85話 死の国
「俺はエレクリルトン・イロアチア。年は十三。エレクって呼んでくれ。そんで、ここは俺の隠れ家」
「改めて、俺はユーリ。こっちはフィーリアだ」
「フィーリア・ウインディアです」
少年が自己紹介してくれたので、俺たちも再度自己紹介をする。
エレクリルトンと名乗った少年に連れてこられた隠れ家は土でできており、所々を角材で補強してあった。
中は意外と広く、俺とフィーリアが入ってもまだ余裕がある。
「立派な隠れ家だな」
「でしょ? 廃墟だったのを俺が補強したんだ」
エレクは自慢げに鼻を擦りながらヘヘヘと笑う。
男にしては長めの暗い金髪に、まだ幼さの残る顔立ち。その顔はやんちゃ坊主そのものだ。
「で、ユーリ?さんとフィーリアさんはなんでこの国に来たの?」
「俺はユーリでいいぞ」
それにしても、俺の名前はうろ覚えなのにフィーリアの名前はしっかり憶えてるのか。
まあ、フィーリアは美人だしな。エレクも年頃の男だ、仕方ない。
「私たちはこの国に罪徒がいると聞いてきたんです。『女王』、若しくはロゼッタ・スーという名前に聞き覚えはありませんか?」
「ロゼッタ・スー? 聞いたことないな……」
エレクは腕を組み、「うーん」と唸った後にそう言った。
どうやら罪徒については知らないようだ。
「他に話せる人はいないのか?」
「……いないよ。この国は死んだ。今のマリエッタ国は死の国さ」
唇をかみしめ、拳を握るエレク。
抱えている感情をどこに向けていいのかわからないといった様子だ。
「エレク。お前が知っていることを俺達に教えてくれないか?」
「……いいよ、教えてあげる。この国に、何が起きたのかを」
そう言ってエレクはゆっくりと自らの体験を語り始めた。
俺は父さんと母さんと婆ちゃんと、四人で暮らしてた。
マリエッタ国は農業が盛んで、俺の家も農業をやっていた。
何もない国だけど、それでも俺は幸せだった。
――始まりは突然だった。
唐突に、だけど凄いスピードで、それは始まったんだ。
最初は国軍だった。
国軍の隊長さんは俺みたいな悪餓鬼をきちんと叱ってくれる人で、俺の同年代はウザがってるやつも多かったけど、親たちには慕われていたし、俺もしっかり俺を見てくれている気がして嫌いじゃなかった。
その隊長さんたち国軍が、ある日おかしくなったんだ。
仕事はきちんとこなす。でも、俺達が話しかけても何も反応しない。濁った眼で虚空を見つめてるんだ。
大人たちは多分流行病だろうってことで国軍の人達を隔離した。でも……駄目だった。
朝が来るたびにおかしくなる人は増えていった。
そしていつの間にか、俺以外は皆あんな風になっちゃったんだ。
表面上は皆いつも通りに生きてる。食事をしたり、畑を土魔法で耕したりとか。
でも、あれは違う。あんなふうになったら人間じゃない。
だって……だって皆僕を覚えてないんだっ!
リュリュもアレクもジャンも、まるで皆僕のことなんか忘れたみたいに!
「エレク君! 大丈夫ですか!?」
フィーリアがエレクの肩をゆする。エレクは正気に戻ったようだ。
「……え? ……あ、ああ、うん。大丈夫、ちょっと思い出しちゃっただけ。平気さ」
そういって軽く笑うエレク。
やせ我慢がみえみえではあるが、強い男である。
「……辛いことを思い出させてごめんなさい」
「い、いいよ。俺は全然平気だし!」
潤んだ瞳のフィーリアに至近距離で見つめられたエレクは顔を赤くして目をそらしながらそう言う。
エレクも年頃の男だ、仕方ない。
「フィーリア、どう思う?」
「そうですね……推測でしかないですが、おそらくロゼッタって人の仕業ではないかと」
「え!? どういうことだよ! 病気じゃないのか!?」
エレクがでかい声を出す。
驚きなのはわかるが、敵に見つかるだろうが!
「馬鹿、でかい声出すな!」
「……ユーリさんの声の方がずっと大きいんですが」
フィーリアの言葉にハッとなった俺は慌てて気配を察知する。
気配はこちらに近づいてきていた。俺の声で居場所がばれてしまったようだ。
「……二人とも、すまん。居場所がばれたようだ」
「もう、ユーリさんのバカっ」
「おいユーリ、逃げ切ったら今の話詳しく聞かせろよ!」
俺達は再び洗脳された人間たちとの鬼ごっこをする羽目になった。
何とか逃げ切った後、路地裏に腰掛けたエレクは俺達に質問を投げかける。
「さあ、さっきの話の続きをしてくれよ。皆が変になっちまったのは病気じゃなくてロゼッタって人の所為だって?」
「以前国を潰そうとした前科があるらしいですし、その可能性は十分にあります。おそらく、ロゼッタかその一味の中に洗脳の能力持ちがいるのではないかと」
フィーリアの言葉に衝撃を受けたエレクは声を震わせる。
「そ、そんな……。あれ、じゃあなんで俺は大丈夫なんだ……?」
「それは多分、エレク君の能力のお蔭だと思います。エレク君の能力は、『無効化』です。自身にかかる魔法、能力を全て無効化するもののようですね」
「そっか。だから俺だけが……」
エレクは複雑な表情で自分の胸のあたりを触る。
どうやら透心によってフィーリアに能力を教えてもらうまで自身の能力を知らなかったようだ。
普通は能力が発現した瞬間に自身の能力についてわかるものだが、たまにエレクのように気づかない人もいるとフィーリアが以前言っていたのを思い出す。
「ユーリさん、ちょっといいですか?」
エレクとの話が一段落したところで、フィーリアが俺を呼んだ。
エレクには聞こえないよう、少し離れたところで話し合いを行う。
「ユーリさん、このことがロゼッタに知れたら、多分エレク君は執拗に狙われますよ。なんせ洗脳が効かない唯一の人間かもしれないんですから。あちらサイドとしては何としても始末したいところでしょう」
フィーリアが耳元でささやく。
「もうエレクに洗脳が聞かないことがバレてる可能性もあるな。エレク以外の国民はすでに洗脳されているようだし、洗脳した人間経由でエレクの情報がロゼッタまで届いてる可能性も否定できない。しかも最悪なことに、今回の俺達の一件でエレクの存在がバレた可能性もある」
もしそうなら悪いのは俺達だ。
俺達のせいでエレクの身を危険にさらすことになる。
少しぐらい迷惑をかけるだけならまだしも、命を危機に晒してしまう。
「どうしますか? 私、エレク君を死なせたくないんですけど」
「それは俺も同じだ。なんせ、借りがある。借りは返さにゃ寝覚めが悪い」
自らの危険を顧みず俺達を助ける、そんな男を見殺しにするわけにはいかない。
「じゃあ……!」
俺の言葉を聞いたフィーリは嬉しそうにそう言った。
銀色の瞳が光を反射してキラキラと輝く。
「ああ、俺達がロゼッタを探し出して息の根を止める間、エレクが安全に隠れていられる新しい隠れ家を見つける。それまではエレクに同行するぞ」
とりあえずやることは決まったな。エレクの隠れ家探しだ。




