32話 事情説明
回復魔法が使える魔法使いにフィーリアを預け、俺は詰所の小部屋でフィーリアが意識を取り戻すのを待つ。
ソファに腰掛け、今回の件について思い返す。
「……駄目だな。全然駄目だ」
どう考えても焦りすぎていた。
デブの家はまだしも、騎士団の詰所で喚き散らしたのは何の意味もない行為だった。
力を持っているからといって傍若無人に振舞いたいわけじゃなかったのに、明らかに視野が狭くなりすぎていた。
フィーリアが攫われたというのに何もできなかった。もっと強くならなきゃ駄目だ。
気付かぬうちに俺は貧乏ゆすりをしていた。
「……ハァ」
自分の弱さに嫌になっていると、こちらに向かってくる気配を感じた。
扉が開けられ、フィーリアが顔を出す。
「ご心配おかけしました。助けに来てくれてありがとうございます」
「フィーリア! もう体は大丈夫なのか?」
「魔力が枯渇して気を失っていたので少しだるいですが、概ね大丈夫です。これからゴーシュさんに説明に行くんですが、同じ説明を何度もするのは面倒くさいので、ユーリさんにも同行してもらおうと思いまして」
面倒くさいっていうのは強がりだ。そのくらいは俺にだってわかる。
あやうく奴隷にされかけたのだ、誰でもいいから近くにいてほしいものなのだろう。
騎士に連れられ、俺はフィーリアと共にゴーシュの元へと向かった。
「やあ、フィーリアさん。災難だったね」
「いえ、助けに来てくださってありがとうございます」
ゴーシュは、「仕事だからね」と言って優しく笑う。
こういう風に人を安心させることは俺には出来ない。
「それで今回の事の顛末を教えてほしいんだ。当事者に聞くのは酷だとは思うんだけど、相手が相手だからね。教えてくれるかな」
「……はい、わかりました」
フィーリアは緊張した面持ちで口を開いた。
「私は街で買い物をしていました。すると突然首に鋭い衝撃が走って、私は気を失いました。今考えると雷魔法だったと思います。街中でそんなものを放たれるとは思ってもみなかったので、対応できませんでした……」
「ヴェルキスの能力は魔法を感知されにくくする類のものだと推測されている。そのせいで魔法にも誰も気づかなかったのだろう」
ゴーシュがフィーリアの疑問に答える。
「目を覚ますと、あの岩穴にいました。なにやら薬を注射され、『これでもうおまえは魔法を使えない』と言われました。その薬が何かはわかりませんでしたが、エルフは古くから森の薬草・毒草には深く精通しています。そして、多くの毒草に対する抗体も持っています。ためしに手元で小規模な魔法を使ってみたところ、問題なく使うことが出来ました。それからしばらくは隙を窺い、奴隷にする魔道具とやらを取り付けられそうになったところで、風魔法でリーダーらしき人の首を切り離しました」
最初に親玉を殺れば、団員の動きは嫌でも鈍くなる。
フィーリアは攫われた状況でも冷静だったんだな。俺とは大違いだ。
「他の人の動きは精彩を欠いていたので、なんとかギリギリのところで全員の意識を奪いました。そして魔力が切れる寸前にお二人が助けに来てくれたという訳です」
フィーリアは説明を終え、出された飲み物を一口喉に入れる。
「ありがとう、フィーリアさん。ヴェルキス盗賊団には僕たちも目を付けていて、突入の準備を整えている最中だったんだ。その為に僕もこの街に来ていたんだよ。それにしても、たった一人でA級盗賊団を全滅させるとは恐れ入ったよ」
「それほどでもないですよ。夢中だっただけでほとんど何も覚えてませんから。……ただ、魔闘大会前にユーリさんとの特訓をしていなかったらと思うとゾッとしますけどね……」
フィーリアは細腕で自分の身体を抱きしめる。
それはそうだ。そんな目に遭って怖くないわけがない。
「それで、もう事情聴取は終わりか?」
「そうだね。協力感謝するよ」
「ちょっと待ってくれ」
俺は席を立とうとするゴーシュを引き留めた。
その前に聞いておかなきゃいけないことがある。
「俺への罰は、どうなった?」
今回の俺は明らかに褒められない行動をした。下手したら牢屋行きだ。
「罰?」とフィーリアが不思議そうな顔をする。
そうか、フィーリアは俺がやったことをまだ知らないんだったか。
ゴーシュが俺のやったことを説明する。
貴族の屋敷に押し入ったこと、そいつらをぶん殴ったこと、この詰所で大暴れしたこと。
それらすべてを聞き終えたフィーリアは驚きと怒りの混ざった顔をした。
「なにやってるんですかユーリさん!」
狭い室内にフィーリアの怒声が響く。
フィーリアのここまで大きい声を聴いたのは初めてかもしれない。
「……悪かったと思ってる」
「許しません! その貴族に関しては別にしても、なんでここの詰所で暴れるんですか! ユーリさんの頭には筋肉しか詰まってないんですか!?」
「まあまあ……。ユーリ君もフィーリアさんを心配してのことだから」
騎士が、その詰所で暴れた俺を庇っている。不思議な光景だ。
「だから許せないんですよ。私のせいでユーリさんは罪に問われてしまう。勝手についてきた私のせいで。こんなことになるならユーリさんについてこなきゃよかったです……」
そう言って俯くフィーリア。
「……フィーリア。俺はいままで自分の好きなように生きてきた。自分がやりたいことだけやって、自由気ままに」
鍛錬はきついこともあったが、それも強くなるために自ら進んでしてきたことだ。
つまるところ俺は、他に類を見ないほどの自己中なのだ。
「今回の事もそうなんだ。俺がフィーリアを助けたいと思ったから動いた。フィーリアがいなくなると思ったら何も考えられなくなっちまった。だからついてこなきゃよかったなんて言わないでくれよ。そもそも俺が森の外に出ようと思えたのは、フィーリアと出会えたからだ。俺にはフィーリアが必要なんだ」
「そ、そんな言葉でごまかしたって、ユーリさんがこの建物で暴れたのは事実なんです。一体どれだけの罪になるか――」
ゴホン、とゴーシュが咳払いをする。その顔には苦笑が浮かんでいた。
「僕もいることを忘れないでくれよ?」
フィーリアは慌ててペコペコと頭を下げ、「すみません」と謝る。
まるでゴーシュたち騎士が悪者みたいな雰囲気になってるもんな。本当の被害者は騎士団なのに。
もちろん加害者は俺だ。
ゴーシュは落ち着いた動作でコーヒーを一口すすり、俺の罰について言を発した。
「たしかにユーリ君の行いは決して褒められたことではないが、それでも上手いこと尻尾を隠していた貴族を捕まえられたのは大きい。彼は色々黒い噂が絶えない人物でね、言い逃れが上手いから僕たちも頭を悩ませてたんだ。でも彼の救助の名目で家に上がりこんだら、不正の証拠が出るわ出るわ。おかげで彼は獄中行きさ。それにフィーリアさんのおかげでヴェルキス盗賊団も壊滅したし……まあそういうわけで、僕たち騎士団にとっては今回のユーリ君の行動は迷惑なだけでもなかったんだよね」
そう語るゴーシュの口調は予想以上に柔らかいものだ。
功罪相償うということか?
この国ではそういう考え方が主流なのだろうか。
「でもまあ、詰所で暴れたのに全くの無罪というわけにもいかないからね。君たちには罪徒の捕縛、もしくは討伐をお願いしたい。もちろん僕たち騎士団の為、ならびに国民の安寧の為にね。半年以内に一人でも連れてきたら、今回のことは不問にさせてもらうよ。罪徒の生死は不問だけど、出来なければ……僕も擁護はするけど、もしかしたら牢屋行きになってしまうかもしれない」
罪徒っていうと、世界的な指名手配犯のことだったか。それを捕まえてこいと。
「わかった。半年以内だな」
「ありがとう。僕たちは治安維持に忙しくて、どうしても後手に回らざるをえないからね」
「礼をいうのはこっちだ。問答無用で牢屋行きかと思ってた」
正直助かった。
「そうと決まれば早速探しに行くぞ」
俺は席を立ちあがる。
そんな俺の腕をフィーリアの手が掴んだ。
「え? 今からですか!? それはいくらなんでも……もっと準備とか聞き込みとかをしてからにしましょうよ」
「わかった。そうしよう」
俺はフィーリアに従って席に着く。
フィーリアは俺にない慎重さ、冷静さを持っている。ここはフィーリアの指示に従おう。
俺達は罪徒についての情報を集めることにした。




