63話 姉妹
「怪我はないか?」
俺はフィーリアに手を差し出しながら体を気遣う。
大怪我はさせないように注意したが、かすり傷やなんやらをさせないように手加減するほどの余裕はなかったからな。
「大丈夫です。大きな怪我はありません」
フィーリアは俺の手を取って立ち上がる。
立ち上がったフィーリアはパンパンと服に付いた草と土を払った。
「ユーリさんこそ大丈夫ですか? 最後の方、魔法全部直撃してましたけど……」
「ああ、ちょっと切れたかな?」
俺は服を捲る。
そこには火魔法の軽い火傷と風魔法でできた薄い切れ目があった。
「なんでそのくらいですんでるんですか……?」
「鍛えたからな」
「……ああ、そうでしたね。これがユーリさんでした」
フィーリアは何かを諦めたような目をしながら俺に回復魔法をかけてくれた。
白い光が俺を包み、傷が全て完治する。
「おっ、ありがとな。あと、楽しかったぜ! またやろうな!」
「もうやりたくないですけどね……。魔法をいくら撃ち込んでもこっちに向かってくる姿は恐怖でしかありません……」
どうやらフィーリアに再戦する気はないらしい。
あんなに楽しかったのに、おかしなこともあるものだ。
「フィーリアさん、大丈夫!?」
離れていたアシュリーがツインテールを揺らしながらフィーリアの元に走りこんでくる。
「はい。……でも、負けちゃいました。ごめんなさい」
「ううん、フィーリアさんが謝る必要なんてないわ。謝らなきゃいけないのは、あたしの方だから」
力なく笑うフィーリアを見て、アシュリーはギュッと自らの服の袖を掴んだ。
「……ごめんなさい。あたしが意地はってた。負けを認めた上で、これからまた頑張るわ。フィーリアさんのおかげで気づけた。ありがとう……ございます」
それを聞いたフィーリアは嬉しそうに口角を上げた。
「私もその考えに賛成です。アシュリーさんは才能が有りますから、きっとすぐにユーリさんを超えられますよ」
フィーリアとアシュリーは笑いあう。
「望むところだな。超えられるものなら超えてみろ。言っておくが、筋肉の壁は厚く強固だぞ? 筋繊維の一本一本にいたるまで鍛えあげているからな」
俺が口を挟むと、アシュリーは半目で俺を見た後フィーリアに問いかけた。
「……ねえフィーリアさん、あいつが何言ってるのか理解できないんだけど……」
「放っておきましょう。安心してください、理解できないのが正常ですから」
放るな、グレるぞ。
「にしても、お前ら姉妹みたいだな。いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
俺は二人に問いかける。
「特訓してるときにですよ。ねえアシュリーさん?」
フィーリアはアシュリーに笑いかける。
しかしアシュリーの表情は優れない。
なぜだか緊張しているような、硬い表情をしていた。
「姉妹……。ね、ねえフィーリアさん」
「どうかしましたか?」
「ふぃ、フィーリア姉って……呼んでもいい?」
アシュリーは袖をギュッと掴みながら俯いて言い、目をつぶる。
いつも勝気な印象の声は消え入るように小さい。
「……」
フィーリアはそれに返事を返さない。
……いや、というよりコイツ――。
数瞬の間、時間が止まったかのように静寂が訪れる。
目をつぶって返事を待っていたアシュリーだったが、その空気に耐えきれなかったのだろう。
泣きそうな顔でバッと顔を上げた。
「や、やっぱりあたしがそんな呼び方するのはおこがましいよね! ごめんなさい、今のは忘れて――」
「いや、アシュリー。コイツ気絶してるぞ」
俺はフィーリアを指差す。
フィーリアは立ったまま白目をむいて意識を飛ばしていた。
立ったまま気絶するとは、変なところで器用なやつである。
「……はっ! 余りの可愛さに意識が飛んでました」
「それは一体どういうことだ」
因果関係がさっぱりわからないんだが。奇病か何かか?
フィーリアは興奮したようにアシュリーに腕を伸ばす。
そしてアシュリーの手を取って、ぶんぶんと縦に振った。
「アシュリーさん……いえ、アシュリーちゃん! ぜひ、ぜひぜひフィーリア姉と呼んでください!」
「い、いいの……? じゃあ……今日はありがとう。これからも仲良くしてね、フィーリア姉!」
「こちらこそです、アシュリーちゃん!」
めでたしめでたし、なのだろうか。
まあ、フィーリアが楽しそうだからいいか。
「おいアシュリー。俺もユーリ兄って呼んでもいいんだぞ?」
俺は嬉しそうな顔のアシュリーに声をかける。
するとアシュリーは笑顔を消しながら俺の方を向き、感情のない声で言った。
「あんたはユーリで充分よ。もしくは敵」
敵!? 酷すぎるだろ!
「敵はさすがに勘弁してあげてください……」
「じゃあユーリにするわ。フィーリア姉に感謝するのね!」
アシュリーは腕を組んで言う。
やっぱコイツ可愛くねえ……。
「ユーリさん、私に感謝してください! ほら、早く早く!」
コイツも可愛くねえ……。




