43話 土がおいしいわけがない
両腕が復活してから数日後。
数日かけて体の動きを確認し、問題ないことを確かめた俺達は、早速ヒヒの森へと向かうことにした。
「緊張してるか?」
俺の問いにフィーリアは苦笑して答えた。
「さすがに今からしてたら体が持ちませんよ」
「よくわかっているようで何よりだ」
そう、今回は今までで一番の長丁場になるのだ。
道中は五日前後かかる見込みだ。途中で食料確保のために近くの村に寄ることになっている。
これだけの長丁場だ。気を抜くのは論外だが、張りつめすぎてもパンクしてしまう。
俺は隣のフィーリアを見る。
……大丈夫そうだが、一応気持ちをほぐしておいてやるか。
「おいフィーリア」
「なんですか?」
「うほほほ~」
「くふっ……いひひひひ!」
よし。非常に不本意ではあるが、これで大丈夫なはずだ。
数分後、フィーリアの笑いが収まったところで、俺とフィーリアはヒヒの森に向けて一歩目を踏み出した。
見渡す限り広がる広大な赤土と空。
まさに荒野と呼ぶに相応しい場所で、白銀の髪を揺らす美しいエルフと土塊のような魔物が対峙していた。
それを影で見守るのは非常に美しい筋肉を持つ男だ。
その体は筋肉で覆われている。頑強な見た目とは裏腹に、しかしその実、彼の筋肉は柔らかい。
しなやかさを保つことにより、関節の可動域を減らすことなく筋肉をつけることを可能にしているのだ。
その筋肉はまるで空のように広大で、海のように優しく世界を包み込む。
そう、筋肉とは生命の根源たる力なのだ。
そんな素晴らしい筋肉を持つ男とは――何を隠そうこの俺である。
俺はフィーリアの戦いを観察していた。
フィーリアは俺と出会ってからかなり強くなったとは思うが、戦闘力だけを見ればAクラスの冒険者としてはまだ少し物足りない。
回復魔法を使えることを加味すればAクラスとしての実力は充分以上にあるが、鍛えておいて損はないだろう。
そんなわけで、俺は自らの戦闘欲を必死で抑え、フィーリアの戦闘を見守っているのだった。
「せいっ、やあっ」
フィーリアは対峙する魔物に次々と魔法を放っていく。
……しかし、本当に筋が良いな。
様子を眺めていた俺は内心感服する。
土塊の魔物の魔法をすべて受け切りつつ、着実にダメージを稼いでいる。
万が一など介在しようがないほど上手い立ち回りだ。
数分ののち、フィーリアが放った水魔法によって魔物は倒された。
――と、そこで俺は上空に気配を察知する。
「フィーリア!」
「はいっ」
フィーリアの手のひらから射出された炎が、空から飛来する魔物を燃やす。
どうやら上空の魔物にも気付いていたようだ。
フィーリアは戦闘中でもあまり闘志を見せない代わりに、基本的に冷静で視野が広い。
声をかけたのはいらぬお節介だったな。
「ふぅ……」
俺は落下してきた鳥の魔物の体を調べる。
火魔法のお陰で良く焼けているな。昼時だし、丁度良い。
「よし、食うか」
「……食べますけど、食用以外の魔物を食べるとか完全に野蛮人の所業ですよね」
確かに一部の魔物以外は食べられたものじゃない魔物も多い。
「食えるもんは食う。食料なんかそんなに持ち歩けねえしな」
「まあ二人ですし……仕方ないですか」
次元袋の内容量にも限りがある。さすがに五日分の食糧を持って移動することはできない。
まだ美味しそうな鳥の魔物をフィーリアに渡し、俺は土塊の魔物に手を付ける。
黙々と手と口を動かして魔物をがつがつと口の中に詰め込む俺を見て、フィーリアは思案顔になる。
「……ユーリさん、その魔物美味しいんですか? 土にしか見えないんですけど」
「土の味を想像してくれれば間違いない」
口に入れるとまず最初にザリザリとした砂の触感が口の中に広がる。
口内からギチギチと不協和音が響き、頭を揺らす。
そしてその後に舌が感じ取るのはほのかな金属の味だ。
鉄と土をそのまま摂取しているのと大差ないようなこの食事。
「つ、土の味? それって……」
「ああ、控えめに言って不味いな。ゴリゴリに不味い」
少なくとも人間の食べるものではないことは確かだ。
森の中でも色々なものを食べてきた俺だが、さすがに土を食べたことはなかった。
だって食いもんじゃねえもん。
こんな調子で道中何事もなく進んだ。
退屈だ。なんか強いのに出てきてほしい。
二日目、村に立ち寄る。
小さく、平和そうな村だ。
「ママー。知らない人がいるー」
「あら、本当ね。冒険者かしら。珍しいわ」
この村は何もないところにぽつんと存在しているせいで交通の便も悪く、村の外から来る人間は少ないらしい。
物珍しそうに見つめてくる村人たちに若干居心地の悪さを感じたが、すぐに考えを改めた。
「これは筋肉の素晴らしさを世に広めるチャンスなのではないか?」と俺の優秀な頭が閃いたのだ。
思い立ったらすぐ行動。
物珍しさから俺達の周りに集まってきた村人に向け、俺は筋肉講座を開始した。
衣服を破き、筋肉を解放――そして鍛え抜いた筋肉を観衆に見せつける。
「これが大胸筋だ。筋肉を鍛えている奴に悪い奴はいない。筋肉は世界をつなぐんだ」
「すごく気持ち悪いね!」
「魔物みたーい!」
「びぇえええ!」
「子供になんてもの見せるのよ!」
筋肉講座は不評中の不評で、余りの騒ぎに村長が出てくるほどだった。
フィーリアが小声で「ユーリさんはもう黙っていてください」と言ってくる。俺が悪いのか……?
「いかがなされました、旅の方」
村長が一歩前へ出てくる。
高齢の男性だ。腰は折れ曲がっており、ただでさえ低い背をもっと低く見せている。
しわがれた声は落ち着きを感じさせた。
「すみません、私の連れが少々突拍子のないことをしでかしてしまいまして。誓って害意はありませんので」
俺はフィーリアに続いて頭を下げた。
悪いことをしたとは全く思わないが、今のこの状況――すなわち、泣き喚き走り回る子供たちと、それを親が必死でなだめている阿鼻叫喚の光景を作ったのは俺だ。
俺の筋肉への思いが曲解されてしまったようで、残念でならない。誠に遺憾である。
「文化の齟齬でしょう、大目に見ます。それで、この村にはどのような用事で? 正直わざわざ寄るような村ではないのですが」
流石村長、懐が深いぜ。
「ありがとうございます。食料を頂きたく参りました。私達からは魔物の素材が出せます。Aランクの素材もありますよ」
フィーリアの言葉に村長が瞠目する。
Aランクの素材はなかなか市場に出回らないからな、無理もない。
「それはそれは。おい、この方たちを家へお連れしてくれ」
何やら村の中で一番大きな建物へと案内された。
取り敢えず一安心だな。俺のせいで食料が貰えなかったらフィーリアがどんなに怒るか。
「どうぞ、おかけくだされ」
俺は替えの服に着替えながら、家の内部がしっかりとした造りになっていることに少し驚く。
外から見ると風雨にさらされて痛みきっているように見えたが、木材とはなかなかどうして丈夫なものである。
「随分と外とは雰囲気が違いますね。まるでここだけ都会の貴族の部屋のようです」
フィーリアも驚きを隠せないようだ。
それを聞いた村長は「ほっほっ」とせき込むように笑った。
「商売をするためにはなめられてはいけませんからな。取引を有利に進めようとする矮小なじじいの悪知恵です。どうか笑って許してくだされ」
村長の目が鈍く光り、狡猾さが見え隠れした。
おかげさまでブックマークが一万件を突破しました。本当にありがとうございます!




