70話 ゴスロリの魔人
「近寄ってみてもいいか?」
余りにも精巧な火の像に興味がわいた俺はモイチに尋ねる。
「いいけど、周りに立ってるやつらにはちょっかい出さないでくれ。炎番をしてるからな」
「了解した」
モイチの了承を得た俺とフィーリア、それにアシュリーは燃え盛る炎に近づいた。
近づくと余計に異常さが分かる。
確かに火なのに、生きているようにしか見えん。
魔法を良く知らない俺をも感動させるとは、この像は疑いようもなく人類の魔法学の結晶だな。
「本当に凄いですね。腕の辺りとか特にリアルです」
フィーリアが感嘆の声を上げる。
魔法に詳しいエルフのフィーリアから見ても驚くべき出来であるようだ。
「そうでしょ? あたしも子供の頃、これを見てから赤色が大好きになったんだぁ」
「お前はまだ子供だろ」
「精神年齢はアンタより上よ」
何言ってるんだ。十二、三のお前なんか、俺から見れば赤子に等しいわ。
俺は客観的に判断してくれるであろうフィーリアに判断を求めた。
「そんなことねえだろ、なあフィーリア」
「いや……どちらかというとアシュリーちゃんの方が大人びてると思います」
「さすがフィーリア姉、わかってるー」
嘘だろ? 俺、そんなに子供じみてるか?
目の前でピョンピョン跳ねるアシュリーを見る。
これよりも子供に見られてるのか……。さすがにショックだ……。
「だが、身体能力なら負けん!」
俺は悔しさを紛らわすために上空へと跳んだ。
俺の体はみるみる上空へと上っていく。
村の様子が一望できるだけでなく、村の周囲まで事細かに観察できるほどのところまで上がった。
どうやら少し跳びすぎてしまったようだ。
軽く辺りを見回す。
俺の体が重力に従い始めた丁度その時、地平線に飛来物を発見した。
「なんだ?」
目を凝らすまでもなく、その飛来物はこちらの方向に向かって猛スピードで向かってくる。
形状を見るに、どうやら生物、それも人型なのは間違いないようだ。
「どうするべきか」
咆哮して戦意の有無を確かめようとした俺は数瞬躊躇う。
敵ならいいが、ただの急いでる人だったら驚かせてしまうことは言うまでもない。
そんなことを考えている間に人影は接近してくる。
もういいや、吠えるか。敵じゃなかったら後で謝ろう。
そう思った俺だったが、人影は俺から数十メートルのところまで近づいたところで急激に進路を下へと変更し、アシュリーの村へと突っ込んでいった。
「危なかったな」
俺は内心冷や汗をかく。
今の人影、殺気が全くなかった。
おそらく村人か何かだったのだろう。誤って攻撃するところだった。
「あれ、これもしかしてヤバいか?」
異変に気付いたのは、村人の動きが明らかにおかしかったからだ。
先ほどの人影を避けるかのように一目散に離れていっている。
その人影は火神像の方へと向かっており、像の前ではアシュリーとフィーリアが立ちふさがっていた。
俺は慌てて宙を蹴りつけ地上へと向かう。しかしもどかしいことに、空中ではあまり速度が出ない。
なんとか火神像のところに降り立った時には、人影は像から二十メートルほどのところに迫っていた。
「アシュリー、あいつは村の人間じゃないのか?」
「違うよ、見ればわかるでしょ! あの角……魔人だよ」
確かに額からは小さい角が二本生えている。そしてその肌もいつかのべゼガモスと同じ褐色をしていた。
しかし、その人影の見た目は少女だった。アシュリーよりもさらに一回り小さい。
褐色の肌に深みがかった長い金髪、それに透き通った蒼目を伴って、ゴスロリの恰好をしている。
「すっげーな! 上から見ても凄かったけど、近くで見るともっとスゲー!」
魔人は警戒する俺達も、逃げ惑う村人たちも全く意に介していないかのように火神像に近づく。
「あんた、それ以上近づかないで!」
アシュリーが魔族を制止する。
しかし魔人は頬をプックリと膨らませ、言い返してきた。キンキンと耳に響く声だ。
「なんでだ? お前らだって近づいてるだろ! なんでロリロリだけ駄目なんだ!」
「なんでって魔人だからに決まってるでしょ! これ以上村の誇りに近づいたらタダじゃ済まさないわよ」
アシュリーの言葉を聞いた魔人――ロリロリは俯いてプルプルと拳を震わせる。
そして顔を上げ、村中に響く大声を上げた。
「どいつもこいつもロリロリのこと魔人魔人って……ロリロリにはロリロリ・ルキス・イーサレットってゆー名前があるんだぞ! しつれいだと思え! このしつれいどもめ!」
そう言ってまた一歩踏み込んだロリロリに、炎の弾が撃ち込まれた。
「アンタの名前なんて興味ないわ。魔人は魔人に変わりないでしょ。村の皆を恐怖に陥れて、その上火神像に手を出そうとするなんて、このあたしが許さないわ」
アシュリーは俺とフィーリアの方を振り返る。
おいおい、戦っている最中に敵から目を離すなよ。
「フィーリア姉とユーリは手を出さないで」
「でも、相手は魔人ですよ。いくら小さい子だといっても流石に一人じゃ……」
「駄目だよ。あたしはSランクだもん、自分の村は自分で守る」
フィーリアの諫言を聞き入れようとはしない。
魔人を相手にするのに冷や汗をかきながらも、俺やフィーリアを当てにしないのは自分の力に誇りを持っているからだろうか。
「好きにしろ」
俺はそう言った。
ロリロリとかいうやつと戦うのはいまいち気が乗らない。
「よくもやったなー!」
アシュリーの火魔法をモロに食らったにも関わらず、ロリロリは全く傷を負っていない。
やはり魔人は体が丈夫なようだ。
「アンタの相手はこのあたしよ。来なさい」
アシュリーとロリロリは互いに向かい合った。
どちらも背丈が低いから一般人には一見子供の喧嘩に見えるかもしれないが、二人とも常識外れの実力なのは容易に感じ取れる。彼女たちに勝てる者は大人であってもほんの一握りしかいないだろう。
逃げる村人たちとは対照的に、二人の少女は動かない。
ピリピリとした空気が場を支配していた。
先に動いたのはアシュリーだった。
自らの背後に八本の炎の槍を創りだし、それを投擲する。
「うわっ、スゲーな!」
ロリロリはそれを見て驚いたように口を大きく開ける。
しかしその直後、ロリロリの前面に氷の盾が顕現する。
アシュリーが八本の槍を打ち終えた後も、その盾は健在であった。
「でもロリロリはもっとすごい! ロリロリの能力、『絶対零度』はちょーすごいのだ!」
腰に手を当てて高らかに宣言するロリロリ。
それを見たアシュリーはキレた。
「あんた、あたしを馬鹿にしてるの!?」
「なんのはなしだ! ロリロリはむつかしいことは分からない!」
ロリロリはそう言い切る。
なんかさっきからロリロリの方に親近感がわくな。
「……もういいわ。私も本気で行くから。『無限の炎』」
瞳孔の開いた目でアシュリーがそう告げた。




