37話 魔人べゼガモス
べゼガモスが雷魔法を飛ばしてくる。俺は紙一重でそれを避けた。
グールデックと戦ってテンションが上がってなきゃ躱せない一撃だったな。
今まで見た魔法の中でも断トツに迅い。
――だけど、目で追えないほどじゃない。
「まだまだ行くぜ」
今度はべゼガモスの両手に雷球が形成されていく。
二発躱すのは流石に厳しいか……? 俺はべゼガモスの手をめがけてピストル拳を放つ。
「それはもう見切ってんだよ!」
べゼガモスは腕を素早く動かして回避した。
溜めの間は激しく動けないのかと思ったが、そうでもないらしい。
なら、突撃だ。
べゼガモス目掛け走る。
べゼガモスはニヤッと笑い両腕を前に出した。
「雷の牢だ。避けられるもんなら避けてみな!」
べゼガモスの掌から放たれた雷は瞬く間に枝分かれし、俺の目の前を覆う。
優秀な範囲攻撃技だな。いくら速く動けても回避可能な場所が存在しないなら躱すことはできない。
だが――。
「躱せないなら、押し通るだけの話だ」
俺は雷の牢とやらを意に介さずに突っ切った。
体がビリビリと痺れるが、動けないほどじゃない。
範囲攻撃になったことで威力は下がったみたいだな。
「なっ!? てめえ本当に人間かよ」
雷魔法を貫通した俺を見て、べゼガモスの声に初めて焦りが混じる。
「それが遺言でいいんだな?」
俺はべゼガモスを殴りつけた。
ドォン、と花火を間近で聞いた時のような音が響く。
しかし殴りつけた手からは相手の死の気配が伝わってこない。
そのままラッシュに移行しようとした刹那、顔に強烈な痛みが襲った。
その痛みはとどまることなく俺の体全体に広がっていく。
至近距離で雷魔法を連打されているのだと気付いた時には、すでに俺の体は深刻なダメージを負っていた。
「魔人の体はてめえら人間みたいに柔くないんだよ!」
意識が飛びかける。
感覚から言って肋骨も内臓もやられてる。
しかも感覚を研ぎ澄ませたことで、痛みがよりはっきりと伝わってくる。
――だが、それでいい。
劣勢なんていつぶりだろうか。懐かしい気持ちだ。
全てを賭しても届くか分からない。だからこそ戦うんだ……!
「下等生物が! 死にさらせコラァ!」
吠え散らすべゼガモスに蹴りを放った。
だがべゼガモスの体はビクともしない。
「てめえが何したって無駄なんだよ! 種族の差は埋まらねえ」
わめくべゼガモスをよそに、俺はべゼガモスの体を踏み台にして後方へと跳んだ。
さすがにこれ以上攻撃を喰らうと命に関わる。
「なるほどなるほど。魔人の俺様を踏み台にするとは、考えたもんだな」
そこでべゼガモスの声色が変わる。
その声に含まれているのは、怒気。
べゼガモスの気配がまた一段と強くなる。
べゼガモスは自らの指をボキボキと鳴らした。
「俺様を踏んだ罰は受けてもらうぜ。体中の骨をバッキバキにへし折ってやるよ。せいぜい泣きわめけ」
「へっ、出来るもんなら……やってみやがれ」
クソがっ……! 俺は内心自分に憤慨する。
せっかくテンション上がってきたとこなのに、目がチカチカしやがる。
自分の弱さが恨めしい。今までの俺は井の中の蛙もいいとこだったってことか。
「これで仕舞だ。恐怖しながら命を差し出しな」
べゼガモスが右腕を上にあげ、今までより二回り大きい雷球を展開する。
その魔法を見た俺は覚悟を決めた。
あんなの喰らったら俺の体が持つわけがない。あれはさすがに俺の体でも無理だ。
だが、負けるのはもっとあり得ない。
コイツに勝つには何かを犠牲にしなきゃならない。
ふと、脳裏にフィーリアの顔が浮かんだ。
「があぁ!」
俺は自ら左腕を切り離す。
そしてそれをやり投げの要領でべゼガモスの頭部に投げつけた。
「無駄なあがきをしやがって」
時速二百キロは出ているだろう俺の左腕を、べゼガモスは雷球でガードする。
――予想通りだ。
その隙に俺は再度距離を詰めた。
左腕を捨てたことで俺の速度は上がった。左腕だけで二、三十キロあるからな。
べゼガモスは自身の雷球で俺の動きに気付いていない。
俺の左腕が消滅し、べゼガモスの雷球も消滅する。
「てめえ! ふざけた策を!」
べゼガモスが俺に気付いた時、俺はすでにべゼガモスを目の前に捉えていた。
べゼガモスがすぐさま次の雷球を作るが、そんなことは関係ない。
どのみちもう一発は耐えられないしな。
殺られる前に殺る。やっぱ俺には殴るしか能がねえ。
――だけど、それなら誰にも負けねえんだ。
「コイツで決めてやるよ」
いままでで最大の力を込めた拳を振るった。
腕を捨てるつもりの一撃、俺の中で最強最大威力の筋肉魔法だ。
いくら魔族でも無傷じゃいられねえだろ……!
俺の渾身の一撃を喰らったべゼガモスは後方へ吹き飛ぶ。
さすがに右腕にも痛みが走る。
「チッ」
鈍い痛みが両肩に響く。
肩が熱い、燃えているようだ。
俺は力を入れて出血を抑え、べゼガモスが飛んで行った方を見た。
今はそんなことよりべゼガモスがどうなったかだ。
俺はやつの気配を探る。
気配は…………ある。
俺の目の前には、満身創痍の魔人が一人。
その額に血管を浮かべながら、瞳孔を開いて立っていた。
「おいおいおいおいおいおいおい、何やってくれてんの?」
べゼガモスの胸にはこぶし大の穴が開いていた。
にもかかわらず、べゼガモスは立ち上がる。なんつう恐るべき生命力だ。
「何やって……くれちゃってんだよお! 人間風情が! 俺様に逆らうんじゃねえ!」
べゼガモスの穴が塞がっていく。
「回復魔法まで使えんのか。器用だな」
「うるっせえんだよ!もう容赦はしねえ」
こぶし大だった穴は塞がりかけていた。だが塞がりきることはない。
……魔力切れか?
そういえば回復魔法は普通の魔法と比べてかなりの魔力を使うとフィーリアが言っていた。
「このべゼガモス様が、人間相手になんてざまだ。……おまえは許さねえ。死んで、そして死ね! 死に続けろ!」
べゼガモスの体から紫色の煙が噴出する。
ピストルキックを放ってみるが、煙はなびかない。
魔力がないにもかかわらず使えるということは、これがべゼガモスの能力で間違いないだろう。
……毒、か?
毒なら抗体で効かねえ自信があるが……。
いや、覚悟を決めろ。毒以外なら俺の負けだ。
意を決した俺はべゼガモスへと近づく。そして煙の中へと入った。
べゼガモスの顔はもう目の前だ。俺の体に異変は起こらない。
「馬鹿か!? てめえは馬鹿ですかー!? 自分からのこのこ入ってきやがって。この煙は猛毒だ。おっと、息とめたって無駄だぜ? 俺の毒は皮膚から侵入し――」
「うるせえ、馬鹿はてめえだ」
思い切り頭突きをお見舞いした。
体が崩れ落ちたところにさらに蹴りで追撃する。
自分の能力べらべらしゃべるやつがあるか。
勝手に油断してんじゃねえよ。馬鹿はしゃべんな。
「てめえ……なんで動ける!? まさか……治癒系の能力持ちだったのか!?」
地面に転がったべゼガモスがうろたえたような声を上げる。
俺はその生命力に素直に感心した。
もう首だけなのに喋れるのか。魔人の生命力ってやつはつくづくすげえな。
「唯の修行の賜物だ」
俺は踵でべゼガモスの顔を踏み潰した。
念のため、気配を探る。
辺りに気配は……ないな。
フッと緊張の糸が切れた。
頭がクラクラする。ふと地面を見るとおびただしい量の血で真っ赤になっていた。
いつの間にか肩からの出血を止めるのを忘れてた。腹からも出血してるし、血が足りない。
べゼガモスの亡骸を見つめる。
……魔人、か。手ごわい相手だった。この世界には恐ろしいやつもいたもんだ。
だが、俺は生きている。
ドクドクと溢れてくる血液が、俺に生を実感させた。
「もっと鍛えねえと。俺も、まだまだ……」
フィーリアが駆け寄ってくるのをかすれた視界で捉えながら、俺の意識は闇に沈んだ。




