40話 組織の長には相応の貫録が付き物
フィーリアが起きてきたので、俺は片手小指腕立て伏せを止めて出かける用意をする。
「じゃあ、ギルドに行きますか」
「体は大丈夫か?」
フィーリアは何度か腰をひねって具合を確認する。
「問題ないですね。ユーリさんも腕、大丈夫ですか?」
「問題ないな」
元の腕と全く同じ腕だ。
念のため昨日から今日にかけて何時間か動かしてみたが、室内での運動レベルではなんの問題もなかった。
「まあ、私が治療したんだから当然ですけどね」
「そうだな」
俺達はギルドに向かう。
早いとこAランクになってヒヒの森に行かなければならない。
誰に狙われるかわからないフィーリアが自衛の手段を持っておくに越したことはないからな。
ギルドについた俺達は、冒険者の視線に晒される。
「あれが魔人を倒したっていう筋肉狂いか」
「おいおい、なんで筋肉が女神と一緒にいるんだ?」
「おまえ、新入りか? あいつらは何故かいつも一緒にいるんだよ。大方あいつがフィーリア様の護衛してるんだろ」
「フィーリアたんは俺の嫁」
そうか、あの戦いの話が広まってるのか。
実際に参加してたやつもいるのかもしれないな。
「私、人気ですねー。可愛いからしょうがないんですけど」
「自分で言うな。実は足をなめさせようとするようなやつだって広めてやろうか?」
「美形はつらいですー」とかドヤ顔でのたまうフィーリアをからかってやる。
「それは勘弁してください……」
フィーリアは手で顔を隠した。
俺だって本気で広める気はない。そういう趣味のやつが寄ってきても困るし。
適当にCランクの依頼を手に取ってカウンターに並び、ギルド嬢に依頼状を渡す。
「はい、承り……あっ、ユーリ様とフィーリア様ですね? ギルド長からお話があります。少々お待ちいただけますか?」
「ああ、別に構わない」
「ありがとうございます。それでは少々お待ちください。十分ほどで戻ってきますので」
俺とフィーリアは顔を見合わせる。
「もしかしてユーリさん、なにかやらかしたんじゃ……」
「何も心当たりはないんだがなぁ」
「ユーリさんの価値観は一般人とかけ離れてますからね。ユーリさんが悪いと思っていなくても、やられた方が嫌がったらそれは悪いことなんですよ?」
「まだ俺が原因だと決まったわけじゃないだろ!」
ナチュラルに説教に移行しやがった。俺はお前の子供じゃねえぞ。
「そ、そうですよね、ごめんなさい……私、なんてひどいことを……」
シュンとしてうつむくフィーリア。
あまりの落ち込みように俺の方が動揺する。少し言い過ぎてしまったかもしれない。
「い、いや。いつも俺が騒ぎを起こしてるからな。フィーリアの言うことも一理あるかもしれない」
慌てて取り繕う俺を見てフィーリアが手で口を隠した。そして小声でささやく。
「ちょろ……」
「……聞こえてんぞフィーリア。あとで覚えとけよ」
「病院の時のお返しです」
そう言って器用にウィンクをするフィーリア。
そしてそんなフィーリアを見て興奮を抑えきれない様子の冒険者ども。
「女神だ……」
「母ちゃん、俺やっと運命の人を見つけたよ!」
「なんだよあれ……!? あんなに美しい生き物がこの世に存在するのかよっ!?」
「おんぎゃあ! おんぎゃあ!」
あまりの衝撃に幼児退行してしまったものまでいる始末だ。
異様な雰囲気がギルドを支配していた。
さすがのフィーリアも戸惑いを見せている。
「お待たせしました。こちらへどうぞ。……どうかなさいましたか?」
「いや……」
「な、何でもないですっ!」
盛り上がる冒険者どもを置き去りにして、ギルド嬢に続いてギルドの奥へと進んだ。
少し歩いたところでギルド嬢が立ち止まる。
「こちらがギルド長の部屋でございます」
ギルド嬢が豪華に飾られている扉をあけ、部屋へと入った。
俺達もそれに続く。
部屋の中には高価そうな内飾が施されていた。
床の材質はなんか高そうな石、壁には魔物の頭部のはく製。なかなか趣味の悪い部屋だな。
「悪いのぅ、わざわざ部屋まで来てもらって」
壁に掛けられた白いスクリーンから声がする。
映像を通して話しかけてきているようだが、肝心の姿が見えない。
白髪頭以外は机に隠れてしまっているのだ。明らかに椅子の大きさがあっていないと思う。
「最近は動くのもおっくうになってきちまったよ。よっこいせ、と」
やっと顔を見ることができた。どうやら椅子の上で立ち上がったようだ。
優しげな顔立ちだが、その顔には深くしわが刻まれており、生きてきた時の長さを思わせる。
穏やかそうな顔とは裏腹に、どこか獰猛な雰囲気が見え隠れする老婆が映像に映されていた。
こりゃ若いころは相当の使い手だっただろうな。あと半世紀早く出会いたかった。
「それで、用とはなんのことですか」
俺はフィーリアから習った敬語を駆使する。
インテリマッスルな俺はすぐに敬語の要領を掴んだ。
要するに、「です」「ます」をつけときゃいいだけだ。
「まあ、そう焦りなさんな。人生、生き急いでもいいことはないからのぉ」
ギルド長はトポトポと湯呑にお茶を入れる。
それをズズッと啜ってから、やっとギルド長は話し始めた。
「あー、そなたたちをここに呼んだ理由はの。……なんじゃったか、えー。あれじゃ、あの……」
「ギルド長、ムッセンモルゲスを襲った魔人の件です」
ギルド嬢が手助けをする。
大丈夫かこのばあさん。こんなんで長としてやっていけてるのだろうか。
「おー、そうじゃったの。今回の魔物の大量発生並びに魔族襲撃の件に関してじゃ。そなたたちの功績を考慮し、Aランクに上げることが決まった。これからも励んでくれるとうれしいぞい」
「ありがとうございます」
これは渡りに船だ。
そういえばゴーシュが魔族の襲来は緊急依頼扱いになってるとか言ってたな。幸運だったと思っておこう。
「Sランクのやつらは、あれは駄目じゃ。自由すぎて戦力にならん。そなたらには期待してもいいのかの?」
こころなしか、ギルド長の目が鋭く光った。その眼光に一瞬寒気が走る。
おいおいばばあ、まだまだ現役かよ。
「期待するのは自由だぜ。期待するのは」
負けじと睨み返してやった。
数瞬にらみ合った後、ギルド長が目をそらす。
画面越しでも伝わる獰猛な雰囲気は嘘のように霧散した。
「ほっ、儂はそろそろ寝るで。あとは頼んだよ」
「了解しました」
ギルド嬢に残りを丸投げするが早いか、ギルド長は椅子の上で立ったまま寝始める。
鼻提灯をつくるギルド長を見て俺は確信した。
コイツは強いぞ……!
立ったまま寝るやつに弱いやつはいない。これは乳幼児でも知ってる常識だ。
熟睡を始めたギルド長の代わりに、ギルド嬢が説明を続ける。
Aランクになると国からも依頼が来ることもあるらしい。
Aランクの依頼はBまでとは大幅に難易度が上がる分、死亡率も高いという話だった。
「Aランクを辞退することも可能ですが、どうなさいますか?」
「辞退はしない」
「私もユーリさんと同じです」
元々色々と目立ってしまっているし、その対抗策の為にAランクになるのは必須条件だ。
これでヒヒの森にも行ける。
「かしこまりました。ギルド側からの用事は以上です。お時間を取らせてしまいましたね、申し訳ありません」
ギルド嬢は最後にきっちりとお辞儀をした。
俺達はギルドを出た。
太陽はもう俺達の真上に登っている。
「今日は依頼じゃなくて修行にしよう。修行だ!」
「いいですけど、なんでそんなにやる気に満ち溢れてるんですか?」
「はぁ。これだからフィーリアは。やれやれ。非常に遺憾だ」
俺は肩をすくめ、腕を広げて「やれやれ」のポーズをとる。
「いいか? ヴェルキス盗賊団しかり、今回の魔人しかり。最近の俺たちは自分より格上と戦う機会があっただろ? そういう強い奴に勝つにはどうすればいいか教えてやろう。自分がそいつより強くなればいいのさ」
「まるで子供の発想ですね」
「真理というのは得てして単純なものだからな」
今日の俺は調子がいい、まるで名言製造機だ。
「得てして」とか初めて口に出したぞ。
なんかカッコいいな。やはり俺はインテリだった。
「まあ、戦いに関してはユーリさんを信用しますよ。戦いに関しては」
どこか含みがある言い方だが、信用されているのは嬉しいことだ。
「よし、じゃあ行くか」
「行きましょう」
俺達は日が落ちるまで訓練をした。
やはり訓練は楽しい。俺の筋肉もうれしそうだ。




