68話 ゴリラリラはゴリラに似ている
「この村みたいだな」
休憩を挟んで四時間走ったところで、件の村に到着した。
「ぜぇー……ぜぇー……」
アシュリーが大きく肩を上下させながら膝に手を当てて俯く。
軽く息を切らしたフィーリアが心配したようにアシュリーの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫」
「だからおぶってやるって言ったのに」
「あんたの世話には……ならないわ」
「まあ、その根性は認めるけどな」
強くなるには負けず嫌いの方がいい。
なにくそって気持ちは意外と大事だ。モチベーションにもつながるしな。
「別にあんたに認められたいわけじゃないし。……あと、あたしのせいで遅れたわね。それは悪かったわ」
そう言ってアシュリーは顔を上げた。
確かにアシュリーのお蔭でいつもよりゆっくりの速度ではあったが、それでも普段走って移動していないらしいアシュリーにとってはかなり辛かっただろう。
しかしコイツは泣きごと一つ零さなかった。俺は心中で少しアシュリーを見直した。
「アシュリーちゃん、良く頑張りましたね」
「うん!」
フィーリアがアシュリーに回復魔法をかけた。白い光がアシュリーを包み込む。
「……! すっごい楽になった! ありがとうフィーリア姉」
「どういたしましてー」
フィーリアは屈んで、アシュリーと目線を合わせ微笑む。
俺は少し待ってから二人に指示を出した。
「村に入るぞ」
「わかりました」
「あたしに命令しないで!」
やっぱコイツ可愛くねえ。
村はかなり田舎っぽい印象だ。
かなりの広範囲に畑が広がっている。確かにこれは害獣がでたら村には大打撃だろうな。
近くにいた村人に依頼できたことを説明すると、村長の家に案内された。
「おお、良く来てくださった」
人のよさそうな村長だ、七十代くらいだろうか。
一通り世間話をし終わり、依頼の内容へと移る。
世間話は基本的にフィーリア任せなのだが、今回はアシュリーも世間話に参加していたことで少し疎外感を感じた。
筋肉の話題なら俺も参加できるんだけどなぁ。
「ゴリラリラはどのくらいの頻度で村に来るんですか?」
「毎夜来るんです。十匹で来て、うちの村の農作物を荒らしていくんです……」
毎日は大変だな。
だが、俺が来たからにはその苦悩も今日で終わりだ。
「良く現れる場所はあるのか?」
「はい」
その場所に案内してもらう。
俺達はその畑の端に陣取った。ここで夜まで待つことにしよう。
「ゴッゴッ!」
低い鳴き声が夜の闇に幾重にも重なる。
満月を背に現れたのはゴリラとゴリラを足したような見た目の――要するにゴリラの二倍のでかさのやつだ。
「やっときたか……」
「待ちくたびれたわよ」
「二人とも元気ですね……」
フィーリアは少し眠そうだ。
「六、八……十匹。情報通りだな」
「幻覚を使いこなすなんて、相当手ごわそうですね……」
「幻覚……? どんな幻覚だ」
厳しい顔をしたフィーリアに尋ねる。
幻覚を使われているなんて、まったく気が付かなかった。
俺ですら気づけないほどの幻覚を使えるとなると、気を引き締めていかなきゃならねえな。
フィーリアは深刻な顔で口を開く。
「彼ら、ユーリさんに化けています。すごく精巧で、見分けがつきません……」
「……どんな見た目だ?」
「ゴリラみたいな見た目です」
「それは幻覚じゃねえ、現実だ」
しかもどう見たって俺の筋肉はアイツらよりも数段美しいだろうが。簡単に見分けられるだろ。
「アイツらがユーリだと思ったら我慢できないわ!」
アシュリーがそう言って炎の矢を放つ。ゴリラリラの一匹が貫かれ、動きを止める。
……アシュリー、俺にだって心はあるんだぞ?
「ゴォッ!」
ゴリラリラ達は仲間がやられたのに憤ったのか、土魔法を放ってきた。口から土の弾丸が射出される。
「この程度っ!」
アシュリーが炎の壁を貼る。
轟轟と燃え盛る炎に触れた土の弾丸は一瞬で黒く炭化し、ボロボロと崩れ落ちた。
やるな、流石Sランクだ。
対してフィーリアは風神で土の弾丸を細切れにしていた。
順調に風神の扱いが上手くなってきている。
「ふんっ」
俺は土の弾丸を拳ではじき返した。
打ち返された弾丸によってゴリラリラの一匹が地に伏す。
「あたしもそろそろ本気出すんだから。『無限の炎』!」
アシュリーが雷魔法を撃つ。
かなりの速度で飛んだそれを避けきれず、ゴリラリラは雷魔法を受けた。
だが、それだけでは終わらない。
「ゴ!?」
周囲のゴリラリラが驚きの声を上げる。
雷魔法をくらったゴリラリラの体は発火し、火だるまになっていた。
以前戦った時にも見たが、アシュリーの能力『無限の炎』は各種魔法に炎の追加効果を付与する能力だ。
中々面白い能力である。
「へヘーンだ」
「俺も負けてられねえな」
ドヤ顔のアシュリーから目を離し、ゴリラリラ達の様子を観察する。
あっという間に七匹になったゴリラリラ達は半ばやけくそで突進してきた。
しかしその選択はあながち悪いとも言い切れない。
その巨体でぶつかればフィーリアとアシュリーは耐えられないだろう。当たればの話だが。
「いくぞ」
脳に意識を向ける。
人間の脳は、通常二割から三割しか使われてないという。ならば、それを十割引き出せばどうなるか。
脳のリミッターをはずした俺は、続いて心臓に意識を巡らせる。
本来自分の意志では動かすことのできない、不随意筋である心筋。
脳のリミッターをはずした俺は、それを己の意思で動かす。
心臓がでたらめなスピードで脈打ち、いままでとは桁違いの速度で血を全身に運ぶ。
――生物は概ね鼓動が速いほど、敏捷性が高い。
つまり俺は心臓を自らの意思で動かすことにより、敏捷性を飛躍的に上げることに成功したということだ。
この間、三秒。格上相手に使うには絶望的なほど長い時間だ。
まだまだ修行不足だな。
俺は突進してくるゴリラリラ達を見やる。今の俺にはゴリラリラ達が止まって見えた。
「はっ!」
近づいては殴り、殴っては近づく。
わずか十秒たらずで七匹のゴリラリラは命を落とした。
俺は再び脳のリミッターをかける。
この技はまだ一分ほどしか持続できず、それが終わると体力を大幅に消耗する諸刃の剣だ。
まだまだ未完成の技と言って差し支えない。もっと心肺能力を上げないとな。
「い、今のなに?」
「ん? 今のは……」
ああ、そういえば技の名前を付けていなかったな。
たまには他人から意見を貰ってみるのもいいかもしれない。
まあ、まずはそれより依頼完了の報告だ。
「今のは脳のリミッターを外して強くなる技だ」
「どういうことよそれ……」
なぜかアシュリーが納得できていないような顔を浮かべる。どうもこうも説明しただろ。
「ユーリさんの身体能力については疑問を持たないのが賢い生き方です」
フィーリアがアシュリーを諭す。その点、フィーリアは良くわかってるな。
「ありがとうございます、なんとお礼を言ってよいのやら」
「こっちだってあんたから報酬をもらってんだ。対等の関係だろ。」
ペコペコと頭を下げる村長、悪い気はしないが村の代表ならもう少し威厳を持ってもよさそうな気もする。
まあ俺の持つ素晴らしい筋肉を敬いたくなる気持ちは分からないでもないが。
「では、俺達は失礼する」
「本当にありがとうございました!」
依頼完了を伝えた俺達は、手早く村を出た。
時間は有限だ、無駄にはしたくない。
「さっきの技の名前を考えたいんだが、何か案はあるか?」
帰り道で俺は二人に問いかける。
センスの見せ所だぞ。いい案を出してほしい。
アシュリーが俺の問いに口を開いた。意外と乗り気じゃないか。
「技名? ……『ゼロ・バースト』とかは?」
「おまえ……マジか」
ないわ。センスの欠片もないわ。
聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
「フィーリアはどうだ。何か案はあるか?」
「技名なんて知りませんよ。『スーパーユーリさんモード』とかでいいんじゃないですか? ちょーかっこいいと思います」
「フィーリア、お前…………天才かよ」
「……え?」
「それにする」
聞いた瞬間、体に電撃が走ったぞ。
コイツ、恐ろしいネーミングセンスしてやがる……!
「いや、ちょっとまってください。私は冗談で――」
俺の返答を聞いたフィーリアは突然慌てだした。
……さては思った以上に良い技名が思いついたもんだから、俺の名前の部分を自分の名前に変えて自分の技名にするつもりだな。
だがこれほどカッコいい技名、いくらフィーリアといえども譲れない。
「いや、もう『スーパーユーリさんモード』という名称は俺のものだ。誰にも渡さない!」
「駄目だ、この人本気で言ってます……」
「ユーリってセンスないのね」
「ゼロ・バーストは黙ってろ」
「なんでよ! かっこいいでしょ!?」
コイツ本気で言ってんのか? 憐れみすら覚えるわ。
結局俺の新技は『スーパーユーリさんモード』となった。
あの技にふさわしい、素晴らしい名前である。




