45話 激しい自己主張
「聞いた話だと、そろそろ森に着くな」
「そうですね」
ムッセンモルゲスの街を出てから五日。
そろそろ森に着いてもおかしくない頃合いだ。
そして不幸なことに、結局罪徒には遭遇しなかった。誠に遺憾である。
「心の準備はできたか?」
「まあ、帰郷するだけと考えればなんとかなりそうです」
見た目には普段と変わった様子は見受けられない。
このまま気負わないといいのだが。
森が少しずつ見えてきた。
そこで俺はかすかな違和感を覚える。
あの森――揺れてないか?
風でなびいているのとは違う、リズミカルな揺れ方をしているような……。
さらに、なにやら森の方角から「どゅんどゅんどゅーん」という声のようなものも聞こえてくる。
俺はフィーリアに意見を伺おうと話しかけた。
「なあ、フィーリア……」
「どゅんどゅんどゅーん♪ どゅんどゅんどゅーん♪ ……何ですかユーリさん、もうすぐつきますよ?」
フィーリアは歌っていた。
これ以上ない笑顔で陽気に歌っていた。
俺は思わず黙ってフィーリアを注視してしまう。
そんな俺を見たフィーリアは何かに気づいたように声を低くした。
「はっ! ……も、もしかしてどこかに敵がいるんですか?」
違う、そうじゃない。
俺がお前を見てるのはそういう意味じゃない。
「……なあフィーリア。あの森、なんか変じゃないか?」
「変? 私には分かりませんが……」
「そうか……」
俺がおかしいのか?
森が近づく度に音は大きくなっていき、木の動きもくっきりと見えるようになった。
そして森へと到着する。
森は踊っていた。
そして歌っていた。
さらにピカピカ光ってもいた。
リズムに乗って幹をくねらせ、どこからか重厚な音を奏でながらイルミネーションのように光っている。
これは本当に森と呼んでもいいものなのか?
こんなに自己主張が激しい植物見たことないぞ。
「やっぱり森は賑やかなのが一番です」
フィーリアは森を見て懐かしそうに目を細める。
……価値観の違いというのは埋めがたいもののようだ。
森を見てフィーリアの気持ちも和んだようだし、よかったと思うことにしよう。
「どゅんどゅんどゅーん♪」
「……目的を忘れるなよ? フィーリアの能力の奪還と遺失物を譲渡してもらうことだからな」
歌い続けるフィーリアに一応釘を刺しておく。
それに……歌上手くないな。正直ド下手だ。
フィーリアはこういうの上手いと思ってたから少し意外である。
「っ……! じゃ、じゃあユーリさんが歌ってみてくださいよ! ユーリさんだってどうせ下手じゃないんですか!?」
心を読んだのか、フィーリアはプクッと頬を膨らませた。
「そんなに怒るなよ。ちょっとくらい欠点がある方が可愛いと思うぞ」
「そんなことより歌ってくださいよ!」
「やだよ、面倒くせえ」
「人に歌わせといて、自分は歌わないんですか。ユーリさんの卑怯者、ろくでなし、筋肉狂い!」
「おまえが勝手に歌いだしたんだろうが! ……ったく」
煩いので最近街中で流れている曲を一曲歌ってやった。
面倒なのでワンコーラス歌ってさっさと終わらせる。
「これで満足か? さっさと森に入るぞ」
「……ずるい」
「あ?」
「上手すぎてずるいです。私に恥をかかせましたね。この代償は高くつきますよ……!」
コイツさっきから言ってることめちゃくちゃだな。
睨んでくるが、背丈の関係で上目使いになっているので全く怖くない。
「歌なんて腹から歌えば誰だってそれなりになる。つまりお前に足りないのは筋肉だ」
それにしても今日のフィーリアは少しおかしいな。
緊張をごまかそうとしているのかもしれない。
この程度の事でフィーリアが魔物に後れを取るとは思わないが、一応頭の片隅には入れておこう。
「じゃあ、行きますよ」
森に負けないよう、いつもより気持ち大きな声でフィーリアが言った。
「おう、準備は万端だ」
体も軽い。俺は気配探知をしながらフィーリアに続いて森へと入った。
どゅんどゅんと煩い森の中を突き進む。
そこかしこから歌が聞こえてくるせいで、耳での索敵は難しい。
なぜ耳の良いエルフがこんな森に棲んでいるのだろうか。と、敵の接近を察知した俺はフィーリアに指示を出す。
「フィーリア」
「はい、右からですね」
俺が言う前に戦闘態勢に入っていたフィーリアは、巨大なガマガエルのような魔物が出てきたと同時にそいつを風魔法で切り刻んだ。
「良く気付いたな」
「ドューン木のおかげです。この木は近くに生物が近づくと音が変わるので、私たちエルフはそれを聞き分けて狩りをするんです」
注意深く耳を澄ましていたが全く気が付かなかった。
幼少期から積み上げてきた感覚なのだろうから、一朝一夕で身につくものでもないか。
そしてエルフがこの森に棲む理由も納得がいった。
自分たちだけが音から情報を得られるのならば、それはたしかにこの森に棲みつくのに十分な理由だろう。
「頼りにしてるぞ」
「任せてください」
頼りつつも、自分で気配を探ることも忘れない。
もちろん信頼しているが、予防線を張っておくことに越したことはないからな。
「来ますよ。左からです」
「わかった」
数十分ほどして、再び魔物と遭遇した。
フィーリアに一瞬遅れて俺も魔物の存在を感知する。
近づいてみると、赤い体毛で覆われた、イノシシと馬を混ぜて二で割ったみたいな見た目の魔物がいた。
「こい」
俺は手のひらを上にして腕を前にだし、クイクイと指を折り曲げて魔物を挑発する。
魔物は挑発に乗って突っ込んできた。
「ブモー!」
「動きが直線的すぎるな」
俺はカウンターの要領で魔物の頭に拳を合わせる。
魔物は爆散した。
「フッ……手加減の必要がないというのは実に良い」
「『フッ……』じゃないですよ本当。ユーリさんがすごい音だしたせいで森が騒いでるじゃないですか」
確かに聞こえてくるのは先ほどまでの「どゅんどゅんどゅーん」ではなく「むむむっむむむっ」という音に変わった。
……どういう仕組みになってるんだこれは。
「すまんな。ところでおまえの里は近づいてるのか?」
フィーリアはブツブツ言いながらも俺の質問に答える。
「それはわかりません。見覚えのある道ではないのでもう少しかかりそうです」
フィーリアの言葉通り、この日は結局エルフの里に関する手がかりもなく終えた。
もう外での野宿も慣れたものだ。
「今日は俺も寝たい。一時間周囲を見張っといてくれるか?」
五日寝ないくらいなら問題はないが、罪徒が出てくるかもわからないからな。
今日寝ないと明日以降のパフォーマンスに影響が出る可能性もないとは言い切れない。
「わかりました。いつもお世話になってるんですから、そのくらいお安い御用ですよ」
快諾してくれたフィーリアに感謝して、木の上に登る。
そういえば日が暮れてしばらくしたところで木は踊り叫ぶのを止めていた。
木にも睡眠とかあるのだろうか。俺には分からないが、煩くないので好都合である。
「木の上で寝るんですか?」
「ああ。寝てる間はどうしても危機感が緩むからな。少しでも危機感を保つためだ」
それに空中の方が敵も少ないしな。
「じゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そう言って目を閉じる。
……そういえば、いつのまにかフィーリアに警戒心を割かなくなってたな。最初の頃は意識の片隅で警戒していたりしたんだが。
まあ、今後フィーリアを警戒するなんて馬鹿らしいことはすることはないだろうな。
閉目してから眠りに落ちるまでの数瞬の間にそんなことを考えた。




