57話 眼鏡で可愛い子ははずしても大体可愛い
眼鏡もかけ飽きてきたところで、俺はフィーリアに眼鏡を返した。
受け取ったフィーリアは顔を俯け不敵に笑う。
「ふっふっふっ。ついに真打、私が眼鏡をかけますよ!」
どうやら俺はいつの間にか前座になっていたらしい。
まあ、たしかにフィーリアの見た目と比べれば俺は前座か。
別に卑下しているわけじゃなく、フィーリアが綺麗すぎるからな。仕方ない。
「どぅるるるるるる~」
俺から顔が見えないように背を向けたフィーリアは、突然謎の言葉を発し始める。
何の呪詛かと思ったが、どうやらドラムロールのつもりらしい。
「どんっ!」という言葉と共にフィーリアは俺の方へと向き直った。
「どうですか? 似合ってますか?」
「よくわからんが、似合ってるんじゃないか? 元々頭良さそうな顔してるしな」
フィーリアは元々顔だけ見れば知的で冷静なクールビューティーといった印象だ。
その雰囲気が黒の伊達眼鏡によってさらに増しているように思えた。
中身は変わっていないのに、心なしか落ち着いた物静かな大人の女性にも見えてくる。
あれだ、木漏れ日の射す図書館で詩集とか読んでそうな感じだ。
まかり間違っても「どぅるるるるるる~、どんっ!」とか言いそうには見えない。
俺に褒められて気を良くしたのか、フィーリアは眼鏡をクイッと上げる。
「ふふん、私は聡明ですからねっ」
「いや、あくまで頭良さそうな顔って話な。中身はあれだろ」
「あれ!? あれってなんですか!」
「あれってのは……いや、可哀想だから言わないでおく」
いたずらにフィーリアを傷つけたくはないしな。
しかし俺の厚意が裏目に出たのか、フィーリアはベッドから身を乗り出してきた。
「いつもズバズバ言ってくるのに、なんでこんな時だけデリカシーさんがこんにちはしてくるんですか? そんなこと言われちゃ余計に気になるじゃないですか」
「デリカシーさんがこんにちはしてくるって何だよ」
「話をはぐらかさないでくださいっ」
え、俺が悪いのか……?
「ほら、言いましょう? 言ったら楽になりますよー?」
フィーリアは俺のベッドへと腰を移し、俺の服の袖を引っ張ってくる。
それほど聞きたいと言うのなら言ってもいいか。
「言ってもいいけど、傷つくかもしれないぞ?」
「どんとこいですよ。すべて華麗に論破して、超絶美少女エルフの私は完璧だってことをユーリさんに教えてあげます」
そう言って、フィーリアはくびれた腰に手を当て自信ありげに胸を張る。
「まあ大したことじゃない。ただ、聡明というには少し首をかしげたくなることが二、三あっただけだ」
「と言うと、例えばなんですか? いつでもどこでも完璧と名高いフィーリアさんに欠点があると言うなら聞こうじゃないですか」
俺はフィーリアに向けて口を開く。
「すごろくでズルしたり」
「うっ」
「褒めるとすぐ調子乗ったり」
「いやっ、それは……」
「そもそも出会いからしてフィーリアが森の中で迷ったからだったり」
「……もう十分です、うぅ……」
フィーリアは俺のベッドに突っ伏し、枕で顔を隠した。
そのままシクシクと鼻をすすり始める。
「だから言ったのに」
「傷つきました……ぐすっ」
フィーリアは枕に顔をうずめたままバタバタと足を動かす。
「でも似合ってるのは本当だぞ」
俺はフィーリアの背中に声をかける。
フィーリアは潤んだ瞳で俺に顔を向けてきた。銀の色彩が光に照らされキラキラと輝いている。
「……本当ですか? また馬鹿にしてるんじゃ……」
「よく考えてみろ。俺が今までお前を馬鹿にしたことがあるか?」
俺の言葉に上を向き、指折り思い出し始めるフィーリア。
「病院で腕を治してあげたときとか、森の中で寝る場所を掘ってもらったときとか、魔物の名前を間違えたときとか……」
……結構馬鹿にしてたわ俺。完全に忘れてた。
「ま、まあ馬鹿にする云々は置いておくとして……。本当に似合ってると思うぞ。なんというかこう、ほら、クールな感じだ」
インテリマッスルたる俺の語彙力を総動員して褒める。
具体的にはクールのごり押しだ。
だがいかんせん、ずっと一人で過ごしていた俺は人を褒めるのが得意じゃないからな。
機嫌を直してくれるかどうか――
「むふっ。くひひ」
――と思ったら、もうとっくに直っていたようだ。
おだてられると本当にすぐ機嫌良くなるなぁ。扱いやすいんだかそうじゃないんだかよくわからん。
「さすが私!」
すっかり立ち直ったフィーリアが俺の隣に肩を並べて座る。
「そうだな、さすがフィーリアだ」
立ち直る早さ的な意味で。
「え、今なんて言いました?」
「いや、さすがフィーリアだ、って」
「にひ。……ごめんなさい、聞こえませんでした。もう一回言ってください!」
「……さすがフィーリアだ」
「うひひ、そんな褒めないでくださいよぅ。照れちゃうじゃないですかぁ~!」
「人生楽しそうだなお前」
照れ隠しのようにぼふぼふとベッドを叩くフィーリアを、俺は半目で眺めるのだった。




