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魔法? そんなことより筋肉だ!  作者: どらねこ
5章 死の国編
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76話 フィーリアさんはイチゴがお好き

  ロリロリとアシュリーとの別れから数日後、フィーリアの気持ちが落ち着いたころを見計らって俺たちは依頼を受けていた。

 四足歩行のタマゴ――タマゴゴマと向かい合った俺たちは慎重に相手との距離を詰める。

 あちらはまだ俺達に気付いた様子はない。


「……フィーリア、頼むぞ」

「……はい、任せてください」


  フィーリアが雷魔法でタマゴゴマを頭上から攻撃する。

 雷魔法が脳天にヒットしたタマゴゴマは、クルクルと回転しながら手足を文字通り放り投げた。

 捨てられた手足は地面に落ち、支えを失くしたタマゴゴマは地面をコロコロと転がる。コロコロコロコロ。


「こんな魔物もいるんだな」


  俺は転がったタマゴゴマを拾い上げた。

 このタマゴ型の魔物は雷魔法に非常に弱く、雷魔法を撃つと手足を捨てながら死に至る。

 そしてその状態のタマゴゴマ(胴体)が非常に美味らしい。

 他の方法で倒した場合は手足が胴体のタマゴゴマの中に残存してしまっておいしくないんだとか。

 なんとも奇怪な魔物である。


「そうですね、生き物って不思議です」


  フィーリアがいつもの平坦な口調でそう言う。

 酒を飲んだ日の翌日はベッドで足をバタバタさせて一日を終えてたからな。

 元に戻ってくれて一安心だ。


「さて、次はどうするか」


 今日は丁度いい依頼が無かったせいで、Cランクの依頼を複数受けている。

 質が悪いなら、そのぶん数をこなすのだ。


「後はオトリヘビの尻尾だけですよ。もうひと踏ん張りですね」


 オトリヘビとは脅威に遭った際に尻尾を切り離して逃げる魔物だ。

 蛇と言う名が付いてはいるが、その身体はイグアナほどの大きさがあり、四本の脚も生えている。

 ただし戦闘力はそれほどなく、捕獲の難しさを加味してもCランクレベルらしい。


 にしてもあと一つだけか。ならちゃっちゃとすませるとしよう。


 俺は軽く深呼吸し、森と自分を同化させる。

 そうすることで生き物の息遣いを聞くのだ。


「……お、あっちに何かいるな。行ってみるぞ」


 何らかの気配を感知した俺は、迷わずそちらに近づいた。






 運のいいことに、そこにいたのはオトリヘビであった。

 オトリヘビは尾を前にして、後ろ向きで歩いている。

 尾が頭に見えるように、という知恵だとフィーリアが言っていた。

 そんな歩き方で前が見えるのかと思ったが、ずっと尾を前にして歩いているうちに尾にも一つ目が出来たらしい。生物というのはすごいな。


 なにはともあれ標的を発見した俺は、筋肉を解放しオトリヘビに近づいた。


「オトリヘビ、俺を見ろ。この鍛え上げられた体を見ろ!」


 俺はわざと速度を落としてオトリヘビに近づき、オトリヘビが尾を落とすのを待つ。

 こちらのもくろみ通り、オトリヘビは尾を残し、慌てて走り去っていった。


 俺は残されたオトリヘビの尾を拾う。

 尾は捕食者の気を引くためか、ぴくぴくと小刻みに動いていた。

 尾と言っても形状は完璧に頭であり、眼が一つあることも相まって少し気味が悪い。

 余談だが、オトリヘビの尻尾の目は珍味としても知られ、養殖も盛んなようだ。

 常により効率の良い尻尾の回収方法が考え続けられているらしい。


「……本当に凄いのは人間の欲望かもしれないな」

「欲望? 何の話で……あ、もしかして私に欲情したんですかぁ?」


 フィーリアは自身の胸を隠す様に腕を交差させ、俺を挑発するようにニヤニヤと下から覗きこんでくる。

 ……コイツの頭はどうなってんだ?

 落ち込んでいる時も面倒だが、元気になったらなったで面倒なやつである。


「……」

「な、なんですか……?」


 俺は無言でフィーリアの身体を上から下まで凝視する。

 人並みをわずかに下回るくらいの胸、くびれた腰、長い脚。

 そのプロポーションは確かに芸術的で魅惑的だ。それは認めよう。

 ――だが、肝心の筋肉は必要最低限に近い量しかついてはいない。

 俺がそんな体に欲情するだって……?


「……ハッ」

「ちょっと! その鼻笑いはどういう意味ですか!?」

「ご想像にお任せするよ」

「あ、じゃあ『本当は私のことが好きなんだけど、素直になれないからついつい憎まれ口を叩いちゃう思春期の男の子の行動』として受け取りますね。もう、ユーリさんったら照れ屋さんなんですからぁー」

「お前すげえな」


 どんなポジティブシンキングだよ。

「うりうりー」とからかう様に肘でつついてくるフィーリアに、俺は僅かばかりの尊敬を覚えたのだった。





 依頼を終え、森を出口の方へと突き進む俺とフィーリア。

 そんな俺たちの道の前に、赤い果実が見えてくる。


 ――イチゴ。

 赤い身体に黄色いぶつぶつの種を伴ったその瑞々しい果実は、誰がどう見てもイチゴであった。

 大きさは俺の膝ほどまであり、イチゴにしてはかなり大きいと言えるだろう。

 ……というか大きすぎないか?


「わぁ、イチゴですよユーリさん!」


 だが、フィーリアはそれに疑問を抱かなかったらしい。

 パッと顔色を明るくし、赤い果実に駆け寄った。


 瞬間、果実がフィーリアの接近に呼応するように大きくなる。

 イチゴは自らの果肉を上下にぱっくりと割り、違和を感じて慌てて一歩下がったフィーリアの鼻先を掠める速度でフィーリアに噛みついてきた。


「のわぎゃっ!?」


 謎の声を出すフィーリアに躱されたイチゴは追撃に入ろうとするが、茎より下が土に埋まっているらしく、二撃目も空振りに終わる。

 イチゴはガチガチと果肉でできた口を開け閉めした。それはさながら悔しさで歯噛みしている動作にそっくりであった。


「おい、大丈夫か?」

「は、はい。なんとかギリギリ避けられました……」


 尻餅をついたフィーリアの前では、赤いイチゴが果汁をぼたぼたと垂らして口を開け閉めしている。

 とてつもなくシュールな光景だ。

 緑のヘタの部分が髪の毛に見えてきて、ちょっと人みたいに思えてきた。


「まさかこんなところに人食いイチゴが出るとは……。いえ、そもそもあれだけ大きなイチゴが単独で()っている時点で警戒すべきでしたか」

「なあフィーリア。あのイチゴ……イチゴ?も魔物ってことか?」

「いえ、あれはただの植物です」

「マジかよ」

「はい。人食いイチゴは魔法を使わず魔力も持っていませんから、魔物ではありません」


 ここまで活動的な植物がいるのか。


「グルルルル……!」

「……おいフィーリア、植物って唸り声上げるのか?」

「そりゃあげますよ、植物ですもん」


 さも当然と言った顔で言い放つフィーリアに、俺の中の常識が壊れる音がする。

 植物とは時に涎を垂らしながら唸り声を上げるものだったのか。知らなかった。


 目の前の人食いイチゴは茎に抑えつけられ俺たちに近づけないせいで、だらだらと赤い果汁を口から漏らしながら歯噛みしている。

 ……植物って何だっけ。


「……まあいい。俺の前に現れたからには倒させてもらおう。弱くはなさそうだしな」


 見たとこ気配だけならCランクくらいってところか。

 魔法が使えないらしいからもう少し弱いかもしれないが、まあ問題ない。


 俺は服の袖を捲り、戦闘態勢に入った。

 そんな俺に背後からフィーリアの切羽詰った声がかかる。


「ユーリさん慎重に! 果肉ごと吹き飛ばしたら駄目ですからね! ちゃんと食べる分残してくださいよ!?」

「そういうのは苦手だ。……仕方ない。俺は動きを止めるから、フィーリアがやってくれ」


 多分俺がやったら爆散しちまうからな。


「わかりました」


 フィーリアが地面から立ち上がり、人食いイチゴと向かい合う。

 あとは俺がどうやってイチゴの動きを止めるかだな。

 ピストル(こぶし)だと爆散させてしまう危険があるし……シンプルに威嚇でいいか。


「うおおおおおお!」


 俺は大声で人食いイチゴを威嚇した。

 周囲の空気が震え、木々が擦れ合ってざわめく。


「ひゃいっ!?」


 ついでにフィーリアも奇怪な声を出していた。

 だが人食いイチゴもまた動きを止めている。今がチャンスだ。


「今だフィーリア!」

「さ、先に言ってくださいよ! 私までビックリしたじゃないですか!」


 フィーリアは文句を言いつつも、鮮やかな手並みの風魔法で人食いイチゴの茎を切り落とす。

 支えを失ったイチゴはもう二度と動き出すことはなかった。





「これで当分はイチゴが食べられますね」


 イチゴを次元袋に収納したフィーリアはほくほく顔でそう告げる。

 なんだかいつにも増して嬉しそうだ。

 その原因を考えた俺は、やがて一つの結論に辿り着く。


「そういやお前イチゴが好きなんだもんな。ほら、お前ん家で写真見せてもらった時に『小さいころはイチゴになるって言ってた』って聞いたし」

「そ、それはもう忘れてください。幼いころの可愛い夢じゃないですか……」


 昔のことを言われるのが恥ずかしいのか、フィーリアは顔をわずかに朱に染める。


「いや、だから可愛いなぁって。フィーリアにも可愛いころはあったんだよなぁ……」

「今も可愛いですから! 怒りますよっ?」


 腰に手を当て、不服そうなフィーリア。

 少し言いすぎてしまったかもしれないな。

 ジェントルマッスルとして、しっかりフォローせねばならないだろう。


「悪い悪い、今も可愛いよ」

「……へっへっへっ」

「突然どうした?」

「急に褒められてどうすればいいかわからないので、とりあえず笑ってます」


 なんだそりゃ。意味が分からん。


「イチゴになればいいんじゃないか?」

「……やっぱりバカにしてませんか?」


 フィーリアは頬を膨らませるが、怒っている様子はない。


「してねえよ。よしよし、可愛い可愛い」


 俺はガシガシと乱暴に頭を撫でてやった。


「絶対バカにしてる……!」


 長い銀髪をぼさぼさにしたフィーリアはそう言って俺を睨む。

 今日もいつも通りの一日であった。

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