62話 意思が灯った銀の瞳
三日後。
俺とフィーリア、それにアシュリーは荒原にいた。
一週間前、俺とアシュリーが戦ったのと同じ荒原である。
枯れかけて黄色がかった細い草木がまばらに生える地面を踏みしめ、俺はフィーリアと向かい合う。
「まさかフィーリアと戦う日が来るとは思わなかったぜ」
魔法を撃ってもらったことはあるが、あれはあくまで訓練。
しかし今日は訓練ではなく戦闘である。
無論命のやりとりまではいかないが――戦いである以上、手を抜くつもりも毛頭ない。
「頑張って、フィーリアさん」
「はい、アシュリーさんの分も頑張りますね」
特訓している間に仲良くなったのだろうか。
アシュリーはフィーリアに声援を送り、フィーリアはそれに満面の笑みで答える。
……どうでもいいが、なんだか俺が悪役みたいだな。
「見てなさいよユーリ。あんたなんかフィーリアさんがけちょんけちょんにしてやるんだから!」
「けちょんけちょんのずぼんずぼんにしてやりますよ!」
「……ずぼんずぼんって何だ」
気になるじゃねえか。
そんな俺を見たアシュリーはにんまりと笑顔に変わる。
その赤いツインテールは日が落ちかけた夕暮れに良く映えていた。
「引っかかったわねユーリ。今の会話の『ずぼんずぼん』っていうオノマトペはあたしがこの一週間必死で考えた、ユーリを戦闘に集中できなくさせるための作戦なのよ!」
そう言いながらアシュリーは勢いよく俺を指差す。
「アシュリーさん、それはバラシたら意味なくなっちゃいます……」
「……。……い、今のは忘れなさい! いいわね!?」
「締まらねえ……」
俺の集中を乱すのが作戦なのだとしたら、今の会話も含めれば一定の効果はあったぞ。
――まあ、一旦戦いに入れば邪念なんてものは全く感じなくなるけどな。
「ふう」
俺は息を一つ吐く。
肺の空気を残らず吐き出し、新鮮な空気を迎え入れる。
そしてそれと共に、俺は戦闘へと頭を切り替えた。
戦闘モードに入った俺の脳はクリアに冴えわたり、勝利だけを求めて思考が形成されていく。
筋肉を解放し、一回り大きくなった体を携えた俺は数メートル先のフィーリアを見つめた。
「……準備は良いか? 俺は出来てる」
「いいですよ、いつでもどうぞ」
対するフィーリアも銀の眼で俺を見つめ返してくる。
その目には俺への恐怖や慄きといったものは一切感じられず、ただ力強い意志だけが銀色に光っていた。
俺はそれを見て笑ってしまう。
……いい、非常にいい。
これで笑わないでいろってのは無理だ。
俺たちは向かい合う。
天から見下ろしていた橙の天体が薄い雲にかかった刹那、フィーリアが動いた。
「手加減、しませんから!」
その身体を風で出来た巨人が包んでいく。
風神――フィーリアが持っている中で最高の手札をいきなり切ってきやがった。
風の巨人はその大きさに見合わぬ素早い動きで俺へと拳を放ってくる。
「そうだ、来いやあっ!」
俺は迫りくる風の拳にカウンターでピストル拳を撃ち込んだ。
ピストル拳を受けて一瞬巨人の姿がぶれるが、打ち消すまでには至らない。
拳はどんどんと俺に迫りくる。
それでこそだ、それでこそ戦いがいがあるというもの。
「おらあっ!」
俺は再び巨人に拳を撃ち込む。
今度は直接。
実体化した風と鍛えぬいた俺の拳がぶつかり合い、巨人の片腕が霧散した。
「なっ……!」
フィーリアが驚いた声をだすが、驚いているのはこちらの方だ。
まさか直接殴っても全体を消しきれないほど頑丈だとは。
その上、巨人の片腕が消滅した時に生じた風が俺の体勢を崩している。
そこを見逃してくれるはずもなく、フィーリアは火魔法を放ってくる。
「ふんっ!」
俺はそれを体で真正面から受けきった。
服は燃えてしまったが、身体にダメージはない。
「そんなもんか?」
「相変わらず人間離れしてますね……。……ちょっとくらい手加減してくれてもいいじゃないですかぁー」
そうブー垂れるフィーリアを見据えながら、俺は一歩横へと移動する。
次の瞬間、寸前まで俺がいたところに雷が落ちてきた。
フィーリアの雷魔法だ。
「油断させて隙をつくのは大いにアリだが、俺が油断するとは思わないことだな」
俺と会話をしつつ魔法の用意をするとは随分と器用なことだが、それしきでやられる俺ではない。
渾身の一撃だったのだろう。フィーリアは頬を痙攣させながらヒクヒクと苦笑いを浮かべた。
「……なんでわかったんですか? 私が魔法を準備してるって」
「勘だ」
「ズルすぎる……!」
フィーリアは吐き捨てるように言う。
「それよりいいのか? 今のお前は隙だらけに見えるが」
俺はそう言ってフィーリアに接近を図った。
巨人はすでに腕を再形成しているが、一旦近づいてしまえば逆に強力な攻撃は飛んできにくいはずだ。
下手に殴ろうものならフィーリア自身も巻き添えを喰らうことになるからな。
「ちょっ、来ないでください!」
フィーリアは火魔法と風魔法を撃ち込んでくるが、俺はダメージを無視してフィーリアの方に突っ込む。
「そんなもんで俺が止まるかよっ!」
一直線に近づいた俺は、纏っている風の巨人ごとフィーリアをぶん殴った。
俺の拳は一瞬風の巨人の胴体に押し留められるが、すぐにその障壁を打ち破りフィーリアの体へと到達する。
「くうっ……!」
そして吹き飛んだフィーリアに追随し、倒れこんだフィーリアに跨って拳を構えた。
「まだやるか?」
「まだ、です……! 負けません……!」
フィーリアはまだ諦めていないようだ。
それを聞いた俺は少し驚く。
今までのフィーリアなら、ここは絶対に負けを認めていた場面だったはずだ。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
あるいは、アシュリーとの特訓がフィーリアに良い影響を及ぼしたのかもしれない。
しかしこの状態から続けるのであれば、俺はフィーリアを痛めつけなければならない。
いくら俺でもそれは勘弁してほしいと言うのが本音だった。
フィーリアが諦めの悪さを手に入れたことは嬉しいが、今この瞬間に限っては素直に喜べない。
「諦めないのはいいが、冷静に状況を見ろ。言っておくが、戦いである以上俺は顔でも遠慮なく狙うぞ? 跨られた状態でお前にそれを防げるのか?」
仕方なく、脅しという手段をとることにする。
実際諦めの悪い相手に負けを認めさせるには少々手荒にならざるを得ないのだ。
俺の目を見て本気であることを読み取ったのか、フィーリアはゆっくりと目を閉じた。
「……降参、です」
力なく首を横に振るフィーリアを見て、俺は拳を下ろしたのだった。
主人公 (ラスボス)




