80話 意識の高い盗賊
洞穴の中に足を踏み入れる。
ピチャリピチャリと水音が響き渡る中、俺たちは先へ先へと進んだ。
すると、開けた空間へと出る。
そこで待ち構えていたのは、眼鏡をかけ髪型を七三にした男だった。
「よくも私の配下の者たちをやってくれましたねえ」
「気づいてたのなら止めにくればよかったじゃねえか。なんで一人でこんな奥に篭ってんだ?」
「私が怖気づいてあなたたちの前に出るのを躊躇っていたとでも? ふふふ……笑止!」
そう言って男は眼鏡をクイッと上げる。
「とらせていただきましたよ、あなたたちのデータ!」
……なんというか、盗賊感がゼロだな。
盗賊というと、「ヒャッハー!」って感じの荒くれ者をイメージするのは俺の想像力が貧困だからか?
少なくとも目の前の男と街中ですれ違っても盗賊とは間違いなく思わないだろう。
男は言葉を続ける。
「可及的速やかに出て行きなさい。そうすればあなたたちのことは見逃してあげます。私は心が広いですからねえ」
「ユーリさん。一応言っておくと、背を向けた瞬間に彼は後ろから不意打ちしてくるつもりですよ」
心を読んだフィーリアが俺にそう情報を伝えてくれる。
元々逃げる気などさらさらないが、これであいつが敵だってことがはっきりしたな。
フィーリアの言葉を聞いた男は眼鏡を上げ、不敵に微笑む。
「……ほぅ? しかし、私の言葉とあなたの言葉、彼はどちらを信じますかねえ?」
「いや、普通にフィーリアの言葉に決まってんだろ」
なんで俺がお前の言葉を信じるんだよ。
「そ、そんな! データ上、こんな見た目の男は知能指数が著しく低いはずなのに! だから最初に言われたことを信じるはずなのに!」
コイツ俺のこと馬鹿にしてないか? 馬鹿にしてるよな?
なんとか冷静さを取り戻したらしい眼鏡男は、俺の身体をジロジロと眺めつつ眼鏡を上げる。
「そもそも君のその身体は何ですか? そんな風に見苦しく身体など鍛えなくとも身体強化魔法で充分ことたりるというのに、非効率極まりない。もしかして、身体をはったギャグなのですか? それならわかりますが、そうでないならあまりにも――」
「その発言は見過ごせません、取り消してください!」
男の言葉を遮るように、フィーリアが声をあげる。
フィーリアが俺を庇ってくれるとは……。
思わず目頭が熱くなるのを感じる。
フィーリアは一歩前に進み出て、胸に手を当てながら必死に声を張り上げた。
「ユーリさんは確かに馬鹿で考えなしでデリカシーがなくてネーミングセンスもなくて、そのくせ身体だけは馬鹿みたいに鍛えてる何がしたいのか全く分からない謎な人ですけど、そこまで言うことはないじゃないですか!」
おい、お前の悪口の方がはるかに心に刺さるんだが。
コイツを信じた俺が馬鹿だった。
「フィーリア、お前が俺のことをどう思ってるかはよーく伝わったよ」
「え? ……あ、違うんですよユーリさん。咄嗟のことだったのでつい本音が……」
それが一番傷つくやつじゃねえか!
「そんなこと言うなら、お前が酔ったらどうなるか街中に言いふらすぞ」
「ユーリさんってカッコいいですよね。特にそのすっごい強そうな筋肉とか、私超タイプです」
「わかればいいんだ」
やっぱりフィーリアは中々見る目があるやつだぜ。
「あなたたち、私を前にしておふざけとはいい度胸ですねえ……!」
「とにかく、ユーリさんにはいいところがたくさんあるんです。馬鹿にしないでください! たまに優しいですし、困った時は頼りになりますし、あと筋肉とか、筋肉とか……あとは…………筋肉とか……。と、とにかくたくさんあるんですっ!」
「ほとんど筋肉しかでてこないではないですか! やっぱり彼は弱いんですよ!」
眼鏡男が俺を指差して喚く。
ふっ、所詮インテリを気取ってもその程度か。
いくら頭が良くても、身体を鍛えなきゃインテリマッスルにはなれねえよ。
何を隠そう、インテリマッスルな俺は今のフィーリアの言葉の真意を的確にくみ取っていたのだ。
「俺にはわかるぞフィーリア。俺の筋肉がどれだけ凄いか繰り返し伝えることで、その印象を高める高等テクニックを使ったんだろ?」
「え? ……は、はい、そうなんですよ!」
フィーリアは一瞬きょとんとした顔をした後、俺の言葉を肯定する。
「さすがフィーリアだ。俺のことを良くわかってくれてる」
「あなたはそれでいいんですか……」
ウンウンと頷く俺に対して、なぜか憐れみの視線を送ってくる眼鏡男。
体を鍛えてないやつの考えはいまいちよくわからん。
「まあいい、とにかくお前を捕まえる。盗賊を野放しにはしておけないからな」
「そうですか。はたしてあなたに出来ますかねえ?」
そう言いながら男は眼鏡をクイッと上げる。
というかコイツさっきからずっと眼鏡クイクイしすぎだろ。
眼鏡を動かしてないと心臓でも止まるのか?
「さて、いきますかねえ」
男の周りに気が高まり、周囲の土が隆起する。
それらは土塊から人型へと姿を変えた。
数体の泥人形が俺たちの方へと寄ってくる。
「おらっ!」
俺は一体をピストル拳で破壊した。
胴体を貫かれた土人形は倒れるかと思いきや、周囲の土から体を復元する。
「ふふふふふ、私の土魔法は完璧なのですよ! 周囲から土を取り込むことにより、自己再生までできてしまうのです! あなたが外で披露した技のいずれでも、この土人形たちを倒すことは不可能! よって私の勝利は確定です! 私のデータ戦法の恐ろしさを味わいなさい!」
「こんくらいじゃ無理なのか。じゃあちょっと強めでいくか」
俺はさきほどより少し力を込めて、今度は摩擦で拳を燃やす。
そして土人形を直接殴りつけた。
土人形は跡形もなく消し飛び、もちろん復元する兆しは見えない。
「なっ!」
「まあ、ユーリさんならそのくらいはしますよね」
驚く眼鏡男と、平坦な声のフィーリア。
しかもフィーリアは何気に土人形の一体を水魔法の檻で閉じ込めてドロドロに溶かしていた。なんだか倒し方が陰湿で怖い。
「馬鹿な……っ。私の計算が……狂った……ですと……?」
眼鏡男は自らの頭を抱え、ふらふらとその場で千鳥足を披露する。
メンタルが弱すぎるな、敵の前でそんな隙を見せたら近寄りたい放題だぜ。
俺は眼鏡男に接近し、一撃を叩き込む。
男の体は吹き飛び、洞穴の岩壁にめり込んだ。
「世界で唯一の計算式を教えてやろう。『筋肉=素晴らしい』だ」
男への最後の言葉として世界の真理を教授してやる俺。
それを聞いたフィーリアは呆れたような表情を浮かべた。
「計算式でもなんでもないですね」
「でもそれが逆に筋肉だろ?」
「逆の意味知ってます?」
知ってるさ。俺はインテリマッスルだからな。
俺は壁にめり込んで気絶している男の体を引っこ抜き、次元袋から取り出した縄できつく縛り付けた。
「でも、ユーリさんにはデータも通用しないんですね」
「いや、データは通用するぞ? 敵の力量を分析するのは大事だ。ただ今回は明らかに相手の情報活用の仕方が間違ってたしな。一戦観察したくらいで相手の手の内を全部知った気になって、勝手に油断してりゃ世話ねえぜ」
「おお、まとも! まともですよユーリさん!」
「俺はいつもまともだ」
そんなこんなで今回の依頼も無事に終えることができたのだった。




