36話 魔族侵攻
俺達の目に見えてきたのは凄惨な光景だった。
門付近で魔物と人の戦闘が起こっており、見る限りではかなり人が劣勢だ。
騎士たちと多数の冒険者が魔物に蹂躙されている。
傷ついた人間たちは数多く地に伏せているが、戦っている者はすでに二十人に満たないほどだった。
「魔物が三十匹近く……多いですね」
「俺たちも加勢するぞ」
俺はフィーリアをおぶって空中を走って魔物の上空を抜け、門へとたどり着く。
辺りには意識を失った人々が散らばっていた。戦っている人間たちにも疲労が色濃く見える。
「こりゃあかなり劣勢だな。……オラッ!」
俺はピストル拳を魔物の方へ向かって放った。魔物は吹っ飛ぶが暫くすると立ち上がる。
「……固いな」
俺のピストル拳を耐えるか。
「魔物の多くはBクラス中位ですね……。一匹でも充分に脅威です」
魔物を観察していたフィーリアがそう分析する。
Bクラスが数十匹で押し寄せてきたとなると、こうなるのも仕方がないか。
「私は怪我人を治療します。ユーリさん、気をつけて」
「ああ、分かってる」
フィーリアは近くの騎士に連れられて救護所へと向かった。
回復魔法は貴重だからな。こういう事態ではフィーリアは後方にいた方がより戦力になるだろう。
フィーリアを見届けた俺は魔物と人が小競り合いをしている最前線へと前進した。
「ユーリ君! 助かる」
「ゴーシュか。戦況はどうだ?」
ゴーシュは血でまみれた頭を振って答えた。
「厳しい……と、いわざるを得ないね。Aランク上位の魔物を六体倒したところで人間側はガス欠ってとこだ」
「Aランクまでいんのかよ」
Aランクの魔物とはまだ戦ったことはないが、Bランク上位のブロッキーナより強いなら是非ともやり合いたい。
「まだ二体残ってるよ。あそこだ」
近場の魔物を殴りながら、ゴーシュが指さした方をみる。
そこにいたのは体高一メートル、体長二メートルを超えるほどの、青い体毛をした狼のような魔物だった。
「最近魔物の動きが活発だと思ったらこれだよ。全くいやになる。今日は僕の九ヶ月振りの休日だったのに……。それに僕の部下も何人かやられた。許すわけにはいかないね」
ゴーシュはそうとう消耗しているようだ。
肩書としては騎士団のナンバー2だが、実質的には国中の騎士を取り仕切っているのはゴーシュだという話だ。それゆえかなり忙しいのだろう。
「ゴーシュさん、もう無理です! グールデック四体を殆ど単独で討伐したんです。あなたの魔力はもうほぼ尽きかけてるじゃないですかっ!」
近くの騎士がゴーシュを止める。
ゴーシュのやつ、一人でAランク上位を四体もやったのか。そりゃすげえ。
Aランクの魔物八体と向かい合って半数を殺したんだから消耗もするわけだ。
だが、ゴーシュは前線から下がろうとしない。
「大丈夫さ。魔力は確かに僅かだが、それでも平均レベルの冒険者や一般騎士くらいの働きはできる。――何より騎士はこんなことで屈してはいけないんだ。僕たち騎士団の、そして騎士の存在意義は、この世の平和を守ること、人々が笑って暮らせる世界を守ることだ。そのためなら僕の命なんて安いもんだ」
人類の為に自分の命を使う、か。どうしたらそんな考え方ができるのか。
やっぱ強い奴っていうのはどこかおかしい。
「あなたがいなくなったらこれからの騎士団は誰が引っ張っていくんですか!?」
「だが現状でグールデックと戦えるのは僕だけだろう? 僕が後退するということは戦線が後退することと同義だ。そしてそれは敗北の道だ。それだけはできない。国民に不安を与えるわけには――」
「なあゴーシュ。あれは全部殺していいんだよな?」
俺は会話に割って入った。
ゴーシュは知らない仲じゃない。
それに迷惑をかけた詫びもまだ済んでないんだ。その前に死なれたら寝覚めが悪い。
「しかしユーリ君は……Cランクだろう? 危険だ」
俺が死神を殺したのは知ってるんだから俺に十分な力があることは知っているはず。
……それでもゴーシュの中では俺も守るべき人の一部ってことか? まったく度が過ぎた正義感だな。
そういうやつは嫌いじゃないが――。
「悪いがもう興奮を押さえきれる気がしねえ。ここにいるやつらは任せとけ」
そう告げた俺はゴーシュの答えも待たずに走って移動し、騎士に噛みつこうとした魔物に拳を打ち込む。
「あとは俺に任せて離れてな」
彼らが離れたところで俺は雄叫びをあげた。
魔物達の顔がこちらに向く。
「やる気満々って面してんなぁ。……それは俺も同じだよ」
俺が雄たけびを上げる前からグールデック二匹が俺に威嚇を繰り返している。
喧嘩売られて無視できるほど俺は器用じゃねえんだ。
俺は空中を歩き、グールデックの元へと向かう。
グールデックは一匹が雷魔法を、もう一匹が水魔法を撃ってきた。
二発の魔法にピストル拳で迎え撃つ。
わずかに押し負けたようで、爆風が身体にぶつかる。
「良い! 良いぞ! もっとこい!」
遠距離戦じゃ若干不利。そう判断した俺は距離を縮めにかかった。
ある程度まで近づいた途端、Bランクの魔物が一斉に俺を標的にして大量の魔法で迎撃してくる。
「チッ」
流石に避けきれずにモロに食らった。
足の動きが止まり、俺の体は地上へと向かう。
「邪魔するってんなら、まずはてめえらから殺してやるよ」
先ほどの統率めいた動きをみるに、先にBランクを片づけた方が良さそうだ。
ただコイツらも雑魚と言うほど弱くはない。油断は大敵だ。
俺は落下しながら全力でピストルキックを放つ。魔物が密集している今、ピストル拳よりも効果が高いはずだ。
五体ほど葬ったところで地面に着地し、今度は直接殴る。
周囲の魔物は仲間も省みずに俺を包囲した。少々まずい展開かもしれんな。
俺の弱点は範囲攻撃がないことだ。
ゆえに俺は一度囲まれると一点突破するしか無いのだ。
だが囲まれた利点もある。
俺が躱したら味方にあたるから魔法は使いにくいだろうし、敵との距離が近くなったことで拳を当てやすくなった。
俺は飛び交う魔法をよけながら魔物を殴りに殴る。炎をよけては殴り、氷をよけては殴り。
やっと包囲網がうすくなってきた時、グールデックの数が足りないことに気づいた。
一匹しかいない。さすがはAランク、気配の消し方も一流だ。
「クソッ、どこ行きやがった」
俺はキョロキョロと辺りを見回すが、どこにもそれらしい姿は無い。
気配を探ろうにもこれだけ魔物に囲まれてたんじゃどれがグールデックだか判別できない。
――まさか、後方を狙われたか!?
そう思った次の瞬間、一際大きいBランクの魔物の背後からグールデックが飛びかかってきた。
後方に意識がいっていたせいで、一拍反応が遅れる。
グールデックは素早い動きで頭から俺にかぶりついてきた。
避けきれないと判断した俺は防御を選択し、とっさに体に力を入れる。
一発食らってカウンターだ。それしかない。
覚悟を決めた俺の体にグールデックの牙が食い込む。
「ぐぁ!?」
予想していたよりはるかに強力な顎の力に、俺は強引にグールデックの鼻面を殴る。
大した威力は出なかったが、グールデックは俺の反撃に驚いたのか距離をとった。
「……やるな」
俺はチラリと自分の腹を見る。修行の成果によって痛みは殆ど感じない。
しかし腹から血が出る感覚は鮮明だ。その感覚は嫌でも俺を昂らせた。
口角が自然とつり上がる。理性が保ちきれない。
まさかこんなに噛む力が強いとはな。
――これだから戦いってやつはやめられないんだ。
最高にいい。滾りが収まんねえ。これこそ俺が望んでいたものだ。
俺はグルルルと唸るグールデックに突っ込んだ。しかし他の魔物が邪魔でなかなか近づくことが出来ない。
Bランクの魔物たちは俺を再度囲むことを諦め、俺をグールデックに近づけないことを優先することにしたようだ。
残っている数体のBランクの魔物が一列に並び、魔法を放ってくる。
何発かを体に攻撃を受けながら、グールデックの方へと突き進む。
もう少しでBランクの魔物を殴れるというところまで近づいたところで、グールデックの一匹が俺に突っ込んできた。鋭い前脚の爪で魔物に囲まれた俺を引っ掻く。
常人なら上半身と下半身に分割させられてしまうような攻撃、しかし俺には薄く痕を残しただけだ。
先ほどの噛みと比べるとかなり弱々しい。どうやらグールデックは顎の力は強いが爪の強さはそれほどではないようだ。
「今度はこっちの番だ」
俺はグールデックを殴る。
しかしグールデックは他の魔物を身代わりにした。
なかなか賢しいな。このタイミングでつっこんできたのはBランクの魔物を盾代わりにするためだったという訳か。
「だが、ちょいと認識不足だな」
Bランクの魔物じゃ盾にするには脆すぎるぜ。
俺はBランクの魔物の体を突き破り、そのままグールデックを殴りつける。
その感触でわかった。こいつは殺しきれた。
これであと一匹。そう思い一瞬気を抜いた俺の背後にもう一匹のグールデックが迫ってくる。
ゾクゾクと体が震えるのを感じる。
仲間の死を利用して敵を殺そうとする。これこそ命の取り合いだ。
グールデックは先ほどのように頭からかみつこうとしている。
今からでは躱せないし、防御は先ほど失敗した。
――なら、これだろ!
「おらぁ!」
――肘打ち。
背後に攻撃するにはこれが一番効率がいい。
リーチがかなり短いのが難点だが、向かってくる敵には効果絶大だ。
鍛え抜かれた俺の肘はグールデックの牙を容易に砕き、グールデックは口から尾まで穴が開いた。
そして後片付けとしてBランクの魔物の息の根を止める。
今戦場で立っているのは俺、ただ一人だった。
「……」
……おかしい。魔物は全員倒したはずなのに、まだ気配があるな。
この気配は……最初のグールデックの中からだ。
俺は咄嗟にグールデックの亡骸から距離を取る。
次の瞬間、亡骸はベリベリと音を立てて変形していく。
中から現れたのは、頭に二本の角を生やした肌の黒い男だった。
「よく気づいたじゃねえか、俺様が様子を窺ってるってよ。そういう能力か?」
男は服の汚れを払いながら気楽な調子で聞いてくる。
しかしその体が発する雰囲気は生物としての一線を越えていると感じさせるほどの鋭さだった。
それこそ下手な冒険者なら圧だけで殺せそうなほどだ。顎を冷たい汗が滑りおちるのがわかった。
「なんてことはねえ、唯の修行の賜物だよ」
俺は気を張りながら答える。
全身の感覚を研ぎ澄ませろ。一挙一投足を見逃すな。
先ほどの雰囲気からいって、俺よりも強い可能性もある。
グールデックとの戦闘で研ぎ澄まされていた感覚がもう一段昇華されることにより、今の俺には百メートルほど離れたところにいるはずのゴーシュの会話がくっきりと聞き取れた。
「馬鹿なっ!? こんなところに魔人が出るなんて……Sランクもいいところだぞ!? 緊急事態だ、隊長に連絡をとってくれ! 下手したらこの国……いや、近隣諸国が滅びる!」
なるほどなるほど。
魔人とやらが何かは知らんが、とりあえずめちゃくちゃ強いことは確かだ。圧でわかる。
グールデックとの殺し合いの後、ぶっ続けで魔人と殺し合いか……。
……最っ高じゃねえの!
興奮しすぎて脳の血管ブチ切れそうだぜ。
やっべえ、俺今人生最高に生きてる!
「なんだ、来ねえのか? じゃあ俺様から行くぜ」
「うおおおおぉ!」
俺は叫んだ。
「……なんだ? ビビってんのか?」
んな訳あるかよ!
「お前みたいな強そうなやつと戦えるのがうれしいだけだ。せいぜい失望させないでくれよ?」
俺は手のひらをクイクイと動かし、魔族の男を挑発する。
「魔人であるこのべゼガモス様に、人間の身のおまえがそれを言うかよ。こっちの台詞だぜ」
魔族の男――べゼガモスは雷の球体を右手に作り出した。




