35話 生まれてすぐに立ちあがれる小鹿ってすごい
「いくか」
「いきましょう」
鳥たちがけたたましく鳴いている朝の時間、俺達は街の門の前に立っていた。
騎士団の詰所に謝罪に行ってから数日間、俺達はフィーリアが住んでいた森を探すため、とにかく情報を集めた。
それによると、位置関係的にエルフの里がありそうな森は三ヶ所あるということが分かった。
そのうち一つはすでに踏破されていて、残りはブーン森林とヒヒの森というらしい。
踏破されている場所にエルフの里はないから、必然的に後の二つのどちらかにエルフの里があるということになる。
さらにヒヒの森は冒険者ランクがA以上でないと入れないため、俺達が目指すのはブーン森林だ。
「久しぶりに遠出しますね」
フィーリアが上目づかいで俺を見る。
「そうだな。ブーン森林につくころには昼を回るだろう。最近体を動かしてなかったからな、腕がなる」
「いや、ユーリさんCランクの依頼受けたり、意味もなく全力で街中走り回って通報されたりしてたじゃないですか」
「あんなものじゃ体を動かしたとはいえない」
それに全力で走ってなどいない。全力を出したら通行人が風圧で吹き飛んでしまうからな。
俺にとってはあくまでジョギング程度の速さだ。
「じゃあ道中の魔物はユーリさんに任せてもいいですか? みんなと再開する気持ちの整理をしときたいので」
ギルドで聞いた話だと、ブーン森林までは特に強い魔物もいない。
森の中にも魔物は少なく、稼ぎにならないゆえに冒険者も探索しようとしないようだ。
先日の話を聞いて、フィーリアにとって同じエルフと会うのは軽いトラウマになっているかもしれないと感じた俺はフィーリアの提案を受け入れ、俺達はブーン森林へと出発した。
「到着ですね」
俺達は何事もなくブーン森林へとたどり着いた。時間は正午を少し過ぎたころと言ったところだろうか。
森の一番外側に生えている、森と平地を隔てている木を観察してみる。
高さは十メートルほどで薄茶色い。まあ、普通の木だ。
「どうだフィーリア、おまえが住んでたところの木と同じか?」
俺はフィーリアに問いかける。
フィーリアはブンブンと首を横に振った。
「残念ながら違いますね。私が住んでいたところの木はもっとこう……にぎやかな感じでした」
「はぁ? にぎやかってなんだ。頭大丈夫か?」
「にぎやか」なんて間違っても木につける形容詞ではない。
「ともかくこの木ではないですね。頭も大丈夫です」
「そうか。まあ中がどうなってるかは分からねえし、進むか」
フィーリアの同意を得て、森に踏み込んだ。
森に入るうえで注意すべきなのは毒の類だ。俺達はそこの心配をしなくていい分、かなり楽に探索を進めることができる。
俺は日ごろのトレーニングによりほとんどの毒に対する抗体を持っているし、フィーリアもある程度の抗体と回復魔法がある。
森に入ってからもそこまでペースを落とすことなく探索を行うことができた。
こちらに突進してくる猪のような魔物にピストル拳で風穴をあける。周囲に生命反応が無いことを確認し、フィーリアに話しかける。
「そろそろ寝床の準備をしよう」
「わかりましたー」
もう日は落ち掛かっている。日没もそう遠くはないだろう。
さすがに一つの森を一日で探索し終えることができるとは思っていないので、寝床も用意する必要がある。俺は下を向き、踏みしめている落葉土目掛けて拳をふるった。
「ひゃあっ!」
かなり大きい音がしたのでフィーリアを驚かせてしまったようだ。
しかしこの作業はフィーリアのためなので中断はしない。
しばらくの間、ドゴンドゴンと森に轟音が響いた。
「こんなもんか」
俺は先程まで平らだった地面を見やる。そこには人が入れるほどの穴があいていた。
その穴の表面はヤスリで磨かれた後ニスを塗られたかのようにように滑らかだ。下手したら表面に自分の顔が映る。
これがフィーリアの寝床だ。フィーリアは立ったまま寝ることができないからな、しょうがない。
俺が長年暮らしていた森を抜ける時にもこれを作ってやったのだが、今回は特別にツルッツルにしてあげた。
緊張しているフィーリアがリラックスできるようにという、ジェントルマッスルな俺なりの配慮だ。
「ありがとうごさいます、ユーリさん」
そういってフィーリアは穴の中に寝転ぶ。
そしてゴロゴロと軽く転がっている。ゴロゴロゴロゴロ。
「寝心地はどうだ?」
「作ってもらった身ですし文句はないです」
「そうか」
俺は寝転がるフィーリアを見て思う。
……なんか死んだ人が入る棺みたいな見た目になってしまった。
……まあ見た目なんてどうでも良いよな!
「あ、一つ不満点ありました」
「なんだ?」
「外に出られません」
外に出ようとしているのか、フィーリアは生まれたての小鹿のような体勢でプルプルと手足を震わせている。
無駄に滑らかな表面にしたせいでツルツルと滑ってしまうようだ。
「悪い、すぐ直す」
「わ、私のこと笑ってないですよね……?」
「笑ってないぞ」
「本当ですか?」
あっ、滑った。
フィーリアはステンと転ぶ。
「ああ、笑ってはいない。申し訳ないと思っている。見るに耐えない光景だ。惨めとしか言いようがない」
「ぐぅ……ひ、ひどくないですか? ユーリさんのばかっ!」
流石に可哀想なので、内部を少しごつごつさせて立ち上がりやすくした。
ツルツルにするのは大変だったんだが仕方ない。
フィーリアは「ありがとうございます」と言って再び寝転がる。
今度は滑ることもなさそうだ。
「すぅー……すぅー……」
暫くすると、微かに寝息が聞こえてきた。
俺は朝まで周囲の様子を探り続けた。
夜が明け、再び探索へと移る準備をする。
推測した広さから考えて今日と明日で見て回ることができそうだ。
「本当に寝なくても大丈夫なんですか?」
フィーリアが確認するように聞いてくる。大丈夫だと言ったのに心配性なやつだ。
「一日位寝なくたって何も問題はない。十五日間寝なかったこともあるからな」
「そうですか、相変わらず人間やめているようで何よりです」
フィーリアも俺の体の性能に驚かなくなってきたな。
慣れてきたのだろうか。それならば良いことだ。
この日の探索では何も起こらなかった。
魔物も二度しか遭遇していない。明日は何か見つかればいいのだが。
早いとこフィーリアの能力を元に戻してやりたい。
そんなことを思ってから数時間後の最終日、粗方探索を終えた俺達は既に森から抜け出していた。
結局今日は魔物にも全く遭遇しなかった。
「残念だったな、手がかりがなくて」
「何しょんぼりしてるんですか。らしくないですよ? それに、もうこれでほとんどヒヒの森に確定みたいなものじゃないですか。大きな前進です」
フィーリアは優しく微笑んでガッツポーズを作る。
前向きだな。だが確かにその通りだ。
しかしその二の腕はなんだ。ぷにぷにじゃないか。
俺なんて力を入れなくても筋肉が声高に主張しているというのに。修行が足りん。
おい森、この筋肉を見てくれ!
俺は筋肉を解放し、森に向かってサイドチェストのポーズをとった。
「……なんでそんなポーズをとってるんですか?」
「筋肉を森に見せつけるために、だ」
「な、なるほど……?」
フィーリアはわかったのかわかっていないのかよくわからない返事をしてくる。
「まあなんにせよ、強くならなきゃいけないってことだな」
「Aランク以上にならなきゃいけないですもんね。訓練は辛いから嫌いです……」
フィーリアはげんなりといった様子で肩を落とす。
「よし、魔物もいないし街まで走って帰るか」
「えっ」
俺たちは走って町に帰った。
といっても、八割ほど走ったところでフィーリアがゼーゼー言いだしたので歩きに変えたのだが。
二時間ぽっちしか走ってないぞ。もうちょっと体力をつけてほしい。
「なんか街の方が騒がしくないですか?」
もう少しで町が見えるというところで、フィーリアが俺に話しかけてくる。
フィーリアは俺並に耳が良い。耳を澄ましてみた俺の耳にも異音は届いた。
「かなり大規模な戦闘が起こってるみたいだな。街に何かあったのかもしれない。急ぐぞ」
「わかりました!」
俺達は街へと急いだ。




