74話 お祭りとお別れ
日も暮れてきた頃。
アシュリーに連れられ、俺たちは火神像のところに集まる。
しばらくすると村人も集まってきて、火神像の周りはかなり賑やかになってきた。
「おまえらぁ、祭の時間じゃあぁ!」
「うおぉ!」
ノイチの大声で祭りが始まる。どうやら祭りというのはショー形式のようだ。
舞台の真ん中で数人がパフォーマンスをして、屋台で買った食べ物を食べながらそれを眺める、という楽しみ方らしい。
火神像と向かい合うように村人が集まり、その間に発表者が出ていっては芸を披露する。
火神を讃えているのにもかかわらず他の属性の魔法も普通に使われていて、雷魔法を自分に撃ってピカピカ光ったり、土魔法で巨大な泥団子を作ったりと個性豊かな芸が多く、なかなか興味深かった。
一番驚かされたのは、人の肩で人形が喋っているので腹話術かと思ったら人形を操る能力だったという芸だ。
相手の意表をつくと言う意味で、こういう発想は戦闘にも活かせそうだと感心した。
芸が全て終わった時にはもう夜になってしまっていた。
楽しい時間は過ぎるのが速い。
「すげー楽しいな! 思わず心が昂ってしまった!」
「私の村とは全然気合の入り方が違いますね。とっても楽しいです」
「良い祭りだな」
「でしょっ。あっ、祈祷が始まるからここからは静かに聴いてね」
アシュリーが口に人差し指を当てた。
「これより火神様に祈りをささげる。皆、静かに聴くように!」
いつの間に着替えたのか、全身を赤い服で染めたロイチが火神像と向かい合うように村人の前に立つ。
「太古の昔――まだ人類がこの世界に姿を現す以前、この世界には五人の神がいた」
モイチは今までのお茶らけた声とは違う、奥深しい声で語り始める。
「五神は慈悲深き心で我ら人類を創りだし給うた。水神は魚人を、風神はエルフを、土神はドワーフを、雷神は獣人を、そして火神は人間を。五神から生まれた我ら人類は、互いを兄弟と認め、協力し合い、平穏な生活を営んでいた。動物と呼ばれる、今ではほとんど絶滅してしまった生物もいた」
風が吹いたのだろうか、火神像がユラリと揺れる。
「しかしある時、突然現れた暗黒神によって、幸せな暮らしは瓦解する。暗黒神は魔物や魔人、いわゆる魔族と呼ばれる者たちを創りだしたのだ。邪悪な魔の物たちは人類と敵対し、世界は混沌に包まれた。それを良しとしなかった五神は暗黒神に戦いを挑んだ。暗黒神の力はとても強大だったが、偉大なる五神は暗黒神を撃ち滅ぼすことに成功する。しかし、五神たちもまた大きな傷を負い姿を隠してしまわれた。かくして魔の者たちはその力を失い、世界は再び安寧を取り戻したのだ」
モイチはそこで一拍置き、こちらを振り返った。
「皆の者! 我らを創り給うし、世界を守ってくださった神に深い感謝を伝えよう! ――今より、六十秒の祈りを」
六十秒。その間、言葉を発するものは誰もいない。
ただただ静寂が場を支配した。
「これにて五神様への祈りを終える」
モイチは火神像に礼をした後、羽織っていた赤いローブを像に投げ入れる。
それがこの儀式の終了の合図だったのだろう、モイチの発する雰囲気が元に戻った。
「っはぁー、緊張したぜ」
「よかったぜ!」
「初めてにしちゃあ上出来だ!」
村人がモイチを囃し立てるなか、モイチはその足でロリロリのところにやってきた。
一度弛緩した顔はもう一度引き締まった顔に戻っている。
「あんたの神を貶したようで誠に申し訳ない。昔から紡いできた伝統行事だからな、軽い気持ちで文言を変えるわけにもいかないんだ」
そういえば魔人は暗黒神から生まれたんだとか言ってたな。
ロリロリはどう思ったんだろうか。
「いいぞ! いつも父上から聞いてる話と違って新鮮だった!」
ロリロリはあろうことか全く気にしていないようだ。
なんというか、コイツのメンタルはすごいな。俺も参考にしたい。
「ありがてぇ、感謝するぜ」
「ちょっと、まだお祭りは終わってないわよ? 最後のアレが残ってるでしょ」
「おお、そうだな! アレを見なきゃ祭じゃねえ!」
なにやらまだ催し物が残っているようだ。
「アレってなんだ?」
「火神像から目を離さなければ分かるわ」
アシュリーにそう言われた俺は火神像に目を移す。
モイチが投げ入れた赤のローブはもう半分ほどしか残っていなかった。
それも段々と燃えていき、ついにすべてが焼け消える。
その瞬間、火神像から炎が吹き上がった。
上空へ向け放たれた炎は即座に天高くまで伸び、村を昼間のように明るく照らす。
「すごく幻想的です」
「ボォーってなってる! ゴォーって!」
「えへへ、でしょでしょ? 炎が燃え盛ってるのを見るのはやっぱり最高よね!」
アシュリー、言葉だけ聞くと危ない奴だな。
炎が噴き出す代わりに火神像は小さくなってゆき、やがて炎は立ち消えた。
「これで祭りは終わりよ。楽しんでくれた?」
「楽しかったぞ! ロリロリは今までこれを知らずに生きてきたことが残念でならない! 今まで生きてきた六年の人生は何だったのかと問いたい!」
「良いお祭りでしたよ。村の人も皆仲が良くて、良い村ですね」
「楽しませてもらったな」
「そう、なら良かったわ」
アシュリーは俺達の反応を見て安心したように笑った。
「うぉぉっっしゃああ! 皆好き勝手飲み食いしやがれ! 祭りの後は宴会じゃああ!」
モイチが村中に響き渡る大声で叫ぶ。
この日、朝日が昇ってくるまで喧騒が途切れることはなかった。
翌日、ロリロリが出発するというので俺達は見送りに出る。
意外にも、村人の何人かも見送りに来ていた。本当にこの村は気の良い奴が多い。
「最後にあれやってくれ! 服がバーンてなるやつ!」
ふむ……。頼まれたら断れまい。
俺は大胸筋に力を入れ、上着をはちきった。
「これで満足か?」
「くそぉ、ロリロリには真似できん! しゅぎょーが足りない!」
ロリロリは凹凸の少ない自身の体を見ながら悔しそうにつぶやく。
「今はそうだろうな。だが、幸いお前はまだ若い。修行をしろ」
「そんな修行しなくていいですからね、こんな筋肉になっちゃいますよ?」
「それはヤダな……」
嫌なのか……。格好良いと思うんだがな。
ふと横目でアシュリーを見ると、冷めきった目で俺を睨んでいた。
俺がロリロリにウケたから嫉妬してるんだな? 可愛いやつめ。
そんなことを考えていると、ロリロリが俺の方を向く。
「ロリロリ、強くなるんだ! それで次会うときはユーリに勝つ! なんといってもロリロリはRMRだからな!」
「ねえ、RMRってなに?」
アシュリーが口を挟んだ。
「そんなことも知らないのか? 『ロリロリ様まじろりろり』の略だ!」
「……なんだそれは」
「知らん、ロリロリの周りのやつらが言ってた」
コイツの周り碌なやつがいなそうだな。
「ねえ、ロリロリ」
「ん? なんだ?」
アシュリーが少し緊張した声でロリロリを呼ぶ。
「あたしとフィーリア姉からプレゼントがあるの。これよ」
「昨日二人で頑張って作ったんです」
アシュリーが差し出したのは、髪に付けるような赤いリボンだった。
手作りとは思えないほど形も整っている。
フィーリアはともかく、アシュリーは不器用な印象だったのだが、人は見た目によらないものだ。
「ほぇー! 中々の出来栄えだ!」
ロリロリはどこかの評論家のようなことをいいつつ、リボンを頭へと運んだ。そしてニシシと笑う。
「似合うか?」
「ええ、とっても似合ってます」
「やっぱりロリロリには赤が似合うわね」
「いいんじゃないか?」
金髪に赤いリボンは良く映えていた。それに、ゴスロリな服とも調和しているように思える。
……まあファッションに興味がないから良くわからんが。
ちなみに今の俺は半裸に七分丈のズボンだ。
さっきまではTシャツを着ていたが、もう布きれとなった。
ロリロリは二人から目を移し、蒼い瞳で俺を見つめる。
「ユーリはないのか?」
うっ……。俺は思わず言葉に詰まる。
ここで「ない」なんて言ったら、もしかしてコイツ泣くんじゃないか……?
かと言って俺にプレゼントできるものなど何もない。筋肉ならあるのだが……そうか!
「今、筋肉の力を見せてやったろ。あれが俺のプレゼントだ」
「なるほどなー! それはいいものを見せてもらった!」
納得してくれたようで助かった。
プレゼントなど全く考えてもいなかったのはバレずにすんだようだ。
「ロリロリはもう行く。この三日間楽しかった、今世紀最高にだ! アシュリー、フィーリア、ユーリ、あと村の皆も。皆大好きだ! 会えてよかった! じゃーな!」
ロリロリは時折こちらを振り返り、手を振りながら飛んでいった。
本当に嵐のようなやつである。




