67話 なんかぐわーってなる
三日間、距離にして三千五百キロを走った俺は、僅かにくすぶりを残したまま街へと帰ってくる。
新種の魔物と間違えられたのは少々参ったな。
すれ違いざまに問答無用で魔法を撃ってきたから喧嘩したいのかと思って立ち止まってやったら、「え、にんげ……ん?」と言われたのは流石に驚いた。
どこからどうみても人間だろうに。
そいつに話を聞くと、俺を新種の魔物と誤解したギルドが討伐隊を組もうとしているという驚愕の事実が明らかになった。
だからこれ以上騒ぎを大きくしないうちに帰ってきたという訳だ。
できればあと二千キロほど走りたかったのだが、まあフィーリアも心配だったし良しとする。
宿に入るとフィーリアとアシュリーがいた。
アシュリーは俺を見て露骨に顔を歪める。本当にわかりやすい性格してやがる。
「ユーリさんお帰りなさい」
「ああ。お邪魔だったか?」
男の俺には分からんが、女同士の話とかあるのかもしれないしな。
少しタイミングが悪かったかもしれない。
「邪魔邪魔邪魔ー! せっかくフィーリア姉と二人きりで乙女の花園だったのにぃ」
アシュリーがホットパンツからすらりと伸びる足をバタつかせる。
コイツいつもホットパンツ履いてんな。
「フィーリアは分かるが、お前が乙女? ……暗号か何かか?」
「どういう意味よそれ!?」
「二人とも落ち着いてください。アシュリーちゃんの生まれた村でお祭りがあるらしくて、そこに来ないかって誘われてたんです」
ほう、祭りか。
「いいんじゃないか? 行ってこいよ」
たまにはハメを外したくなる時もあるだろう。楽しんでくればいい。
「ユーリさんも行きませんか?」
フィーリアは俺が思ってもいなかったことを言ってきた。
考えてみれば、祭りなんて一度も参加したことがないかもしれない。
「そうだな……たまにはいいかもな」
もしかしたら祭りの中で強くなるための何かを見つけられるかもしれないからな。
どこからでも貪欲に取り入れなければ強くはなれない。
俺の返答を聞いたアシュリーはガクッと頭を落とす。
「えー、ユーリも来るの? テンション下がるわね」
「ユーリさんとアシュリーちゃんは馬が合いそうだと思うんですけどねー」
「それはないよ」
「それはねえな」
「……」
気まずい沈黙が部屋に流れる。
「真似しないでよ!」
「真似するな!」
俺とアシュリーを見ながらフィーリアがクスクスと笑った。
「それで、いつ出発なんだ」
「地竜車に乗れば、休憩入れても丸一日くらいで着くわ。前日には着きたいから……三日後に出発したいわね。フィーリア姉は大丈夫?」
「うん、大丈夫です」
「なら行く前に依頼でも受けとくか」
「いいですよ。明日の朝早く依頼を見に行きましょう」
予定も決まり、シャワーを浴びようと立ち上がろうとしたところで子供特有の甲高い声が耳に入る。
「あ、あたしも行きたいんだけど……いいかな?」
その声の主はアシュリーだった。
アシュリーはフィーリアにベッタベタだからな。いつか言い出すかもしれないとは思っていた。
「じゃあついてこい」
まあ噂の最年少Sランクの実力を知るのも悪くない。
直接戦いはしたが、対魔物となるとまた別だからな。
アシュリーは目を輝かせて「準備してくる!」と部屋を飛び出していった。
「せわしない奴だ」
「ふふ……そうですね」
次の依頼は俺の新技も試すとしよう。
初の実戦投入だ、胸が高鳴るな。
室内トレーニングにも熱が入り、あっという間に夜は更けていった。
コンコン、とノックの音が静かな朝に響く。
「なんだ、アシュリーか。朝早いな」
「た、楽しみで寝れなかったのよ。遅れるよりはいいでしょ?」
恥ずかしそうにそう告げるアシュリー。
確かに、よく考えれば時間を指定していなかった俺たちが悪いかもしれん。
「そうだな、じゃあフィーリアを起こしてきてくれ」
「え、フィーリア姉はまだ寝てるの?」
「ああ、アイツは朝が弱くてな」
俺の言葉を聞くが早いか、アシュリーは獣のような動きでベッドへと高速で移動した。
「……でへへ、フィーリア姉の寝顔」
普通の顔をしていればかなりの美少女なのに、残念な奴だ。
「お前……変なことはするなよ?」
「しないよ! 見てるだけで幸せだもん。それに恋愛感情とかじゃなく、フィーリア姉を見てるとなんかこう……ぐわーってなるのよ。わかるでしょ?」
「全然わからん」
俺達の声が目覚まし代わりになったのか、フィーリアがモゾモゾと体を起こす。
相変わらず朝のフィーリアはボーっとしてるな。
いつもキチッとしてるから、朝のフィーリアを見ると少し面白い。
「おはよーございます。……あれ? あしゅりーちゃんがいるー」
「……うぅ~。フィーリア姉、可愛すぎるよ!」
アシュリーがフィーリアに抱き着いた。
フィーリアはボーっとしながらアシュリーを受け止める。
「準備が出来たら行くぞ」
「あ、はーい」
俺達はギルドへと向かい、依頼板を確認する。
「おいおい、あいつとうとう『炎姫』アシュリーまで手懐けやがったのか!?」
「なんだ……俺達とあの男の何が違うんだ!」
「あんな筋肉まみれのどこがいいんだ……」
いつにもまして外野がうるさい。
くだらないことを言っている暇があったらもっと筋肉を鍛えろ。
俺なんて今この瞬間も足の指一本で爪先立ちをおこなって、バランス感覚を養うと共にふくらはぎを鍛えているというのに。
塵も積もれば筋肉となる、という諺を知らないのか?
「知らないというか、そんな諺ないですよね」
心を覗いたフィーリアが何か言っているが、聞こえなかったことにした。
「あ、これとかどう? 『水竜討伐』」
「駄目だ」
アシュリーが背伸びしながら依頼板の端に貼られた依頼を指差すが、俺はすぐさま却下する。
「なんでよー。フィーリア姉も行きたいよね?」
「俺とフィーリアはAランクだ。そもそもランク制限で依頼の場所に入れない」
『水龍討伐』の依頼そのものはAランクの依頼なのだが、場所がSランクしか立ち入れない場所だった。
俺は心の中の気持ちを必死に抑え込む。
水竜……戦いてぇ……。
竜とか絶対強いだろ。強いに決まってる。なんで俺はまだAランクなんだ。
「あー、そっか。フィーリア姉はいい意味で、ユーリは悪い意味で雰囲気が常人離れしてるから忘れてたけど、まだSランクじゃないんだった。ギルドも見る目がないよね」
「その通りだな」
珍しく気が合うじゃないか。悪い意味というのが良く分からんが。
「……ここ、ギルドの中ですよ?」
フィーリアが頭に手を当てて呆れたように呟いた。
知ってるけどな。ここがどこだろうと俺は俺の言いたいことを言う。
「あ、これなんてどうですか?」
フィーリアが依頼板から紙を剥がして俺とアシュリーに見せる。
ふむ……『害獣ゴリラリラの駆除』か。
「いいんじゃないか? ゴリラリラってたしかBランクの上の方の魔物だろ」
新技の腕慣らしには丁度いい。
「まあ、あたしにかかればイチコロね」
アシュリーがニカッと笑った。健康的な白い歯がチラリと顔を出す。
「じゃあ、この依頼にしましょう」
俺達は受付に依頼を提出し、依頼の場所へと向かうことにする。
「……え、走っていくの? 嘘よね?」
「? 走るに決まってるだろ」
コイツは何を言っているんだ?
「一瞬ユーリさんの言っていることが当然だと思ってしまったのが自分でも怖いです……。私、ユーリさん色に染まってきてる」
フィーリアは震えながら自分の身を抱きしめた。
「いかがわしい言い方をするな」
誤解を招くだろうが!




