72話 若い・和解
ユーリ達一行がアシュリーの家に飛び込んでから数時間後、アシュリーが意識を取り戻した。
パチクリと赤い瞳を瞬かせるその姿は、その幼い容姿と相まって小動物のようだ。
「うぅーん……あれ? あたし……」
「おはようございます、アシュリーちゃん。ちょっとごめんなさい」
フィーリアはアシュリーの体をまさぐる。
フィーリアがあまりにも自然に行動に移したことで、アシュリーは拒むこともできずになすがままにされていた。
「ふぇ? ちょ、ちょっとフィーリア姉!?」
「……うん、問題なさそうですね! 良かったです」
屈託のない笑み。それを見たアシュリーは、フィーリアがただ純粋に自分のことを心配していたことに気が付く。
「え……あ、あー、そういうことね! びっくりしたー」
「え、どういうこ――」
アシュリーの心を読み取ったフィーリアの顔が桜色に染まる。
銀色の髪のエルフが頬を桃色に染めている、その様子はそれだけで一枚の絵画のようだった。
「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったんです!」
淡く染まった顔を隠すように手をブンブンと振るフィーリア。
それを見たアシュリーは心を覗かれたことに気がつく。
「うわー、恥ずかしすぎる!」
アシュリーはベッドにうつ伏せになり、ツインテールを揺らしながら足をバタつかせて恥ずかしさをごまかす。
話を再開するまでには二人の心を落ち着ける時間を必要としたのだった。
部屋の中から大声が聞こえてくる。
「アシュリーが目を覚ました後に一応体が大丈夫かどうか確認したあと、ロリロリの事情を説明するから部屋の外で待機していてくれ」って話だったのに、ごめんとか恥ずかしいとか何をやってんだあいつらは。
「おい、もう入っていいのか」
「え、あっ! ちょ、ちょっと待ってください」
フィーリアの慌てたような声が耳に届く。
それを聞いた俺は憂鬱さを隠せない。
目が覚めていきなりロリロリが部屋にいたら混乱するだろうというフィーリアの心配りの結果、今俺はロリロリと二人きりとなっていた。
子供は俺の顔を見るとすぐ泣くから苦手なんだ。
そのロリロリは俺の手をニギニギ握ってはしゃいでいるし。
……にしても、コイツの手は小せえな。
俺がロリロリの琥珀を焦がしたような色の手を観察していると、ロリロリはギュンッと俺の顔を見上げた。
「ユーリ手でけーな!」
「ああ、そうだろ。修行の成果だ」
俺くらいになると、手の大きさも自由自在に変えられるのだ。
相手が子供だとしても、努力の成果を誉められては悪い気はしない。
俺はなるべく怖がらせないように注意しながら返答する。
「おお、しゅぎょーか! ロリロリもしゅぎょーすれば手がでかくなるのか?」
「努力すればな」
そう返すとロリロリは俺の手を離し、自分の褐色の手を見つめてうつむき始めた。
肩を震わせて、なにやら悲痛そうな声で口から音を紡ぐ。
「嫌だ……。ロリロリ、手ぇでかくなりたくない……」
目には涙が溜まっていた。
あまりにも急な感情の切り替えに俺はさすがに狼狽える。
「お、おいフィーリア。まだ入れないのか!?」
「もう少し待ってくださいー!」
フィーリアに助けを求めるが、まだ話を終えていないらしい。
俺の前には泣き出しそうな一人の幼女。どうすりゃいいんだ……。
――これに、賭けるしかねえか。
「ロリロリ、良く見てろ。……フンッ!」
俺は大胸筋に力をこめ、筋肉で服をはちきった。
飛び散った服は桜の花弁のようにひらひらと舞い落ちる。なんとも幻想的な光景であった。
それから部屋に入れるまでさらに数分の時間を要した。
フィーリアが扉を開け、俺たちを招き入れる。
「あれ、ユーリさんどうしたんですか」
俺は半裸だった。
あの苦し紛れの一発芸がお気に召したらしく、あっという間に涙を引っ込めてくれたのがせめてもの救いだ。
あれを気に入るとは中々見込みがあるやつだが、万が一気に入ってくれなかったら危ないところだった。
戦い以外で冷や汗をかいたのなどいつ振りだろうか。
「服がな、バーンて弾けたんだ! あれはやばすぎる! もはや革命と言ってもいい!」
「色々あったんだよ……」
ロリロリの説明を聞いたフィーリアは良くわからなそうな顔で俺を見てくるが、説明する元気もない。
久々に精神の疲れを感じている。
「そんなことより、アシュリーへの説明は終わったのか?」
「はい。ずっと無言で私の話を聞いてました」
小声でフィーリアとやりとりし、簡潔な情報を受け取った俺は成り行きを眺める。
アシュリーがどうしても「魔人なんて」と思うようだったら、残念だがロリロリに祭りを見せることはできない。
俺は二人のどちらにも思い入れはないが、アシュリーの方が一緒にいた期間は長いし、それにフィーリアが妹のように可愛がってるからな。
俺は腕を組んでアシュリーの行動を見守る。
アシュリーはロリロリに猛然と近づき――――そして頭を下げた。
「ごめんなさい! あたし、なんてことを……。本当にごめんなさいっ!」
「いいよ!」
即答かよ。
驚いて頭を上げたアシュリーに向けて、ロリロリは曇りのない笑顔でピースする。
「過ぎたことを気にしても仕方がないからな! それにあしゅり?は謝ってくれた。それならもういい! ロリロリの気は晴れ渡った!」
なんだコイツ、聖人か?
アシュリーは目を見開いた後、かすかに微笑みながら言う。
「……ありがとう」
「ロリロリちゃん。アシュリじゃなくてアシュリーちゃんです」
「そうか、間違えてしまった! ごめんなアシュリー!」
「そ、そんな。あたしの方こそ……ごめんっ……」
アシュリーは言葉を詰まらせてその場にうずくまる。
うずくまる姿はいつものアシュリーからは想像できないものだった。
「はー、泣いた! ユーリはどうでもいいとして、フィーリア姉に恥ずかしいとこ見られちゃったなぁ。ロリロリちゃんも、急に泣いたりしてごめんね」
やっと復活したアシュリーは照れたように後頭部に手を当てる。
それを聞いたフィーリアは中腰になり、アシュリーと目線を合わせて言った。
「私も寝ぼけてるところ見られてるからおあいこですよ。ね?」
そういえばそんなこともあったな。
それを聞いたロリロリは眉をムッと顰める。
そしてフィーリアの銀髪をグシャグシャと撫でまわした。
「寝坊助さんなのか? ちゃんと起きなきゃだめだぞ?」
「……はい。気をつけます……」
「あはは、フィーリア姉怒られてるー」
「また恥ずかしいとこ見られちゃいました」
唇の間から桃色の舌をペロッとだしてお茶目に笑うフィーリア。
それを見た二人も笑う。
なんだかよくわからんが、仲良くなったようで良かった。
あっという間に仲良くなった三人は楽しそうに談笑している。
俺はそれを横目に高速で回転していた。三半規管を鍛えるトレーニングだ。
鍛えながらも話に耳を傾ける。どうやら祭りに誘う話になったようだ。
「お祭り?っていうのが楽しいものなのか?」
「そうよ! ロリロリも絶対喜ぶわ」
アシュリー、いつの間にか呼び捨てになってるな。
昼には魔法バンバン撃ちあってたのに、最近の子供はコミュニケーション能力が高すぎやしないだろうか。
「初めて見るものばかりだと思うからきっと楽しいはずです。私も自分の村のしか見たことないから楽しみですし」
「俺は祭りは初めてだな」
回りながら話に参加する。
「あれ、みんなお祭り素人なのね。……仕方ないわね、ならあたしがリードしてあげるわ!」
「おう、頼むぞ」
使命感に燃えているアシュリーにそう声をかける。
「アシュリーちゃんなら安心ですね」
「楽しみだぁー!」
ロリロリは待ちきれないと言った様子で両腕を掲げた。
……あれ? そういや村人たちの説得がまだ残ってたよな……。
そう思った俺だったが、盛り上がっている三人にそれを言い出すのは憚られた。
まあ、なんとかなるだろ。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
2017年が皆さんにとって良い一年になりますように!




