53話 旅立ち
『狂面』ミジリーモジリーの襲撃、そして里長エルフィート・ミストラルの死亡から一週間が経ち、エルフの里は少しずつ元の里に戻ってきた。
エルフィートの葬儀は死の翌日に火葬で行われた。
遺体を火魔法で燃やし、出てきた灰を風に乗せて死を悼むのがエルフの慣習らしい。
風に乗せることで、どこにいても死者が見守ってくれるのだそうだ。
里長の後継には元々里の重役だったエルギスが選ばれた。
エルフィートに血縁者がいなかったため、古くから継承されてきた里長の血は途切れてしまうことになった。
今後は風神教の教えを守りながらも、里の外とも積極的に交流していくつもりらしい。
エルギスの一番初めの仕事として、魔道具の譲渡に関する投票を行った結果、圧倒的多数の賛成により俺達は魔道具を手に入れられることになった。
貴重な魔道具を持っていると罪徒が奪いに来る可能性があることをフィーリアが説明したからかもしれない。
そして今、俺はフィーリアの家でフィーリアの家族と雑談に花を咲かせている。
俺とフィーリアは今日で里を出るので、フィーリアが両親と話すのはしばらくおあずけになる。良い別れ方をしてほしいな。
エルギスとフィーラは「フィーリアが最初に喋った言葉」という話題について熱く語っていた。
「リアが初めて喋った時のことは忘れられないんだよ。『おとうしゃん! まんま!』ってな! フィーラには悪いが、やはりリアにとっての一番は私だということだ」
「あなたは狩りに出てて知らないでしょうけど、リアの初めての言葉は『おかあしゃん! まんま!』なのよ。エルギス、リアの一番は私のようね」
「そ、そんなっ……」
エルギスはショックからか顔を青くしている。
俺からすればどちらが最初だって大差ないと思うのだが、親からすると違うのだろう。
隣で少し顔を赤くしているフィーリアに、話を聞いた感想を伝えることにする。
「食い意地はってたんだな」
「子供は健康なのが一番だと思います……。お父さんとお母さんも変なこと言わないで。私はもっとちゃんとしてたに決まってるよ!」
何があったのかは知らないが、フィーリアと両親の間の心の壁もなくなったらしく、フィーリアは敬語をやめていた。
フィーリアのタメ口は最初は少し変に感じられたが、そもそも親子の間柄で敬語を使っていたことがおかしかったのだ。そう思ったらすぐに慣れた。
「あ、そういえばアルバム見つかったぞ。奥深くにあったから探すのに苦労した」
エルギスがなにやら立派な装飾が施された赤い本を持ち出してくる。
息で埃を払うところを見ると、相当長い間人目につかないところにしまわれていたようだ。
初日に「フィーリアの写真鑑賞大会をしたい」と言っていたので、それ関連だろう。
この両親はフィーリアのことを他人に自慢したくて仕方ないらしい。
「よし……開くぞ」
エルギスが本を開くと、そこにはフィーリアの子供の頃の写真がきっちりと敷き詰められていた。
「ちょっとお父さん。こんなの私知らないよ?」
「リアが知らないのも無理はないわよ。三歳から四歳くらいの写真ばかりだしね」
「あの魔道具が壊れてしまったからな。本当に口惜しい」
「エルギスがリアを撮りすぎるからよ。一日百枚以上撮ってたじゃない」
「リアの姿は一瞬一瞬移り替わっていくんだぞ。全てのリアを残しておきたいのは当然だろう!」
ハイテンションなエルギスはその興奮度合いを表す様に鼻息を荒くした。
ちなみに魔道具とは魔法で作った道具の事だ。
詳しい原理は知らない。知っても魔力がない俺には魔道具を作ることはできないしな。
「これがフィーリアの子供の頃か」
俺はフィーリアの写真を眺める。
子供の頃から顔が整ってるんだな。美幼女っていうやつか?
「ほら、この写真なんてとっても可愛いわ」
フィーラが指差したのは幼いころのフィーリアが花のような笑顔で微笑んでいる写真だ。
……まあ、可愛いな。難癖のつけようもない。
「私のお気に入りはこの写真だ」
エルギスが指差したのはフィーリアが風魔法を使っている写真だ。
凛々しい表情をしている。緊張感がこちらまで伝わってくる写真だ。
「あら、これも可愛いわね」
「おい、こっちのリアなんてまるで女神じゃないか」
「あ、このリアほっぺた膨らませてるわよ。多分お菓子のおあずけをくらってるときの写真ね」
「この頃は苺が好きだったんだよな。『リアはいちごになる!』ってずっと言ってたのを思い出すなぁ」
思い出話が止まんねえな。
やめてやれ、フィーリアが羞恥でプルプル震えてるぞ。
結局二人の勢いに押され、アルバムの隅々まで写真を見ることになった。
俺はその間にもなにか訓練をしようと考えて、目を閉じない訓練を並行しておこなった。人間いつでも修行だ。
アルバムを見終わった俺達は出発の準備をする。
「まあよく考えたら私って子供の時から可愛いですし、見られても問題ありませんでしたね」
「ああ、まあこれだけ可愛けりゃ誰に見られても平気だろうな」
「あらあら」
俺の言葉を聞いたフィーラは手を口に当て笑い、エルギスは憎しみのこもった目で睨んでくる。
なんだ? 娘を可愛いと言っているのになぜ睨む。
「あなたたちがいなくなると寂しくなるわねぇ」
フィーラがふと嘆く。
俺とフィーリアはこの後里を出る予定になっている。開けた場所で筋肉をもう一度鍛え直すのだ。
「お父さんとお母さんなら二人でも賑やかすぎるくらいだと思うけどね」
たしかにこの二人はいつでも賑やかだ。
「そうか? まあ愛し合っているからな」
「もう、いやだ。あなたったら!」
なんかイチャイチャしはじめたぞ。
実際は中年なんだろうが見た目は美男美女だからな、目に毒だ。
俺は愛をささやき合っている二人から目をそらす。
「なんだ、ユーリ君は意外と初心なのか? うん?」
それを目ざとく目にとめたエルギスが俺をおちょくってきた。
「うん、ユーリさんはすごい初心。ですよね?」
「いや、俺は普通だ……」
……普通だよな?
「じゃあ、行くね」
遂に出発と思うと少々感慨深い。
この里に来たお蔭で俺は誰よりも強くなるための決意が固まった。
帰ったら修行漬けの毎日を送ることになるだろう。今から楽しみだ。
「元気でな」
「いつでも帰ってきていいのよ」
「うん……!」
フィーリアは少し涙ぐむ。
だが、その顔には同時に喜色が満ち溢れていた。
和解出来て良かったな、随分表情も柔らかくなった。
そんなふうに考えていた俺に、エルギスとフィーラが深く頭を下げた。
「ユーリ君、リアを頼むぞ」
「少し天真爛漫なところがあるけど、いい子だから良くしてあげてね」
「御意」
俺も頭を下げた。
決してフィーリアは悲しませない、そう心に誓う。
「よし、行くぞフィーリア」
「お父さん、お母さん、行ってきます!」
大きく手を振るエルギスとフィーラを後ろに、俺とフィーリアは里を出たのだった。
一晩明け、森を無事に抜けた俺達は見晴らしの良いところに差し掛かる。
敵が目視できる分、ここならば周囲への警戒は楽だ。
俺は浮いた分の脳のキャパシティを使って考え事をする。
……リア、か。俺がそう呼ぶのはアリだろうか。
……ナシだな。無駄なことを考えた。筋肉のことを考えよう。
「ユーリさん!」
「……なんだよ」
フィーリアが俺の前に立ちふさがって、じっと上目使いで見つめてくる。
「いいですよ。リアって呼んでも」
そう言ってニヤッと口の端を持ち上げた。
「……てめえ。心の中を覗いたな」
「覗いてないですよぅ。ユーリさんの顔を見て、『……リア、か。俺がそう呼ぶのはアリだろうか。ムフフ、グヘヘ』とか考えてるのかなーと推測したんです」
フィーリアは体の後ろで腕を組み、ゆらゆらと体を横に揺らす。
確実に覗き見してんじゃねえか。しかも変態チックに脚色されてるし。
コイツ、俺に精神攻撃をして何が望みだ……?
「でもユーリさんは初心だから、私のことを愛称で呼ぶなんてできないですよねぇー?」
「そのくらい出来るに決まってんだろ」
唇に人差し指をつけ挑発するように上目遣いをするフィーリアに、売り言葉に買い言葉で思わず言葉を返してしまう。
「じゃあ……言ってみてくださいよ」
「……いいぜ」
俺はニヤニヤと笑うフィーリアの前で一度深呼吸をする。
落ち着け、戦闘と比べれば造作もないことだ。
怪我をすることはないし、命の危険もない……なのになぜ俺の心臓は鼓動を速めてるんだ。
「……リア。……ほら、言ったぞ」
何故かとても恥ずかしい。なんだ、この気持ちは。
「えへへ、ユーリさん顔真っ赤ですねー」
そう告げるフィーリアの顔も真っ赤に染まっている。
「うるさい、置いてくぞ」
「あ、待ってくださいよユーリさん!」
走り出した俺の後をフィーリアがついてくる。
「ユーリさん照れてます? ねえ照れてます?」
「……照れてねえ」
「またまたー、まだ顔赤いですよ?」
「照れてねえ! あともう二度と呼ばねえ!」
俺の声が雲一つない大空に木霊した。
不意に吹いた風はふわりと俺たちの頬を撫で、ここではないどこかへと向かっていく。
何にもとらわれない自由な風。その行く先を知っている者は誰もいなかった。
フィーリア編完結です。次話からは新章に入ります。
メインヒロインの名前を冠する章ということもあり、個人的には一番力が入った章でした。
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