろ?」
「……うん、頑張る。……ありがと」
「どういたしまして」
フィーリアの万遍の笑みにエレクは顔を赤くして下を向いた。
フィーリアのやつ、自分が可愛いってわかってるくせにこういうことは無自覚でやるからな。
本当にたちの悪いことこの上ない。
男としたら一発ノックアウトだ。俺は耐えられるけど。……多分。




