4話 ギルド
翌日。朝起きた俺とフィーリアは、これからのことを考えながら街を歩く。
慣れ親しんだ森とは明らかに異なる景色に、俺の胸も高鳴るのを感じる。
通りすがりの人々に話を聞いた結果、手っ取り早く金を稼ぐならギルドに行って冒険者になるのが鉄板らしい。
ギルドでは魔物の素材の買い取りも行っているとのことだった。
「ユーリさん、ここはどうやら『始まりの街』アスタートというらしいですよ」
「始まりの街?」
「この付近で勇者と魔王と暗黒神が生まれたらしいです。だから始まりの街」
「そりゃすげえな」
そんな会話をしながらも、俺たちはどこか平常心ではいられない。
「なんか目立ってます……よね?」
「みたいだな」
通る人通る人、俺たちを目で追いかけている。……いや、俺たちと言うかフィーリアか。
俺は街の人々を観察する。
人、犬亜人、人、人、猫亜人、人、人、人、熊亜人……。
辺りを見回すが、やはりどこにもエルフは見当たらない。
どうやらエルフはかなり珍しい種族みたいだな。
里から滅多に出てこない保守的な種族だと言っていたフィーリアの言葉は本当のようだ。
ただでさえ常人離れした容姿なのに、滅多に人前に現れない種族という希少価値が加われば人の目を集めることは半ば当然とも言えた。
……とすると、俺より年下なのに一人旅をしてたフィーリアって実は凄いやつなのだろうか。
隣を歩くフィーリアを見る。
フィーリアは物珍しそうに街並みを眺めていた。好奇心に光るその銀の目を見るに、里との差異を珍しがっているのかもしれない。
フィーリアは実力もあるし、見目もいい。俺以外にも仲間を探そうと思えばすぐに見つけられるんじゃないだろうか。
まあ、その時はその時か――っと。
見つめすぎてしまったのか、フィーリアが俺の視線に気づいてしまった。
真珠のように澄んだ視線が俺へと注がれる。
「どうかしましたか? ……もしかして私に惚れちゃいました?」
頬に指を当て、上目遣いで首をかしげるフィーリア。
可愛い人間にしか許されないポーズ、まさにあざとさの極致だ。
「言っとけ」
「あ、待ってくださいよー」
少しドキリと思ってしまったのを隠すように、俺は早足でギルドへと向かった。
「ここがギルドか」
「年季の入った建物ですねー」
フィーリアの言う通り、目の前の建物は周りの建物とは明らかに年季が違っていた。
材質である木材は長い間外気に晒されたことにより、深みのある黒い色を帯びている。
たった一目でギルドという組織が歴史ある存在であることがわかるものだった。
俺とフィーリアはギルドの中に入ってみる。
すると、意外にも小奇麗な内装の部屋が広がっていた。
もっと薄暗い場所なのかと勝手に思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。
「おいおい、見ろよ」
「なんだあの子。めちゃくちゃかわいいぞ!」
「あの男の連れか?男の方は強そうには見えないが……」
「おい、あれエルフじゃねえか。噂通りの面してやがんぜ」
なるほど、ギルドというのは荒くれ者が集まっているらしい。しかし見る目があるやつは少ないようだな。
どうみたって俺は強そうだろうが。この鍛え抜かれた筋肉がみえねえのか?
俺は自然な動作で服を脱ぎ、筋肉を解放する。
そうすることで俺の筋肉は膨張し、見る者全てが涎を垂らすような美しいフォルムへと変化するのだ。
鍛え抜かれた大胸筋をみた冒険者たちにざわざわとざわめきが広がっていく。
「おい……なんだよあいつは。なんであんなに体鍛えてんだ?」
「しらねえよ、ドМなんだろ。近づきたくねえぜ……」
「つーかなんでいきなり服脱いだんだ」
「よくあんな体を人前に出せたもんだ」
「なんかあの二人、天使とゴリラみてえだな」
「ははっ、ちげえねえぜ!」
……おい。なんで俺の体がこんなに不評なんだ。おかしいだろうが。
どいつもこいつももやし見てえな体をしてやがるくせに。
俺がこの世の不条理に憤っていると、フィーリアに肩を叩かれた。
振り返るとフィーリアは満面の笑みで自分を指差す。
「……天使」
そして笑みを浮かべたまま俺を指差す。
「……ゴリラ。……むふっ。ふふふ。うひひひひひ!」
殴りてえ……。
俺は必死にその気持ちを抑制する。
エルフは人間界の常識に疎いから仕方ないんだ。
エルフ界ではゴリラは褒め言葉かもしれない。そう思おう。
なんかフィーリアが床で腹を抱えて爆笑してるけどそれもエルフ界では褒める動作なんだ。そう思おう。
「ゴリラって、ゴリラって! うひひひひひ!」
「いい加減にしてくれ。さっさと説明聞きに行くぞ」
「あとちょっと……もう五分待ってください。ぷぷぷ」
「待てるか! ほら、行くぞ」
俺はフィーリアを引きずってギルドのカウンターへと進んだ。
「悪い、冒険者登録ってのをしたいんだが」
カウンターに座っているギルド嬢にそう告げると、彼女は慣れた口調でギルドについての説明を始めた。
それによるとギルドと言うのは魔物の脅威を退けるために設立された、国の垣根を越えた組合らしい。
冒険者にはSからEまでのランクが付けられているようで、ランクに応じて受けられる依頼に限りがあると言うことだ。
そして俺的に一番大事だったのは、ランクが上がると一般人が入れないような場所にも立ち入りが許されると言うことである。
世界を回ってみたい俺としては是非ともSランクを目指すしかないな!
「説明は以上です。では、こちらの紙に名前をご記入ください」
そう言って掌サイズの白い紙のようなものを渡される。
「代筆も承っておりますがいかがいたしますか?」
「いや、大丈夫」
「私も大丈夫です」
そこに名前を書き込む。
文字を書くのなんていつ振りだろうか。俺はゆっくりと自分の名前を紙に書きこんでいく。
ふと横を見ると、フィーリアが首を伸ばして俺の字を覗き込んでいた。
「……なんだよ」
「いえ、別に」
チラリとフィーリアの字を見てみると、とても整った字をしていた。
字まで上手いとか、本当こいつ性格以外は完璧超人だな。
俺たちはギルド嬢に名前を書いた紙を渡す。
代わりにギルドカードというのを貰った。
名前とEという文字が書かれた手のひらに収まるサイズのカードだ。
どうやらこれが身分証明書代わりにもなるらしい。
「あ、あと魔物の素材を売りましょう」
「そうだな」
フィーリアが腰につけた物理法則を無視した容量を誇る布袋――次元袋というらしい――から森を抜けるまでに倒した魔物の角と触手を取り出し、カウンターへと置いた。
素材は思ったより高値で売れた。
ギルド嬢の話によるとあそこの森は「死の森」と呼ばれていて、Bランクの冒険者が適正レベルらしい。
「どこでこんな素材を手に入れなさったんですか?」
「どこでって、森でだ」
「死の森の魔物をいとも容易く倒すとは……お二方は期待の新人ですね。引き続きのご活躍を願っています」
ギルド嬢はそう言って丁寧な動きで俺たちに頭を下げた。
用も済んだ俺たちはカウンターを離れ、依頼が貼ってある掲示板へと向かう。
「聞きましたユーリさん? 期待の新人らしいですよ、私たち」
「一緒にいたんだから聞いてたよ」
褒められたからか、フィーリアは上機嫌だ。……ちょっとチョロすぎる気もしないでもない。
「あそこの森でBランクってことは、Eランクの依頼は相当楽そうですね」
「そうかもしれないが、油断は禁物だぞ。エルフが森の中で迷うことだってあるんだからなぁ?」
俺はどこかの誰かの例を出した。
フィーリアは瑞々しい口をとがらせる。
「そ、それは関係ないじゃないですか。ユーリさんだって字が不細工なくせに……」
「なんだその斬新な言い回しの悪口は」
字が不細工とか初めて聞いたわ。
「まあ、とりあえず習うより慣れろ。一回依頼を受けてみて――」
「よう、姉ちゃん中々可愛い顔してんじゃねえか」
突然野太い声がフィーリアに浴びせられる。
そちらを向いてみると、二十歳くらいの男数人がニタニタと笑顔を浮かべていた。