41話 名前を覚えるのって意外と難しい
翌日も俺とフィーリアはギルドへとやってきた。
Aランクになったのだから早くヒヒの森に向かいたいのだが、まずはその前に俺の腕が鈍っていないかを確認しないといけない。
左腕を一度失ったことで、微妙な感覚が変化しているかもしれないからな。
命がけの戦闘になった場合、そういった齟齬は致命的だ。
ギルドに入ると、カランコロン、と戸に備え付けられた小さい鐘が鳴る。
「お願いします!」
扉を開けると同時に聞こえてきた声は、幼い少年のものだった。
まだあどけなさの残る年齢の少年は依頼書を持ちながらギルド内を当てどころなく彷徨っている。
相手を変えては頭を下げ続けているが、誰からも相手にされていないようだった。
「……おい、どう思う?」
「話だけでも聞いてあげればいいんじゃないですか?」
年端もいかぬ少年が何をしているのかはわからないが、その必死さは伝わる。
冒険者たちも申し訳なさそうに断っている者が大半だし、少年自体は疎まれている様子はない。
話くらいは聞いてやろう、と俺はフィーリアと同じ決断を下し、少年に近づいた。
「ブーン森林に花をとりに行ってほしい?」
「そうなんです。僕のお母さんが二日後誕生日なんですけど、太陽草っていう花をその日にプレゼントしたくて。昔お母さんに貰った花なので、今度は僕からそれに手紙を添えてプレゼントしたいんです。でも森に入るのは危ないっていつもお母さんに言われてるから、ギルドに来たんですけど……」
少年はしゅんっ、と俯く。
暖簾に腕押し。全員から断られてしまったというわけか。
「お願いします、僕のお小遣い全部あげますから!」
少年は机に頭をぶつけて俺たちに懇願した。
その手には何枚かの硬貨が握られている。依頼料は決して安くはないのだが、少年の手には十分な額が握られていた。
その額から考えて数か月前から溜めていたのだろう。親思いの良い子じゃないか。
「ふむ……」
ランク的にもさして問題ない依頼のように思えるが……誰もがこの少年の頼みを断っていた理由が見えないな。
まあ、理由なんてどうでもいいか。
「いいぜ、受けてやるよ」
俺の鶴の一声に、少年の目が輝きを取り戻す。
「い、いいんですか!?」
「ああ。俺とフィーリアに任せとけ」
「あ、ありがとうございます! 僕、あの……ありがとうございますっ!」
少年はしどろもどろになって俺たちに感謝を伝えてきた。
「いいんですか? 皆が断っていた理由もわからないままですけど」
ギルドカウンターまで歩くわずかな間にフィーリアが小声で話しかけてくる。
「まあ、個人的に思うところがないでもないからな。俺に家族がいないからかもしれないけどさ……家族ってやつにどこかで憧れてんだ。だからまあ……そういうことだ」
俺がそう言うと、フィーリアは慈悲深い微笑みを浮かべた。
「そうですね。私も色々あってからは微妙な関係になってしまいましたが、だからこそ上手くいっている家族を見ると嬉しくなります」
そんな会話をしつつ、カウンターに依頼書を提出する。
すると、ギルド嬢は目線をあげて俺たちの顔をかわるがわる見つめてきた。
「この依頼を受けられるんですか?」
「? ああ、そうだが?」
「ブーン森林では一週間ほど前から巨力な魔物の出現が数人に渡って報告されています。それらの証言を照らし合わせた結果、おそらくAランク中位から下位の魔物、ガガガストライプであるとギルドは結論付けました。……かなり危険な依頼になりますが、よろしいですか?」
なるほど、それが皆この依頼を断っていた理由という訳か。
「問題ない。だよなフィーリア?」
「まあ、私にかかれば」
ほう、頼もしいこと言うじゃないか。
俺たちは当初の予定通りその依頼を受け、ブーン森林へと向かった。
ブーン森林へとたどり着いた俺たちは、さっそく依頼に取り掛かる。
もちろん強敵に備えて俺の筋肉は解放済みだ。いつ見ても素晴らしい筋肉である。
「よし、太陽草を探すか。できればあのナントカナントカとやらにも会えれば最高だよな」
「会わないですむ方が良いに決まってるじゃないですか。というかナントカナントカって……ガガガスプラッシュですよ。まったく、ユーリさんはなんでもすぐに忘れちゃうんですから。私がついててあげないと駄目みたいですね~」
フィーリアはからかう様に俺の頬を指で突く。
ああ、そうだったそうだった。ガガガスプラッシュだったか。
……ん? 『ガガガスプラッシュ』?
「……なあフィーリア。『ガガガストライプ』じゃなかったっけ?」
俺が口にした言葉に、フィーリアの表情が固まる。
そしてまるで魔力の切れた魔道兵のようにギギギと俺から顔を背けた。
「……そ、そうとも言いますね。そうとも」
そうとも言うとかじゃなくて、ガガガストライプだったよな。
フィーリアがいつも役に立ってくれているのは事実だ。それは確かに事実なのだが……。
……。
何を言おうか迷った末に、俺は口を開く。
「いつも頼りになるなぁ、フィーリアは」
「なんですかそれ。皮肉ですか!? 皮肉なんですか!?」
「皮肉じゃない、筋肉だ」
俺は鍛え上げた筋肉をフィーリアに見せつける。
「うう、こんな人に間違いを指摘されたと思うと悲しくて涙が出てきます……」
泣くほど俺の筋肉に感動したらしい。照れるぜ。
そんな軽口をたたき合いながら、俺たちはブーン森林を突き進んだ。
元々この森にでる魔物のレベルは高くない。
ガガガストライプ以外の魔物なら目を瞑っていても勝てるレベルだ。……おっと、ガガガスプラッシュだったか。
「もう忘れてください……」
心を覗いたらしいフィーリアが消えるようなか細い声で言う。
「なんでだ? ガガガスプラッシュとも言うって自分で言ったじゃないか。フィーリアはいつも頼りになるからな、俺は凄く感謝してるぜ。さすがは超絶美少女エルフ様だ」
「うわーん、ユーリさんがいじめるー!」
そんな調子で探索を続けていると、前方に何かの気配を感じた。
かなり強そうだ。
「どうやらお出ましのようだぜ」
俺とフィーリアは足音をひそめ、慎重に近づく。
そこでは体高五メートルほどの巨大な魔物がギョロリとした眼で俺たちを睨んでいた。
四足歩行のその魔物の体の模様はと言えば、黄色と緑の見事な縞模様。これ以上ないほどストライプな魔物がいた。
しかし残念ながらというか当然というか、スプラッシュの要素は微塵も見当たらない。
まあだけど、フィーリアがガガガスプラッシュとも言うって言ってたからな。
あの超絶美少女エルフのフィーリアがそう言うんだからきっと正しいんだろう。
「よう、ガガガスプラッシュ」
俺は目の前の魔物に挨拶をした。
「ストライプ! ガガガストライプです! 私が悪かったですからいい加減やめてください~っ!」
フィーリアが怒っているのか困っているのかよくわからない声で言ってくる。
少々やりすぎたかもしれない。反省するとしよう。
「ガガガァッ!」
ガガガスプラッシュ改めガガガストライプは、何の捻りもない鳴き声をあげながら俺たちを威嚇してくる。
「らあっ!」
俺はガガガストライプの胴体に拳をぶち当てた。
「ガガッ!?」という声をあげてよろめくガガガストライプ。
俺の一撃を喰らっても体が原形を留めているとは、なかなかやるやつだ。さすがAランク。
「ユーリさん、あとは私がやります」
そう声をかけられる。
後ろを振りむくと、フィーリアは風の巨人を纏っていた。
風神まで使っているところを踏まえると、どうやらかなりやる気のようだ。
「お? お前がやる気になるなんて珍しいな」
「フラストレーションが溜まってるんですよ……」
ドスのきいた声でそう言うと、フィーリアはガガガストライプに近づく。
だが、ガガガストライプも傷を負ってはいるもののまだ健在だ。
「ガガガァッ!」
濁った唸り声をあげ、ガガガストライプはフィーリアに突っ込む。
瞬く間に距離を詰められるフィーリア。だが焦った様子はない。
「あなたのせいでユーリさんにさんざん馬鹿にされたんですからね! 覚悟してくださいっ!」
そう言って風の巨腕でガガガストライプを上から殴りつけた。
――完全なる逆恨みである。
ガガガストライプのやつ、かわいそうに。
こうして哀れなガガガストライプはフィーリアに打ち倒された。
昨日拙作『かくて少年は英雄となる ~ファンタジー世界に来れたので好き放題に生きていきます~』が完結しました。
マイページから飛べるので、お時間ある方は覗いてみてくれると嬉しいです!




