8話 剣山って触ると痛そう
森から帰還した俺たちはその足でギルドへとやってきていた。初心者が多く訪れる森に明らかに場違いな魔物がいたことを報告しなければいけないからだ。
俺とフィーリアはギルドに入り、真っ先にカウンターにいるギルド嬢のもとへと向かう。
「あの森にブロッキーナがですか!?」
「ああ。ほら、ちゃんと素材もあるぞ」
俺は慌てた様子のギルド嬢にブロッキーナの頭からもいだ黄色の素材を見せる。
全部残らず破裂しなくてよかったぜ。証拠がなければ信じてもらえたかは怪しいところだからな。
「たしかにこれはブロッキーナの頭頂果実……。情報提供感謝しますっ」
そう言うと、ギルド嬢は慌ててカウンターの奥の部屋に消えて行ってしまった。
その場に残された俺は首筋を掻く。
まあ迅速に動かないといけないのだろうし、俺たちへの扱いが多少悪くなるのをとがめる気はない。
……とりあえず素材を買い取ってもらうか。
俺はもう一方のカウンターへと移ろうとした。
「なあ兄ちゃん、ちょっといいか?」
その時、不意に後ろから声をかけられる。
そこには金髪を剣山のように逆立たせた厳つい顔の男が立っていた。
顔立ちはワイルドだが、年齢はおそらく二十歳くらいといったところに見える。
「誰だあんた?」
俺は男に短く尋ねる。
俺はその佇まいから男の力量をなんとなく感じ取っていた。
この男……強い。死の森にいた魔物やブロッキーナとは比べ物にならないほど強い。
「俺はババンドンガスってんだ。あんたや嬢ちゃんと同じ冒険者をやってる」
俺の視線をものともせずに男はフランクな口調で自分の名前を名乗り、言葉を続ける。
「その素材、俺に売ってはくれねえかな。金ならきちんと出すからよ」
「……理由は?」
「あー、その……妹のな、誕生日が近いんだわ。ブロッキーナの頭の部位は『頭頂果実』なんて言われちゃいるが、それはそのじつ高品質の魔石でもある。妹は魔石が好きなんだが、中々珍しい魔石が手に入らなくてよ」
ババンドンガスと名乗った男は照れ隠しなのか、尖った頭をガシガシと掻きながら言った。
その仕草に邪な感情は見られない。嘘は言っていなそうだ。
「フィーリアはどうだ?」
「いいですよ。そもそも私のものじゃないですしね」
「ならいいぞ」
フィーリアがいいと言うのなら俺としても問題はない。
俺はババンドンガスに頭頂果実を手渡した。
「本当か? ありがとよ!」
受け取ったババンドンガスは代わりに俺たちに金を渡してくる。
「マジで助かったぜ。妹のやつ、魔石にうるさくてな。俺も死の森やらなんやらで魔物を狩ってはいたんだが、いかんせん良い魔石は取れなかったんだ。あそこの森の奥には人型の超強い魔物が出るって噂だしな」
そう言いながらババンドンガスは俺たちに踵を返し、ほくほく顔でギルドをでて行こうとする。
「あ、でも最後に一ついいか」
「ん? なんだ?」
俺は振り返ったババンドンガスの剣山のように尖った頭を指差した。
「頭が爆発しているようだが、大丈夫なのか?」
「これはこういう髪型なんだよ!」
そういう髪型だったらしい。
用もなくなったので、俺たちもギルドを出て宿へと帰る。
「あの人相当強そうでしたね」
「そうだな。もしかしたら俺より強いかもしれない」
森にいたらああいう強者とは出会えなかったんだろうな。
……なんかうずうずしてきた。
「なんで嬉しそうなんですか。これだから戦闘狂は……」
フィーリアが呆れたように呟く。
「戦闘狂じゃない、筋肉狂いと呼べ」
「それも結構な悪口だと思うんですけど」
「筋肉筋肉ぅー」
「お願いですから人間に理解可能な言葉を話してください」
筋肉語を理解できないとは、まだまだ頑張りが足りないぞ。頑張れフィーリア。