71話 アシュリーvsロリロリ
「……もういいわ。私も本気で行くから。『無限の炎』」
アシュリーがその言葉を口にした途端、辺りの温度が上がる。
アシュリーの小さい体躯からは周囲の空気を歪めるほどの熱が放出されていた。
「なんだ!? あったかくなってきたぞ!」
ロリロリが戸惑ったようにクルクルと首を回す。
黒いミニスカートがヒラヒラと揺れた。
「よそ見してる余裕はないわよ」
アシュリーが水魔法を発射する。
その形状はドーム状に薄く広がったもので、おそらく当てることを目的としたものであるということが推測された。
「やあっ!」
しかしロリロリが手をかざすと水魔法は凍りつく。
どうやら冷気みたいなものを飛ばしているようだ。
「まだよ」
凍った場所から炎が起こる。
炎はロリロリ目掛けて飛んでいく。
『無限の炎』……だっけか? あの能力強いよなぁ、無条件二段攻撃みたいなものだ。
「くんなっ! くんなっ! しっしっ!」
ロリロリは手を振り回しながら氷の盾を再度創造し、炎を防いだ。
その間にアシュリーは気を貯めているようだ。熱がこちらまで伝わってくる。
「ロリロリには何も効かない! なぜかわかるか? さいきょーだからだ!」
ロリロリが氷塊を造作もなく出現させ、アシュリーへと飛ばす。
対するアシュリーも右腕から火焔を生み出した。
「喰らいなさい!」
アシュリーが右腕を上げると、火焔は一気に勢いを増し空高くまで燃え盛る。
そしてそのまま振り下ろした。
火焔の刀、その一振りは氷塊を容易く溶かし、ロリロリにまで至る。
「うわぁ! 熱いぃ!」
ロリロリが熱がる。続けてアシュリーの能力による炎がロリロリの体を覆った。
「もう一発!」
アシュリーは攻撃の手を緩めない。
ロリロリを火焔刀で横一文字に切り伏せた。そういう躊躇いを持たないところは好感が持てるな。
中途半端に削るのが一番駄目だ。相手を死にもの狂いにさせちまうからな。
アシュリーの猛攻を見てか、横から安心したようなため息が聞こえてくる。
見ると疲れたような顔もちのフィーリアがいた。
俺が顔を見ていることに気付いて弱々しく笑みを浮かべる。
「ハラハラしました。気が気じゃありませんでしたよ」
「いや、まだ終わってないぞ」
「え? ……あ」
『透心』なんて分析のためにあるような能力を持っているくせに、よほど平常心を失っていたようだ。
自分が戦ってる時は冷静なんだけどな。フィーリアは人が戦ってるのを見るのは苦手らしい。
アシュリーの猛攻が続くが、ロリロリの生命反応は消えない。
何度も斬りつけていた火焔刀が、突如凍った。
「なによこれ!?」
右腕ごと凍っているようで、焦りながらも炎で溶かして右腕を氷から抜き出す。
ロリロリが煙の中から不敵な笑みを浮かべて現れた。
「お前強いな! 楽しくなってきた! よーし、本気出すぞー!」
「え? 今までは本気じゃなかったってこと……?」
狼狽えるアシュリーをよそに、ロリロリの目が冷たく変化する。
それと共にロリロリから冷気が放たれ始めた。気温が急激に下がっていく。
上がったり下がったり忙しいな、気温も大変だ。
「いっけー!」
ロリロリが掌大の氷塊をアシュリーに向け投げつける。アシュリーも炎を盾にした。
ロリロリの手から放たれた氷塊は植物の茎のような形状の氷を周囲に伸ばし始める。
そして盾にぶつかった氷製の茎は盾の炎を相殺した。
無限の炎による炎が発生するが、それも続けて伸びてきた氷の茎とぶつかって消える。
続けて本体の氷塊が丸腰のアシュリーに迫っていた。
「まだよ! ……あたしは負けられない!」
アシュリーは転がりながら氷塊を避けた。
しかし、なまじ強かったばかりに避けることには慣れていないようだ。
無駄に勢いのついたアシュリーの身体は三回転も転がり、その間にロリロリに近づく隙を与えてしまっている。
体勢を立て直し、前を向いたアシュリーの眼前にはロリロリの姿があった。
まあ、ここに飛んできた時のロリロリの速度を見るに、回避し慣れていたとしてもこうなるのは避けられなかったかもしれないがな。
「楽しかったぞ! またやろーな!」
「くっ!」
氷の塊と炎の槍が激突し――――――炎の槍が凍りつき、砕けた。
そのまま氷の塊はアシュリーに襲い掛かる。
アシュリーの意識がなくなったのを見届けたロリロリは、俺とフィーリアの方を向いた。
「次はおまえらか?」
「いや、その前に話がある」
「話? なんだ?」
ロリロリはコテンと首をかしげる。
「お前がここに来た目的はなんだ?」
「燃えるおっさんが面白くて見に来た! 空を飛んでて見つけたんだ!」
「じゃあ、この村の人たちと争う気はないんだな?」
「ロリロリから攻撃する気はない! だけど攻撃されたらやり返すぞ! そういうの『せーとーぼーえい』って言うんだ!」
やっぱりそういうことか。
俺はアシュリーに目を移した。
フィーリアが駆けより治癒魔法で治療をしているが、大した傷ではない。
最初から命を取る気がなかったのだ。
つまりロリロリがここに来たのは純粋な好奇心からで、最初から争う気はなかったってことだ。
俺がロリロリと戦いたいと思わなかったのは、ロリロリから戦闘心が感じられなかったからだ。
相手がやりたいと思っていない勝負をする気はない。
それに加えてまだ子供。命を取りたくはない。
これからもっと強くなる可能性があるのにもったいないからな。
「アシュリーちゃんの治療は終わりました。傷は完治させましたし、数時間経てば意識を取り戻すと思います」
「そうか」
透心でロリロリの心を覗いたのだろう。
意識のないアシュリーを背負ったフィーリアの目からは、魔人に対する恐れは感じられなかった。
俺は目の前のゴスロリな黒い服を着たロリロリを見る。
アシュリーよりもさらに小さいな。
この身体でアシュリーに勝ったのだから、大したものだ。
「じゃあ俺と勝負しよう」
「いいぞ!」
即答か。即決できるのは戦場ではかなりの強みだ。
「ユーリさん!?」
信じられないといった顔でフィーリアが俺を見る。
誤解させてしまったようだ。
「早まるな、命は懸けない」
命は懸けないが、傍目から見てもコイツの強さは相当なものだ。
こんな奴と勝負しないのは耐えがたい。もちろん相手が乗り気なら、ではあるが。
「種目は、そうだな……おい、なにか案はあるか?」
咄嗟に思いつかなかった俺はロリロリに意見を求めた。
俺には決闘しか思いつかないが、理性を保ったまま勝てそうな相手ではないし、そうなると殺さない自信がない。
ロリロリはうーん、と唸ってからパンと手を叩いた。
「じゃあかけっこはどうだ? ロリロリはちょー速いぞ!」
「決まりだな。っとその前に。フィーリア、コイツに回復魔法をかけてやってくれ」
「治してくれるのか! お前、優しいな!」
「普通少しは疑うんですけどね……」
ニコニコ笑って手を差し出すロリロリに、フィーリアは肩透かしを食らったようだ。
確かに警戒心はかなり薄いな。強さゆえのものだろうか。
「ここじゃ直線もないし、上空でやるか」
「いーぞ! ロリロリは空へとはばたく!」
俺は空中を歩き、ロリロリは氷で光り輝く翼を創った。
俺はターン、ターンと空中を蹴りながら徐々に上昇していく。
ロリロリも氷の翼をはためかせ、俺の後を追ってくる。
ある程度まで高度を上げたところで俺達は上昇をやめた。
「あの木のところまででいいか?」
俺は平野にぽつんと生えている木を指差す。
大体ここから四百メートルほどの距離だ。
「いいぞ!」
スタートの合図はどうするか……そうだな。
「じゃあ、お前が先にスタートしろ。俺はそれを見てから走り始める」
「それはハンデとゆーものでは? ……さてはお前、ロリロリを馬鹿にしてるな! ほえづらかけ!」
俺の言葉にアカンベーで答えるロリロリ。
そして一瞬で気が膨れ上がった後、ロリロリは氷の翼を大きく動かした。
風が起き、ロリロリは高速で前方へと飛ぶ。
俺はそれを見てから空気を足場にしてロリロリの後を追った。
「びゅーん!」
しかし、思った以上に迅い。
差を詰めるどころかジリジリと離され、差は縮まるどころか広がっていた。
翼がある分、空中戦はロリロリの十八番のようだ。
「ちっ、やるじゃねえか」
やむを得ず俺は『スーパーユーリさんモード』を使用する。
数秒脳に意識をやったことで、差はさらに大幅に広がってしまった。
残り二百メートル。差は六十メートルほど。
「こっからだ」
俺は空中を蹴って蹴って蹴りまくった。
脚の方から空気が破裂した音が聞こえてくる。
ロリロリはこちらを一瞥もせずにひたすらに飛ぶ。
残り五十メートル、差はもう数メートルだ。
「おらぁ!」
俺は空気をただ蹴ることを止め、ピストルキックで進む。
ロリロリも一層激しく翼を動かし、天を翔けている。そして、二つの人影が木の上を通過した。
「くっそー!」
危なかった、最後の最後で何とか捉えることができた。
ロリロリは悔しさを誤魔化すようにさらに上へと飛んだ。
その姿を見て、気が付いたことが一つ。
さっきまでは集中していたせいで気が付かなかったが、良く考えたらそんなヒラヒラしたミニスカートで空飛んだらスカートの中のかぼちゃパンツが丸見えじゃねえか。
こりゃ早く地上に降りた方がいいな。
「おい、もう降りるぞ。早くしろ」
「へ? あ、わかったぞ!」
俺とロリロリは地上へと戻った。
地上へと降り立ったロリロリは翼を動かすことをやめない。
「他に何かあるか? 終わりならロリロリは帰らせてもらう。しゅぎょーをしなければ!」
「待ってください」
飛び立とうとするロリロリをフィーリアが引き止めた。そして俺の方へと向き直る。
「私、村の人たちにこの子をお祭りに参加させてあげられないか掛け合ってみます」
「見たところ、村人の魔族に対する恐怖心は相当強いように思えたが。掛け合うだけ無駄じゃないか? 下手すると俺達まで追い出されるぞ」
魔族と戦えただけでも俺は満足だが、フィーリアは違うだろう。
アシュリーとの祭りを夜眠れないほど楽しみにしていたはずだ。
それがなぜ今初めて会ったロリロリのためにそこまでするのか、俺には真意が測れない。
「でも……この子さっき『また駄目か』って思ってたんです。きっと人間に恐れられてばかりで一度も受け入れられたことが無いんですよ。……そんなのあまりにもかわいそうじゃないですか」
そう言ったフィーリアの瞳は太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
アシュリーのときといい、どうもフィーリアは子供に甘い気がするな。
……もしかしたら、村のエルフ全員から無視されていた頃の自分と重ね合わせているのかもしれない。
まあ別にそれを責める気もないけどな。悪いことだとも思わないし。
「……交渉するなら、アシュリーが起きてからだな。部外者の俺達が言ったところで無理だろう」
「ユーリさん!」
「こういうのはフィーリアの担当だからな。フィーリアの意見を尊重する。もっとも、傷を負わされたアシュリーがどういう思いを持つかはわからないけどな」
確かに攻撃をしたのはアシュリーからではあるが、フィーリアとアシュリー、それに村人の反応を見るに魔人というのは問答無用で危険な種と認識されているようであるから仕方のない部分もある。
ロリロリ側に立ってみればふざけた話だが。
なんせ、ただいるだけで攻撃されるのだから。
「なんだ? なにがどうなった?」
「お前が今まで参加したことのないような楽しい行事を体験させてやれるかも、って話だ」
「なに? ……」
ロリロリは一瞬頬を歪めた後、難しそうな顔をして、最後にはムッとした顔になった。
「さっきから気になっていた……。ロリロリは『お前』じゃないぞ! 『ロリロリ様』だ!」
「そうか。ロリロリはとりあえずアシュリーの家に隠れさせる。この中に入れ」
そう言って俺は腰の次元袋から持ち運び用のリュックを取り出し、口を開ける。
次元袋には生物は入らないので、生物を捕まえてくる依頼の時に重宝しているものだ。
余談ではあるが、約百キロまでなら入れられる優れものである。
「こらー! 様をつけろ様を! ロリロリは偉くて強いんだぞ!」
ロリロリは金髪の頭を俺にこすり付けてくる。
……いや、角でついているのか。角が小さすぎて分からなかった。
「そういうことは俺より強くなってから言うんだな。いいから入れ」
「なんだこれは!? ……はっ、さてはあれか!? 秘密基地か!?」
「そうだ、早く入れ」
「うおー! 真っ暗だ! あはは、暗い暗いー!」
コイツと喋るのは凄く疲れるというか、精神を持っていかれる。
四六時中コイツが隣にいたらさぞかし大変に違いない。
そんなことを考えていると、アシュリーを背負ったフィーリアが俺の方を向いて言う。
「いつもユーリさんといる私の気持ちが分かったみたいですね」
「おい、どういう意味だ」
「言葉通りの意味ですよ?」
……どういう意味だ?




