33話 あるエルフの過去
俺たちは罪徒についての情報を集めた。
しかし名前はいくらか挙がっても、その居場所については誰も知らなかった。まあ当然か。
情報収集を終えた俺達は宿へと帰る。
フィーリアは詰所からずっと思いつめているようで口数が少ない。
まあ誘拐になんてあったらそうなるのも道理だが。
宿に付くと、そのフィーリアが久しぶりに口を開いた。
「ユーリさん、お話があるんですが」
「……なんだ?」
その硬い面持ちに、俺にも少なからず緊張が走る。
「今回の事で私は自分の弱さを再確認しました。ユーリさんに付き添うにはこんなに弱くては話になりません。特に私はエルフということもあり、誰から狙われるかわかりませんし」
「……そうかもな」
「そこで、私の生まれ育った森に一度帰ろうと思います。ユーリさんもついてきてくれませんか」
意表をついたフィーリアの言葉、俺はその真意を読み取ることができない。
「理由を聞かせてくれ」
「私の能力は『読心』だって前に話したと思うんですけど……あれ、実は嘘なんですよ」
「嘘?」
俺は疑問に思う。
フィーリアは確かに俺の心の中を何度も読んでいたと思ったが、嘘とはどういうことなのだろうか。
「本当は『透心』っていう能力なんです。相手の意思にかかわらず周囲の生物の考えてること、相手の本質や能力を自由に読み取れることができるっていう。まあ今は使えないのでまるっきり嘘っていうわけでもないんですけど」
……うーむ、理解できない。
最近俺の理解が追い付かないことばかりだ。脳のトレーニングが足りなかったのだろうか。
岩に頭突きでもしてもう少し鍛えておけばよかった、とそんなことを思いつつ軽く頭に触れる。
「悪い。よくわからんから順序立てて話してくれないか?」
俺の言葉にフィーリアは「わかりました」と頷き、自らの境遇を語り始めた。
「昔私がユーリさんに仲間に避けられてたって言ったと思うんですけど、それって『読心』……『透心』のせいじゃなくて、『風神』のせいなんですよ。私、双能持ちなんです」
フィーリアはそう言って笑う。
その顔には一抹の寂しさのようなものが垣間見えた。
なるほど、魔闘大会でみせた風魔法の風神は、能力の『風神』を疑似再現したものだったらしい。
というか、双能持ちだったらむしろ尊敬されそうなものだがな。いや、強すぎる故に……か?
強すぎる故に疎まれる、ということならわからなくもない。
「事の発端は私がある日能力を発現したことから始まります。ユーリさんはご存じないかもしれませんが、私たちエルフはほとんどが『風神様』を信仰しています。風神様というのはこの世界の自然を司る神で、つまりはまあ、風神ですね。里長は、私が『風神』なんて能力を持ったのが自分たちの信仰する風神様の顔に泥を塗る行為――つまり背信ですね――だと考えたようで、そこからはいろいろと差別されるようになったわけです」
淡々と、まるで自分が経験したことではないかのように語るフィーリア。
そして先ほどの俺の考えも全く的外れだった。
にしても、能力なんて自分で選べるものじゃないことくらい、誰でも当然知っているはずのに。
「まあ、驚きましたよね。今まで優しかったお母さんやお父さん、村の皆がいきなり私をいない者として扱うなんて、私には想像もしていませんでしたから。私、自慢じゃないですけどエルフの中でも美形なんです。だからかは分からないですけど、それまでは村の皆も私に優しかったんで、余計にびっくりしてしまって」
フィーリアは自嘲したように笑う。
「あまりの態度の変わりように、『なんでなの? なんでなの?』って聞いたんです、私。そうしたらひどく顔を歪めて一言、『私たちに話しかけないでくれないか……』って言われちゃって。それで『ああ、私は生まれちゃいけなかったんだなぁ』って思ったんです」
不意にその目から雫が流れ出て、頬を濡らした。
フィーリアは自分でも驚いたようで、ゴシゴシと袖で涙をぬぐった。目元は赤く色づいている。
「そこから……一年くらいかな?腐ってたんですけど、ある時森に異常に大きな魔物が現れまして。村のエルフ全員がかりでも対処しきれなくて、もう少しで村が潰されるっていうところで、Sランクの冒険者の方がたまたま通りかかって魔物を一撃で屠ったのを見て憧れちゃったんですよね。『あんなふうになりたい』って。いやー、子供って本当に単純ですよねー」
空気が重くなったのを気にしたのか、おちゃらけてみせるフィーリア。
俺はその冒険者に感謝しなきゃいけないな。その人のおかげでフィーリアと出会えたんだから。
「誰にも内緒で村を出ようとしたんですが、里長に見つかってしまいまして、まあ大目玉ですよね。異常種の魔物の死体から出てきたらしい、なにやら箱のような魔道具によって私の風神は吸い取られてしまったんです。ついでに透心も読心に劣化させられちゃいました。ひどいですよねー、そう思いません?」
「そうだな」
「まあ、そんなことでこの超絶美少女エルフの私がめげるわけもなく」
「自分で言うな」
めげるかどうかに見た目関係ねえだろ。
「えへへ。まあともかく、また逃げるチャンスを窺おうと思ってたわけですよ」
意思は潰えてなかったってことか。
フィーリアって意外と芯が強いんだな。
「でもですね、風神を封印されてから、なんというか……私に対する皆の態度が変わりまして。まあ簡単に言うと元に戻ったんです。風神が発現する前に」
フィーリアはブルリと体を震わせた。
「それが心底恐ろしくて。昨日まで口をきいてもくれなかったエルフに、急に『フィーリアちゃんは相変わらず可愛いわねぇ』とか言われたときは鳥肌が立ちましたね。まあ皆からすれば、風神を手放した私は罪を償ったということなのかもしれませんけど。とにかく怖かったですね」
それは怖いだろうな。
「なので、逃げてきました。風神が使えなかったので風魔法が弱体化してかなり大変でしたが、逆に里長たちも私が風神なしで森を抜けようとするとは思わなかったようです。元々私の得意な魔法は風魔法でしたし、森にはかなり強い魔物もいるので」
「それで森を抜けて、舞い上がって迷子になったって訳か」
「その通りですっ」とパチンと指を鳴らすフィーリア。
「解放感でわけわかんなくなっているうちに気づいたら見知らぬ森に迷い込んでました」
てへっ、と頭を手でたたく。あざとい。
「『その通りですっ』じゃねーよ、お前馬鹿だろ」
どの口で俺を脳筋脳筋言ってるんだ。今日の俺と同じくらいの暴走具合じゃねえか。
「ユーリさんに馬鹿なんて言われる日がくるとは……」
うなだれるフィーリア。
思っていたことを洗いざらい吐き出したからか、いつもの調子に戻ったようだ。
俺としても有難い。やはり人を励ますのは苦手だ。
「それで結局フィーリアはその二つの能力を取り戻すために森に帰るのか?」
「そうですね。透心と風神があれば戦闘能力は上がりますし、今日のようなことがあってももっと安全に対処できるようになるはずです」
なるほど。たしかに自衛のためにもその能力は持っておいた方がいいだろう。
「フィーリアがそうしたいなら俺に異論はない。じゃあ準備を済ませたらフィーリアが住んでいた森に向かうってことでいいか?」
「ただ懸念が一つあります」
懸念?
「なんだ?」
「場所が分かりません。私は森から出たことありませんでしたし、森を出てからはうかれっぱなしで周りなんて見ていなかったので」
「それは……どうしようもなくないか?」
場所が分からないんじゃ行きようがない。
「はい」
「どうするんだ?」
「どうにかしてくださいよ」
「……無茶言うな」
いくらインテリマッスルの俺でもどうにもできないぞ。手がかりは森ってことだけじゃねえか。
「とりあえず、森を重点的に回るという形を取りたいです」
「よし、じゃあそうしよう」
今後の方針を決めた俺達は話を終えた。
フィーリアはベッドにもぐり、俺は逆立ちを始める。いつも通りの俺達の日常だ。
しかし、いつまで経っても寝息が聞こえてこない。
ちらりとそちらをみやると、かけ布団が小刻みに震えていた。
そこで俺は自らの認識の甘さに気が付く。
攫われて、奴隷にされかけて――それで怖くないわけがないのだ。
俺はバランス感覚を鍛えるための片肘立ちを止めてフィーリアに近づく。
「ごめんなさいユーリさん。怖くて眠れなくて……」
俺はフィーリアの震える手を掴んだ。
フィーリアは一瞬ビクッと体を震わせたが、やがて体の力を抜いた。
その手は赤ん坊の手のように柔らかく、雪のように真っ白だ。
フィーリアは魔法が使えるだけで、普通の女の子なのだ。
そんなことにも気づかなかった自分の浅慮が恨めしい。
「また狙われるかもしれない私をそばに置いてていいんですか?」
「当たり前だ。フィーリアは安心して俺と一緒にいていいぞ。俺がついててやる。俺にかかればブロッキーナだってどっかの盗賊団だって一撃だ」
「ありがとう……ございます」
フィーリアは感極まったのか泣き出してしまった。
布団に頭を突っ込んで泣いている姿を俺に見せまいとする。
「それでももし不安なら、そんなときは俺の筋肉を見ればいい。鍛え抜かれたこの大胸筋に上腕二頭筋。これを見れば不安も軽くなる。触ってみるか?」
「いえ……それは大丈夫です。本当に。本当に大丈夫なんで」
俺の提案は断固拒否された。
良かれと思って言ったんだがなぁ。この筋肉を見れば不安も軽くなるはずなのに。
結局それから数十分ほどでフィーリアは眠りについた。
眠ったのを確認し離そうとした俺の手を、寝ているはずのフィーリアはギュッと掴んでくる。
掴まれた俺は結局夜の間中フィーリアの隣に居続けることになったのだった。




