83話 良い夢見ろよ
ミラはバサバサと翼を唸らせて空へと翔けあがる。
そしてある程度まで上がったところで、高度を維持したまま高速で移動を始めた。
地上の景色が目まぐるしく変わっていく。
その光景を見たフィーリアは、興奮を隠そうともせずに口を開いた。
「凄いですね、飛んでますよ!」
「お前は自分で飛べるだろ。……それにしてもすげえな」
「そんなこと言ったら、ユーリさんだって自分で飛べるじゃないですか」
む、確かにそうだな。
しかしなんというか、自分で飛ぶのとは違うんだよな。特に俺の場合は飛ぶというか「跳ぶ」だし。
俺達の会話を聞いていた男が得意そうな声で話に入る。
「ハハハ。よく言われるよ、『風魔法で飛ぶのとは違う!』ってな。中々快適だろ?」
気が付かなかったが、言われてみれば快適だ。
これほどのスピードで飛んでいるにもかかわらず、どっしりとしていて全く揺れもない。
風が来ないのは男が風魔法でガードしているからだろう、繊細な魔法の使い方である。
あまりにも自然に魔法を使っているせいで目立たないが、かなりの練度だ。俺は男に感心した。
ミラの背に乗って数時間が経った頃、男が口を開いた。
「起きてるか? そろそろ着くぞ」
「え、もうですか?」
「……速いな」
風を感じないので実感はないが、恐ろしい速さだ。
短距離ならともかく、長距離ではとても敵わんな。いや、鍛え続けていけばいつかは……。
「おし、降りるぞ。もしかしたら少し揺れるかもしれねえが、我慢してくれよ?」
男がそう言ったのが合図だったのか、ミラが下降行動をとり始める。
みるみるうちに地面が近づき、ミラの体は地面へと降り立った。
揺れは全くなかったな。素晴らしいコンビネーションだ。
「見事な運転だった」
俺は男に金を払う。
男は「コイツのお蔭さ」とミラの頭を撫でた。本当に良い関係のようだ。
「可愛い……」
フィーリアが思わずと言った様子で口に出す。
「だろ? ウチで一番の別嬪なんだよ」
「グルゥ!」
フィーリアと男に褒められたミラは心なしか嬉しそうだ。感情が豊かだな。
というか、メスだったのか。見た目がカッコいいもんだから、てっきりオスかと思ってた。
「じゃあ、俺達はこの国の竜舎までもうひとっ飛びだ。また使ってくれよな」
「グルッ!」
そう言って男とミラは空へと飛び立った。
あっという間に姿は見えなくなる。
「さて、と」
俺は改めて辺りを見回した。
少し先に村のようなものが見える。あれがドポポだろう。
「行きますか」
「ああ」
俺達は暮れ始めた夕日を背に、村に向かって歩き始めた。
俺達は村の中のギルドに足を運んだ。
今まで見てきたギルドと比べるとかなりみすぼらしいギルドだ。入ってみたが、誰もいない。
なんでもいいからマリエッタ国についての情報が欲しい俺達は仕方なく酒場に足を運ぶ。
適当な二人組に話を聞くことにした。
「失礼。冒険者なのだが、マリエッタについて知りたい。何か知っていることはないか? 最近変わったことなどあれば教えてほしい」
「おう? だったらギルドに聞いたほうがいいんじゃねえの?」
「ギルドには誰もいなかった。だから来ている」
「あ、今日の当番俺だった。平和すぎて忘れてたぜ」
二人の内の一人がそう言った。
自分の仕事もせずに夕方から酒を飲んでるのかよ。良いご身分だな。
そんなことを思っているのが伝わったのか、男は耳をほじりながら言う。
「まあ、こんな平和なとこにはギルドなんていらねえんだよ。依頼なんて一つも出てないからな」
「それはまた、すごいですね」
フィーリアが驚きと呆れの混ざった声を上げる。
「大体、依頼なんて出しても冒険者がいやしねえから意味がねえ。もう二か月は依頼なんてでてねえんじゃねえかなぁ。一応この村のギルドはここらの四つの村合同のギルドなんだぜ? そこが暇なんて、こんなに良いことはねえ。そう思うだろ?」
男は俺達にそう尋ねた。
平和なだけなんて退屈だと思うが、今は俺の意見を言っても何にもならない。
「それよりマリエッタ国について何か知らないか? 行こうと思っているのだが」
「冒険者の兄ちゃんたちが何の用だか知らねえが、あそこにギルドはないぜ? 超閉鎖的な国だからな、あそこ」
「それは知っている。内部の様子などは分からないか?」
男はグラスを回すように揺らした。
カラコロと氷がグラスにぶつかる音が鳴る。
「そう言われても、あの国は閉鎖的だからなぁ。一番近いこの村ともまともに取引しないし……そういや最近は特にだな。元々マリエッタ国に行くやつなんて商人くらいなもんだったんだ。でも最近はその商人たちでさえ通さなくなったんだよ。ここらの商人たちは取引先が無くなって頭を抱えてたぜ」
「俺もその一人だ。やることなくなっちまったからとりあえず酒を飲んでる」
もう一人が口を挟んだ。
「それでいいんですか……」
「一応他の村との取引もあるお蔭でなんとか生きてくことはできるからな。それさえできりゃあ問題ない。金なんて稼いだら稼いだ分だけ酒に変わるだけだからな!」
男は上気した顔でカッカッカと笑う。
「まあそういうわけで、あの国の内部は誰も知らねえと思うぜ。わかってることと言えば、一国一街の国だから領土が狭いってことと、周囲が土の壁で覆われてる……ってくらいだな」
「情報提供、感謝する」
俺は情報料として二人に金を払った。
「お、兄ちゃん気前いいねえ。兄ちゃんも姉ちゃんも、一緒に飲んできなよ!」
「すまないが、明日仕事があるからな。飲むわけにはいかない。なあフィーリア」
それに、フィーリアに酒を飲ませちゃいけない。
手が付けられなくなってしまう。
「ちぇっ、綺麗なねーちゃんと飲みたかったのになぁ」
「また機会があれば、お願いしますね」
フィーリアが軽く男をあしらって会話を打ち切った。
酒場を出た俺達は宿を――とろうとしたが、宿が無かったので野宿をすることにした。
この村は本当に人がほとんど来ないようだな。まさか宿が無いなんて流石に思わなかった。
「うう……ベッドで寝られると思ったのに」
「諦めろ。お前も立って寝られるようになったらどうだ?」
そうすりゃ何の問題もないのに。
「誰にでも出来ることじゃないんですよ。少なくとも私には無理です。熟睡してしまうタイプなので」
「熟睡と言えば、お前しょっちゅう寝言を言ってるな。アレ、自分ではわかってるのか?」
俺の質問にフィーリアは驚いた様子を見せる。
「え、本当ですか!? 自覚ないんですけど……」
そういえば昨日の夜もなんか言ってたな。
フィーリアの寝言を思い返してみる。
「昨日は『おいしいっ。……これもおいしいっ』って言ってたな。なんか食ってる夢でも見たのか?」
フィーリアは顔を赤くさせ、しばらく無言になった後ボソッと答えた。
「…………イチゴ、を……食べました。……お腹いっぱい」
「……へえ」
「なんですかその目は。ゆ、夢で何食べてもいいじゃないですか! 私の夢ですよ!?」
「いや、別に駄目なんて言ってないが」
そう言うとフィーリアは俺から顔をそむける。
「うぅ……ユーリさんのいじわるっ。もう寝ます! ……おやすみなさいっ」
「おう、おやすみ。良い夢見ろよ」
「っ! ……ばか! ユーリさんのばか!」
俺はわめいているフィーリアを無視し、考えに没頭する。
明日はマリエッタ国に侵入だ。楽しみだぜ。




