79話 梅干しを想像するとでてくるあれ
雄大な自然というものは見る者の心を安らかにしてくれる。
川のせせらぎ、鳥たちの鳴き声、木々が風に擦れ合う音。
その全てが癒しとなって、心を優しくほだしてくれるのだ。
「いい気もちだ」
「依頼じゃなければもっといいんですけどねー」
フィーリアの言う通り、今日は依頼で山に来ている。
近頃盗賊団らしき人間がこの辺りで複数目撃されていて、近くにアジトがあるのではないかと噂されているのだ。
ギルドである程度の信頼を得た冒険者には、そういった情報がギルドから回ってくるようになっている。
「にしても、この依頼ってCランクですよね。AランクやBランクの依頼もあったのに、なんでこの依頼を受けたんですか?」
フィーリアが不思議そうな顔で聞いてくる。
「盗賊には個人的にいい思い出がないからな。出来る限り確実に潰しておきたい。そのためには自分でやるのが一番だ」
「……あっ。いい思い出がないって、もしかして私に関してのことですか?」
「ああ、まあそうだな」
フィーリアがウェルキス盗賊団とかいう輩に誘拐された事件に関しては、俺自身反省が多かった。
だからこうして盗賊団をこまめに潰すことで、少しでも再発の確率を下げたいのだ。
「そっか、ユーリさんにとって私はいなくちゃならない大切な存在ですもんね~?」
そう言ってフィーリアはニヤつきながら俺との距離を詰めてくる。
触れるか触れないかの距離で、フィーリアの花のような匂いが鼻腔をくすぐる。
にしても、フィーリアが俺にとって大切な存在だと?
「ああ、その通りだ」
「……えっ、そこ肯定するんですか?」
なぜか聞き返してくるフィーリア。
先ほどまでの小悪魔のような笑顔も、力が入ってなんだか不格好になっている。
「当然だろ。事実だからな」
「て、照れますね……えへへ」
フィーリアは視線を俺から地面に写し、太ももを擦り合わせ始めた。
頬を隠す様にかざした手の隙間から、甘噛みしている唇と赤みが差した肌が見える。
「急にモジモジして、どうした? ……トイレか?」
「違いますからっ! なんで素直にカッコいいと思わせてくれないんですか……。もはや芸術的なレベルですよ、その気配りのズレは」
どういうことかよくわからないが……。
「もしかして、こういうことか?」
俺は腕を曲げて筋肉を強調する。
相変わらず美しく、そして美しい。つまるところは美しい。
「何がどうしてそうなったのか全くわかりませんが、もういいです」
しかし、フィーリアの求めているものはどうやらこれではなかったらしい。
正解は何だったのか気になるところであるが、今は依頼に集中するとしよう。
しばらく森の中を彷徨ったところで、俺の耳が俺たち以外の足音をキャッチする。
「……誰かいるな」
「……ああ、はい。たしかにいますね」
フィーリアが俺の言葉に追随した。
森の中だとフィーリアの五感は外より鋭くなる。
俺には敵わないが、冒険者の平均よりは間違いなく上だ。
「……いくぞ」
俺は小声でフィーリアに指示をだし、音のする方へと足を進めた。
進んだ先にあったのは洞穴だった。
人三人分の横幅はありそうな入口を数人の男が忙しそうに出入りしている。
俺は聞き耳を立てて会話を聞いてみることにした。
「今日も収穫ゼロかよ……」
「いっそのこと貴族でも攫って身代金要求すんのはどうよ?」
「馬鹿か、そんなことできるわけねえだろ。身の丈ってもんがある。俺たちは新人冒険者とか町娘をちまちま攫って売っ払うのが性に合ってんだよ」
「つっても最近失敗続きだけどな」
「ボスの前でそれ言うなよ? 殺されるぞ」
「そんぐらいはわかってんよ。ボスは一回怒ると超グチグチうっせえからなぁ……」
「まあ、眼鏡だからな」
「ああ、眼鏡だしな」
会話の内容からいって、やはり盗賊で間違いないようだ。
そして囚われている人間もいなそうだ。
よし、行くか。
俺は茂みから男たちの前に姿を現し、質問を投げかける。
「お前らは盗賊か?」
「……は?」
「お前らは盗賊か?」
「う、うるせえ! 盗賊で悪いかよ! 殺すぞ!」
男の一人が俺に水魔法を放ってきた。
続けざまに数人から魔法が飛んでくる。
俺はそれらを全て体で受け止めた。
「む、無傷……? い、一体何が――」
「そうか、盗賊か。なら遠慮は無用だな」
俺は一番近くにいた男を殴り飛ばし、残りをピストル拳でぶちのめした。
「な、なんだこいつ……! こ、殺される……!」
洞穴に隠れたために運よく残っていた男は、俺に背を向けて逃走を図る。
こういう時の練度の低さがCランクたる由縁なのだろう。
「逃がすわけないだろ。……ふっ!」
俺は背を向けた男の足を目掛け、唾を飛ばした。
水の弾丸と化した俺の唾は狙い通り男の足を貫通する。
「ふっ!」
ついでに追加の一発をもう片方の足に撃ち、完全に機動力を奪ってやった。
「うぎゃあぁぁ! 痛ええ!」
「唾液で両足を貫かれる……。私、悪いことはしないことに決めました」
茂みからでてきたフィーリアは、男の叫びを聞きながら自戒していた。
そうだな、悪いことはしないのが一番だ。
「お、おい、なんなんだよその魔法は!?」
洞穴から異変を聞きつけた盗賊がぞろぞろとでてくる。第二陣か。
「筋肉魔法だ」
水属性の筋肉魔法。
唾を鋭く吐き出し、敵に撃ち込む魔法である。
「……ふざけんな、殺す!」
そう言うと、十人近い盗賊たちは一斉に魔法を放ってきた。
――だが、練度が低いな。
俺はその場に落ちていた石ころを拾い上げ、迫りくる魔法に向かって撃ち込む。
魔法と石ころ。
ぶつかり合った二つ、どちらが強いかなど比べるべくもない。
俺が放った石ころは盗賊たちの魔法を容易く貫通し、男の一人に直撃した。
「なっ!?」
驚愕の顔を浮かべる盗賊たち。
「わかったか? これが筋肉魔法の力だ」
「これを魔法と言い切れるのがユーリさんの凄いところですよね」
もはや完全に観戦モードに入っているフィーリアが何か言ってくる。
内容はよくわからないが、多分褒めているんだろう。照れるぜ。
「に、逃げよう……! こんな化け物に敵うわけない、逃げるぞ!」
「ふんっ!」
俺は逃げようとした男たちに近寄り、全員を殴ってやった。
「うーん、いまいちだな」
その場にいた全員をのした後、俺は不満を漏らす。
いささか手ごたえが無さすぎる。もう少し強くないと張り合いがない。
大体、後から出てきたやつらはなんですぐに出てこないんだ。
最初の男たちと協力して二十人で来ていればもう少し長引いたかもしれないのに。
まあ、そう言うところも含めてのCランク依頼だということか。
「相変わらず私の出番がありませんねー。まあ戦いたいわけでもないのでいいんですけど」
「ついつい気持ちが昂っちまって全員倒しちまうんだ。悪いな」
フィーリアも戦いたかっただろうが、それよりも前につい体が動いてしまうのだ。
長年の人生で染みついたこの感覚は、少し意識したくらいでは拭えそうにない。
「いや、だからいいんですって。出来ることなら戦いたくないんですから」
フィーリアはブンブンと胸の前で手を振るが、俺には分かる。
これは俺を傷つけないためのフィーリアの優しさだということが。
フィーリアのやつ、なんていいやつなんだ……。
戦いたい気持ちを押し殺し、俺に優しい言葉をかけてくれる……ああ、俺のパートナーがコイツでよかった。
「……今度、フィーリア主体でAランク依頼とか受けに行こうな」
俺は日ごろの感謝をこめて、なるべく優しい口調で言った。
「えっ。……いや、あの、戦いたくないんですよ。ちょっと、聞いてます? ユーリさーん?」
「大丈夫だフィーリア、お前の気持ちは痛いほど伝わった。……でもな、もう少し自分に正直になっていいんだぜ?」
肩をぽんぽんと叩いてやる。
「うわぁ、全然伝わっている気がしない……」
顔を歪めて苦い表情になるフィーリア。
何言ってんだ、お前の優しさは十分すぎるくらいに伝わったさ。
「さてと、残ってるのは……あと一人か」
俺は洞穴の中の気配を探り、その人数を突き止める。
今までの有象無象よりは幾分強力な気配だ。
おそらく『ボス』と呼ばれていたやつだろう。少しは楽しめるかもな。
「行くぞフィーリア」
「まあ、ついていきますけどね」
俺とフィーリアは洞穴へと入る。
さあ、最後の一人は俺を楽しませてくれよぉ……!




