78話 楽しいゲームの始まりだ
「……ん?」
朝起きると、外は雨が降っていた。
俺が起きたときはぱらぱらといった様子だった雨は時間が経つごとに強さを増し、フィーリアが起きてくるころにはもうザーザーと嵐に近い天気へと変わっていた。
「生憎の天気ですねー。こういう日は憂鬱で外に出る気が起きません」
窓に手をかけて外を覗き込み、フィーリアが憂鬱そうに嘆く。
「天気が悪い日こそ外で鍛えるべきなんだぞ?」
なぜならいつも最高のコンディションで戦えるとは限らないからだ。
そういう時に備えて日ごろから鍛錬を積んでいるかどうかは、実戦で如実に表れる。
「ユーリさんって本当に戦闘とトレーニングに関してだけは真面目ですよね。あと全部適当なのに」
「フィーリアももう少し真面目に取り組め」
「むっ。最近は結構真面目に取り組んでるつもりですけど?」
そう言ってフィーリアはふくれっ面を俺に向ける。
たしかに最近は以前よりは真面目に取り組むようになってきたかもしれない。
「……言われてみればそうだな。最初と比べればかなり前向きになってきてる」
「ですよね?」
「何か心境の変化でもあったのか?」
「いえ、自分の身は自分で守れるようになりたいと思ってるだけですよ。罪徒みたいな敵に襲われた時に、何もできずにやられてしまうのは御免ですからね。あと、アシュリーちゃんやロリロリちゃんに負けるわけにはいきませんから」
なるほど、あの二人のことも関係してたのか。
「なるほどな。……よし、なら今日は室内でトレーニングだな。俺が協力してやろう!」
俺は胸を力強く叩き、筋肉を解放する。
俺はやる気があるやつは好きだ。
しかし、俺の申し出にフィーリアは首を横に振る。
「勘弁してください。ユーリさんの鍛錬は私の体が持たないです」
「そうか……。じゃあ俺は見てるだけにする」
力になれないのは残念だが、たまには人の鍛錬を観察するのも勉強になるだろう。
フィーリアは部屋の真ん中に腰をおろし、眼を閉じる。
じっとしているだけにも見えるが、フィーリアの中の気はめまぐるしく循環していた。
どうやらこれは魔力を循環させる訓練のようだ。
「……」
俺は黙ってフィーリアの訓練を見守る。
魔力を操るという感覚自体が俺にはないからな。中々興味深い。
当のフィーリアはと言えば、なにやらモゾモゾと落ち着かなそうに体を動かしていた。
「……あの、じーっとみられると集中できないんですが……」
「フィーリアってうなじのとこにほくろあるんだな。お前自分で知ってたか?」
雪のような白いうなじには、ほくろが一つ存在していた。
首筋から肩にかけての絶妙な場所に位置しており、健康的な色気を醸し出している……ような気がする。
「な、何見てるんですか!? 恥ずかしいからやめてくださいっ!」
フィーリアはバッと素早い動きで、うなじを手で隠してしまった。
「? わ、悪かった……」
何がいけなかったのかさっぱりわからないが、怒らせてしまった。
鍛錬の邪魔をするのも悪いので、凝視するのは止めることにしよう。
「はいっ、今日の訓練は終わりです!」
しばらくして、フィーリアがパチンと手を叩きながら勢いよく立ち上がった。
「なんだ、もう終わりなのか?」
「もうって言いますけど、もう五時間もやったんですよ? 私はユーリさんではないので、これ以上は翌日に響きます」
「そういうものか」
「そういうものです。それよりユーリさん、ゲームしましょゲーム!」
「ゲーム?」
「何か知らないですか? 斬新なゲーム。私遊びたい気分です」
そう言って俺の腕を掴み、ゆらゆらと揺らすフィーリア。
オンオフの切り替え、という意味ではコイツはすごいよな。
先ほどまで真面目に訓練に取り組んでいたのと同一人物だとはとても思えない。
「そうだな……ああ、俺が考えたゲームが一つあるぞ」
「ユーリさんが考えたってところに底知れぬ不安を感じますが、聞くだけ聞いてあげましょう」
俺への信用度合いが低いぞ、フィーリア。
まあいい、このゲームを聞けば俺の信用度も上がるはずだ。
俺はフィーリアにニカッと笑いかけ、親指を立てながら口を開く。
「俺が考えたゲーム……その名も『拳の力』だ」
「却下で」
「おいっ!」
まだゲームの名前しか言ってないんだぞ!
どんなゲームかもわからないだろうが!
「名が体を表してます。完全に文明成立以前の時代の娯楽ですよ。絶対殴り合って勝った方が勝ちとかそんな感じじゃないですか」
「もっと複雑なルールがあるんだ。まずは聞いてくれ」
「じゃあ聞きますけど……」
フィーリアは渋々といった様子で口を閉じる。
まったく……インテリマッスルの俺が考えたゲームがそんなに単純なものなわけがないだろう。
「いいか、まずはトランプを用意する」
「なるほど、カードゲームなんですね」
「それなら安心です」とフィーリアが言うが、一体何に不安を覚えていたのだろうか。よくわからない。
「トランプの束をよく混ぜ、二人の間に置き、交互に五枚ずつ引く」
「ふむふむ」
「そして、一番小さい数字のカードを残して全て束に戻す」
「一番小さい数字が複数あった場合はどうするんですか? 例えばスペードの2とハートの2とか」
フィーリアが小さく手を挙げて疑問を呈してきた。
なるほど、いい質問だな。
なんだかんだ言って真面目に聞いてくれているようで何よりだ。
「その場合は好きな方を一枚持っておけばいい。そして次からがこの拳の力の本領だ」
「いよいよゲームが始まるんですね。それで、次はどうするんですか?」
銀髪を耳にかけながら、フィーリアが聞いてくる。
俺は声高らかに宣言した。
「そのカードを各々破り捨て、殴り合いをして勝った方の勝ちだ!」
「!? 頭おかしいんですか!?」
フィーリアが目を丸くして驚く。
「? どこかおかしいところがあったか?」
「どう考えても最後ですよ! 逆におかしいと思わないんですか? それ以前の手順の意味が全くないじゃないですか!」
ハァ……これだからフィーリアは。
ここは一つ、俺が高説を披露してやるしかないようだな。
俺は駄々をこねる子供を諭すように、出来る限り優しく語りかける。
「なあフィーリア。……そんなこと言ったらさ、俺たちがこの世に生まれ落ちたことに理由なんてあるのかな?」
「そんな屁理屈聞いてません!」
「俺にはある。俺は強くなるため、鍛えるためにこの世に生まれた。だからそのためにも拳の力を――」
「やりませんよ、最終的にただの殴り合いじゃないですか!」
「フィーリア、よく聞け。……それが――『拳の力』だ」
「『コブシノチカラダ』じゃないんですよ! そんなゲーム絶対やりませんからね!」
どうやら断固拒否らしい。
「なんだよ、ノリ悪いな」
「ノリとかそういう次元じゃなくて、私の本能が命の危険を感じてるんです。私まだ死にたくないので」
結局説得もむなしく、フィーリアが拳の力をやってくれることはなかった。残念だ。
実際に拳の力をやってみて怪我した場合も私は一切の責任を負いません。自己責任でお願いします!




