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魔法? そんなことより筋肉だ!  作者: どらねこ
4章 炎姫と魔人編
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60話 二人きり

「ぐっ……うぅ……! 負けたっ……!」


 ジープップから離れるように荒原を走る一人の少女。

 赤髪のツインテールを揺らして走る少女の体にはいくつもの傷が出来ており、足を着くたびにその衝撃が少女を苦しめる。

 しかし少女はそれをものともせずに走り続けていた。


 目的などない。行くあてなどない。ただ走る。

 何かしていないと自分の弱さに押しつぶされそうになってしまうから。


 少女は名をアシュリー・アリシエッタという。

 弱冠十三歳と言う若さで最年少Sランクとなった天才魔法使いである。

 そう聞くと才能に恵まれただけだと勘違いする人間もいるかもしれない。

 だが、それは違う。

 才能を活かすにはそれに見合う努力が必要なのだ。

 彼女は絶えず努力してきた。

 そしてそれにはいつも結果がついてきた。それだけのことだ。


 しかし今回は違う。

 大きな壁だった。

 敵わないと思ってしまうほど分厚く強固な壁だった。


「負けた……っ! あたし……っ!」


 アシュリーは息を切らしながら歯を食いしばる。

 言い逃れできないほどの負け――完敗だった。





 走り続けるアシュリーの前に森が見えてくる。


 鬱蒼と茂る木は魔の手のように冒険者の侵入を拒んでいる。

 木々の深い黒緑は、見る者に不吉な予感を持たせるに足る不気味さを備えていた。


 魔の森――冒険者の間でそう呼ばれている、Aランク以上でないと立ち入りを禁止されている危険区域だ。


「はあっ、はあっ……! 決めた、あそこの魔物、あたしが全滅させてやる!」


 アシュリーはそう決めた。

 自分の体が満身創痍なことも、先ほどの決闘で魔力が尽きかけていることも、全て頭から飛んでいた。

 このままではいられない。負けたままではいられない。

 自分は天才なのだから。天才でなくてはならないのだから。

 強迫観念めいたその思いはアシュリーの視野を一層狭くし、もはや正常な判断が出来なくなっていた。


「こんにちは。さっきぶりですね」


 そんなアシュリーの耳に、鈴の音を鳴らすような心地いい声が響いた。


 振り返ると、そこには先ほどまで戦っていたユーリという男のパートナ――たしかフィーリアといったはずだ――が立っていた。

 息すら乱れていないところを見ると、風魔法でも使って追いかけてきたのだろう。

 アシュリーは目の前の美しい銀髪エルフを睨みつける。


「……何よ。笑いに来たの?」


 思っていたよりも冷たい声が出たことに自分でも驚く。

 しかしそれはたしかにアシュリーが思っていることだった。


「自分から突っかかって無様に負けたんだもの。そりゃあ滑稽よね。言い訳のしようもないわ」


 アシュリーはあえて軽い調子でフィーリアに言う。

 自分が情けなくて涙が出そうなところを、アシュリーは目に力を入れて我慢した。

 しかし、フィーリアはじっと立ったまま笑いだす気配も見えない。


「……どうしたの、笑いなさいよ」


 アシュリーはフィーリアを見つめる。

 フィーリアの銀の瞳は日が落ちきった夜でさえ神秘的に輝いている。

 その輝きが一度消え、再度灯った。

 瞬きしたのだと遅れて気づく。


「いえ、純粋に『凄いなー』と思いました。ユーリさんに挑むなんて、私には到底できない事ですから」


 どうやら目の前のエルフは自分を嗤いに来たわけでも嘲りに来たわけでもないことをアシュリーは理解した。

 ――だが、敵のお仲間に同情されるのはそれ以上に屈辱的だった。


「馬鹿にしてるの……? 負けちゃ意味ないのよ! 勝たなきゃ、勝たなきゃ何も……っ!」


 声が震える。

 怒りなのか、情けなさなのか。

 アシュリーには自分でもその理由がわからなかった。


「例え勝たなければ意味がないとしても、今からあなたがしようとしていることは無視できません。そんな傷ついた状態で魔の森に向かうのは危険すぎます。……それこそ、死んだら何も残らないんですよ?」


 正論。

 それは疑いようもない正論であった。

 フィーリアが単なる同情ではなく本当に自分の身を案じてくれているのがわかる。

 しかし、だからと言ってこんなところで止まることもできなかった。


「な……なんであんたに……なんであんたにそんなこと言われなきゃならないのよ! あたしはSランクなのよ!? あんたはSランクなの!?」


 アシュリーは感情のままに声をまき散らす。

 それが一般的に逆切れと呼ばれるものであることを、アシュリーは十分に理解していた。

 しかし自らの胸を渦巻く思いはどす黒く渦巻いており、もはや止めることは叶わない。


「いえ、私はA――」

「なら口を挟まないでよっ!」


 アシュリーはフィーリアの言葉を遮ってフィーリアを拒絶した。

 アシュリーの赤い目にも、フィーリアの肩が小さく跳ねたのが確認できる。


 言い過ぎたかもしれない。……いや、確実に言い過ぎた。

 そう思っても、それを謝罪するだけの言葉を十三歳の少女は持ち合わせていなかった。


「……あたしの命よ。それに何が危険かくらい、自分で判断できるわ」


 もう魔の森に入る気力は目の前のエルフによって削がれていた。

 この人が帰った後にあたしも帰ろう。アシュリーはすでにそう考えていた。


 これだけ言ったんだ、この人ももう幻滅しただろう。

 そう思ってアシュリーはフィーリアの表情を窺う。

 そして眉を寄せた。


「なるほど……。たしかに私はアシュリーさんよりランクも低いですし、言葉に説得力がないですよね」


 目の前のエルフは――フィーリアはまったくこたえてなどいなかった。

 ただただ真剣に、アシュリーが森に入らないように説得する方法を考え続けているのだった。


「かといってランクなんてそんなに簡単に上がるものじゃないですし……あの、アシュリーさん」


 ぶつぶつと小声で考えを垂れ流していたフィーリアの目がアシュリーを捉える。

 銀の両目に真っ直ぐ見つめられ、アシュリーは不思議と身動きが取れなくなった。


「な、何よ……」

「どうすればアシュリーさんが納得してくれるか、私と一緒に考えてくれません?」

「……はぁ?」


 目の前のエルフは何を言っているんだ、とアシュリーは思った。

 自分が納得する方法をなぜ自分で考えなければならないのか。

 アシュリーは目の前のフィーリアの考えを読み取ることができなかった。


「お願いします! 私だけでは力不足なので!」

「わ、わかったわよ……」


 なぜか成り行きで自分を止めるすべを考えることになってしまった。

 そもそももう森に入る気などさらさらないと言うのに。


 フィーリアとアシュリーは魔の森の前でむぅむぅと考えに(ふけ)るが、なかなか名案が出てこない。

 アシュリーに至っては、なんでこんなことを考えているのかという雑念によりまともに考えることさえできていない始末だった。


「あっ!」


 不意にフィーリアが声をあげた。

 何か名案が思い付いたのだろうか、とアシュリーは考えるために俯いていた顔を上げる。

 フィーリアの顔に目線を合わせると、フィーリアは渾身のドヤ顔を披露していた。


「わかりました、私がユーリさんに勝てばいいんですっ」


 また突拍子のない答えを導き出したものだ。

 アシュリーは内心フィーリアに感心する。

 しかしその案には一つ大きな問題があることに、アシュリーはすぐに気づく。


「でもあいつ、手加減するでしょ。あんたはあいつのパートナーなんでしょ? そんなやつに本気で殴りかかる人がいるわけないじゃない」


 そう、まともな人間ならパートナー相手に本気で攻撃できるわけがない。

 アシュリーの意見は至極真っ当なものであった。

 ただしそれは『相手がまともな人間なら』の話。


「……手加減、するように見えました?」

「……見えなかったわ」


 フィーリアの短い言葉は実に雄弁に事実を告げた。

 アシュリーは思う。

 自分が戦ったあのユーリとかいう筋肉お化けは、仲間だからといって手加減することが出来る人種とは思えない。


「でも、それであんたに何の得があるのよ」

「……あ、その……」


 途端、今まで流暢に話を続けていたフィーリアが口ごもった。

 ……何を企んでいるのだろうか。

 最年少とはいえアシュリーはれっきとしたSランク。

 異変を感じたアシュリーの脳はすぐさまフル回転を開始し、いつ戦闘に入ってもいいように気を張り巡らせる。


 アシュリーが見つめる前でフィーリアはしばらくもじもじと煮え切らない態度をとって、その桃色の唇を開いた。


「……私の、と、友達になってほしいんです。それじゃ……駄目ですか?」


 その唇の間から放たれた言葉は全く予期していないものだった。

 完全に虚を突かれる形になったアシュリーの脳は回転を止め、この事態における回答を導き出すことを放棄する。


「……」


 二人の間に無言が続く。

 時間が経つにつれ、フィーリアの顔はどんどんと下を向いて行った。


「駄目、でしょうか……」


 しゅん、という言葉がぴったり当てはまる声色でフィーリアは言う。

 それを機にアシュリーの脳は再び動き出した。


「……ちょっと驚いただけよ。あんた、子供みたいなこと言うのね」


 アシュリーが拒否していないことが伝わったのだろう。

 フィーリアは花のようにパッと顔を明るくした。


「占い師さんによると、私は『体面を取り繕うのは上手いけど中身は子供』だそうです」

「言い得て妙ね。……ただ、ここまでの印象だと体面を取り繕うのもあまり上手くはないみたいだけど」

「あ、酷いですよぅー!」


 フィーリアは口をとがらせて抗議するが、顔が整っているので不快感がまるでない。

 むしろ年下のアシュリーから見ても可愛らしいものであった。


 アシュリーはそんなフィーリアを見て思う。

 友達、か。

 村の皆は良くしてくれたが、いかんせん小さな村だ。同世代の子供はおらず、今まで友達と呼べる人もいなかった。

 今まで欲しいと思ったことはなかったが……そういうのも悪くないかもしれない。


「あ、アシュリーさん笑ってません?」


 物思いに耽っている間にフィーリアに顔を覗き込まれていたらしい。

 慌てて両手で顔を隠すが、時すでに遅し。

 アシュリーの微笑みはばっちりと見られてしまっていた。


「アシュリーさんって笑うと可愛いんですね」

「よ、余計なお世話よ……!」


 アシュリーはシッシッと手を振るが、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。





 もう森に入る気などないと説明したのだが、フィーリアは「一度言いだしたことだから」と頑なにユーリと戦うことを取り下げなかった。

 そして一週間後、今日アシュリーが戦ったのと同じ場所で戦うということを決めてアシュリーとフィーリアは解散したのだった。

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