82話 竜、行けない理由
数日後。諸々の準備を整えた俺は、フィーリアと今回のマリエッタ国遠征について話し合う。
「ユーリさん、まさか走っていくなんて言い出さないですよね?」
「流石に今回は無理だな」
「そうですよね、安心しました」
「いい修行にはなりそうだが、数日はかかるからな。その間に誰かに倒されちまったら行く意味が無くなっちまう」
流石にそれだけ時間をかけて無駄足だったら落胆しちまうしな。
「どうやって行くかなぁ……」
「なら、飛竜に乗るのはどうですか?」
「ああ、それもいいな。そうするか」
この街には飛竜と呼ばれる竜がいる。地竜とは異なる、空を飛ぶ竜だ。
といっても生まれた時からドラゴンテイマーと一緒に過ごしているお蔭で獰猛ではなく、むしろ人に懐きやすいらしい。
そう言えば、遠隔地へ行くなら飛竜に乗るのが一般的だと言う話を聞いたことがあるな。いつも大体走っていくから忘れてた。
「一度乗ってみたかったんですよ。飛竜、可愛くないですか?」
「可愛い……? 強そうだとは思うが」
「テイマーの人と心が通い合ってるんですよ。言葉が通じないのに凄いなーと思います」
高ランクの魔物には自我がある。これは数多くの学者が唱えている、かなり信憑性の高い説だ。
中にはCランクくらいでも自我を持つ魔物もいたりするが、Aランクにもなるとほとんどが自我を持っていると考えられている。
「じゃあ、早速行くか」
「はーい」
俺達はジープップのはずれにある竜舎へと移動した。
壊れないように土魔法が何重にも施された大きな竜舎は、正直かなりの圧迫感がある。
「こんにちはー」
「おう、どうぞ」
フィーリアの声に応えたのは渋い声をした中年の男だった。
飼育員というよりは何かの職人のような面構えだ。
「二人でいいか?」
「おう」
「目的地は?」
「マリエッタ国だ」
そういうと男はぶっきらぼうな問いを止め、少し考え込むそぶりを見せた。
何か問題があるのだろうか?
「何か問題があるんでしょうか?」
「いや……端的に言うと、マリエッタ国に竜を飛ばすのは無理だ」
フィーリアの質問に答える男。
「何でだ?」
「あそこの国は飛竜の入国を認めていないからだ」
「ということは、マリエッタ国は魔物の出入りは完全禁止なんですか。珍しいですね」
男の言葉に、フィーリアが一人納得した顔をする。
俺とお前の知識量の差はどこでついているんだ。
初めて会ったときは俺と同じくらいにこの世界に対して無知だったのに。
俺が鍛えている間にフィーリアはこの世界のことを学んでいるのだろうか。
男がフィーリアの言葉を肯定する。
「その通りだ。勿論制限はあるが、大概の国ではペットや使い魔としての魔物の入国は認められているものだ。でもあそこは違う。それに、どこにも国交を開いていない鎖国状態って噂もあんだ。付近の国まで連れてってやるのが精々だな」
「なら、それで頼む」
近くまで行けば、そこから走っていけばいいしな。
「はいよ、承った。出発はいつだ?」
「なるべく早くだ。別に今からでも構わない」
「そうか、じゃあ今からだ。おい! 俺は今から出る! 後頼んだぞ!」
「へい!」
男は竜舎全体に響く声で仕事仲間に指示を出した。良く通る声だ。
「じゃあ、竜のとこに案内するぜ」
そう言って男は歩き出す。
俺とフィーリアはその後に続いた。
「コイツが今回乗る竜だ。少しのんびり屋なところはあるが、その分安全性はピカイチだから安心してくれ」
男は飛竜の喉の辺りを撫でながら俺達に言う。
竜は気持ちよさそうにグルルルと唸った。体長は十メートルちょいくらいか。
深みがかった緑の体色が落ち着いた印象だ。
何度か飛んでいるのは見たことがあったが、間近で竜を見るのは初めての経験だな。
その目には野生の魔物とは違う、理知的な輝きが備わっていた。
インテリの俺より頭がいいかもしれない。いや、それはないか。……ないよな?
そんなことを思っていると、竜の声がだんだんと攻撃的なものに変わっていく。
心なしか俺を見ているような気がするんだが。……もしや、威嚇されているのだろうか。
「おう? どうしたミラ。……ふむふむ。違うぞミラ、あの人は人間だ。怪物じゃないぞ! ……お客さん、申し訳ない」
「いや……」
俺は内心少し驚く。
普段の俺の体型でも、この体がどれだけ鍛え上げられているかがわかるのか。
ミラといったか、中々お目が高いやつのようだ。
しかし、魔物に怪物扱いされる人間なんてそうはいないだろうな。なんだか少し誇らしい気分だ。
「ふふふっ……この子凄い驚いてますよ。『あんな体、まともじゃないよ!』って言ってます。まあ、無理もないですよね、ユーリさんみたいな人なんて滅多にいませんから」
それを聞いた男は驚いた声を上げた。
「嬢ちゃん、ミラの言うことがわかるのか!?」
「ええ、ミラちゃんはあなたにとてもよく懐いてますよ。全幅の信頼を寄せています」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、ミラ! この野郎っ」
フィーリアの言葉を聞いた男は再びミラを優しく撫でる。
ミラは気持ちよさそうに目をつぶって男にすり寄った。
それを見ていたフィーリアは「わあぁ……!」と感動した声をあげる。
「言葉が通じないのに凄いですね」
「嬢ちゃん。言葉は確かに便利だが、なければ分かり合えないってわけじゃねえ。ココで会話すんだよ」
男は自らの心臓に拳を打ち付ける。かっけえ。
「互いに信頼し合えていて羨ましいです」
「俺にはアンタらもそう見えるけどな」
「え、そんなことは――」
「いや、俺はフィーリアを信頼してるけどな。少なくともフィーリア以外とこれだけ長い間一緒にいるのは無理だっただろう。お前には感謝してる」
俺は男に負けじとそう言った。
協調性というものが欠けているらしい俺とこれだけ長く一緒にいてくれたのはフィーリアだけだ。
そこには感謝しかない。
「な、何言ってるんですかユーリさん!」
「何って……本当の事だが」
「見せつけやがるじゃねえか、てめえら」
「違います! そんなんじゃないですから! そ、そんなことより、どうやって乗ればいいんでしょうか?」
何故かムキになったフィーリアが話題を変えた。
確かに乗り方はしっかり聞いておかないとな。
「おう、俺が風魔法でおまえらを乗せる。じっとしといてくれ」
風が俺とフィーリアの体を包み、宙へ浮く。
「おお……」
そのままミラの上へと移された俺達は、ミラの背中へと静かに下ろされた。
ミラに負担をかけないための配慮だろう。
こういった細かな気配りがミラと男との信頼関係を構築してるんだろうな。
「よし、行くぞミラ。目指すはマリエッタ国の隣のロポポ国の外れ、ドポポだ」
俺達に続いてミラの背に乗った男がそう言うと、ミラはグルッと一鳴きした後歩いて竜舎を出る。
そして空へと飛び立った。




