64話 馬鹿は風邪ひかないって言うよね
「ゆーりざん、おばようございまずぅ……」
戦いから一夜明けた朝。
ベッドから起き上がったフィーリアが発した第一声は、しゃがれきったものだった。
「ゾンビかお前は……。……フィーリア、なんかお前顔赤くないか?」
「う゛ぅ゛……?」
喉から謎の声を発するフィーリアの頬には赤みがさしている。
普段から朝はほんわかした印象のフィーリアだが、今日はいつにも増してトロンとした目をしていた。
「びぇっくし! ……うぅ、風邪ひいたみたいです……」
鼻水をかみながら「頭が痛いです……」と言うフィーリア。
どうやら完全に風邪をひいてしまったようだ。
「ちょっと訓練で根を詰め過ぎたかもしれません……」
ベッドに横になったフィーリアは頭に濡れたタオルを乗せながらそう嘆く。
「そんなことで風邪ってひくものなのか? 俺は常に限界まで訓練をしているが、風邪なんかひいたことないぞ」
たしかにフィーリアはいつにも増して真剣に訓練していたようだが、そんなことで風邪を引くのなら俺はとっくに風邪になっているはずなのだが。
ピンと来ていない俺を、フィーリアはぼーっとした目で見つめてぼそりと呟く。
「ああ、馬鹿は風邪ひかないって言いますもんね」
「俺はインテリマッスルなんだが?」
「じゃあインテリマッスルな馬鹿です」
インテリなのに馬鹿だと? 一体どういうことなんだ……?
「やばい、考えてたら俺まで頭が痛くなってきた」
「きっと知恵熱ですよ」
「知恵熱って子供がなるやつじゃねえか」
俺は子供じゃねえぞ。
「じゃああれですかね、頭爆弾」
「頭爆弾? 何だそれは?」
「頭が突如爆発して死ぬ病気です」
「怖いこと言うなよ!」
なんだその恐ろしい病気は。戦い以外で死ぬのなんて絶対嫌だ!
「……すみません、ちょっと疲れました。今日はお休みします」
フィーリアはそう言って熱い息を吐き出す。
布団が胸の動きに合わせて上下した。
「おう、ちゃんと睡眠とってゆっくり休んどけ」
「……ああ、私って駄目ですね」
掠れた声でぽつりと嘆くフィーリア。
「何がだ?」
病気で弱気になっているのだろうか。
体が弱っている時は精神も弱ってしまうと言うし、ここは俺が励ました方がいいべきところかもしれない。
そう考えた俺に、フィーリアは悔しそうな顔で言う。
「ユーリさんを華麗にからかってやろうと思っているのに、中々言葉が出てきません」
「それはでてこなくていいからな。むしろでてこないほうがいいから」
「残念です……。本当に残念……。自分の力不足が恨めしい……」
残念がり方が尋常じゃないんだが。
どんだけ俺をからかうことに心血を注いでんだよ。
「すぅー……すぅー……」
しばらく時間が経つと、フィーリアは眠りについてしまった。
やはり疲れもたまっていたのだろう。
俺はフィーリアの額に乗せたタオルを取り換えてやることにする。
額からタオルを持ち上げ、氷水の中に入れる。
十分に冷えたところでタオルを持ち上げ、適度に絞り上げる。
「おいしょっと……ありゃ?」
適度に絞ったつもりだったのだが、タオルはボロ布と化していた。
力を入れ過ぎてしまったようだ。
仕方なく新しいタオルを取り出し、再び同じ工程を踏む。
慎重にやった甲斐もあり、今度は無事水気を絞ることに成功した。
「フィーリア、ちょっと冷たいかもしれん」
俺はフィーリアの額にタオルを乗せる。
フィーリアは「んっ……」と一瞬だけ反応したが、起きることもなく再び寝息をたてはじめた。
少しはだけたパジャマから覗く柔肌を見ないようにしながら、俺は服を直してやる。
「……でかけるか」
俺はフィーリアが寝ていることを再度確認し、部屋の外へ出た。
ジープップの大通りを歩く俺。
すると、向こうから赤髪のツインテールを揺らしながら走って来る少女の姿が目に映る。アシュリーだ。
アシュリーは俺を目に留めると、一目散にこちらへと走ってきた。
「ユーリ、フィーリア姉が病気なんだって!?」
息を切らせたアシュリーは鬼気迫る形相で俺に問いかけてくる。
「おう。……というか、何で知ってんだ?」
「あたしの中のフィーリア姉センサーが異常を察知したの!」
コイツはまた訳の分からないことを……。
「こうしちゃいられない、あたしが見守っててあげなきゃ!」
アシュリーはそう言うや否や、宿に向かって走り出す。
俺は小さくなっていく背中に声を投げかけた。
「あ、おい、今寝てるから邪魔するなよー! フィーリアに気を使わせないようになー!」
アシュリーにも鍵は渡してあるから部屋に入ることはできるだろうが、迷惑をかけないようにしてほしい。
もっとも、俺がフィーリアに迷惑をかけていないかと聞かれれば自信はないが……。
「わかったわー!」
なんにせよ、アシュリーは返事を残して消えて行った。
まあフィーリアを慕っているのは明白だし、迷惑を駆けたりはしないだろう。
それにSランクのあいつがいれば部屋の守りにも役立つしな。
風のように去っていたアシュリーについてそう考えた俺は、再度大通りを歩き始めた。
用を終えた俺は宿へと帰って来る。
玄関を開けると、見覚えのない赤い靴が踵を揃えて置かれていた。
アシュリーはまだ部屋にいるようだ。
フィーリアがまだ寝ていた場合に起こしてしまわない様、俺は無言で部屋の中へと入る。
「あ、お帰りなさい」
声をかけてきたのはベッドに寝転んだフィーリアだった。
もう起きていたらしい。その声の具合を聞くに、朝よりは良くなっているように思える。
そしてそのベッドの縁に腕をかけ、もたれかかるようにしてアシュリーが眠っていた。
「コイツ、邪魔しなかったか?」
俺はフィーリアに問いかける。
フィーリアは自分のベッドの横でくーくーと眠るアシュリーを慈愛の笑みを浮かべて眺めた。
「アシュリーちゃんは礼儀正しい子ですから、何も邪魔なんてされませんでしたよ。手も握ってくれていたみたいで、おかげでぐっすり眠れました」
「それはよかったな。だが……礼儀正しい……?」
「補足するなら、ユーリさん以外には礼儀正しい子です」
「なんで俺だけピンポイントで除外されてんだ……」
一体この少女は俺の何が気に入らないというのだか。俺は素晴らしい筋肉をしているというのに。
知恵熱の意味を調べたところ正確には誤用っぽいですが、そこらへんはアトモスフィア重視でお願いします!




