31話 洞窟
ヴェルキス盗賊団についての情報を得るため、まず俺が向かったのはギルド。
そこでヴェルキス盗賊団についての情報を聞きこんだ。
「ヴェルキス盗賊団、ですか」
「ああ、仲間が攫われたんだ。知ってることを教えてくれ」
「彼らはいわゆる奴隷商として活動し、盗賊団の資金源を集めています。おそらくそのお仲間は近く闇市で売られることになるかと……」
闇市だと? 冗談じゃねえぞ!
「場所は! その盗賊団の場所とか分かんねえのか!」
「申し訳ありません……」
俺はギルドを出る。
他にそういうのを知ってそうなところは……どこだ!? ……騎士団の詰所!
あそこなら知ってるはずだ!
俺は街人に治安維持官の詰所の場所を聞き、そこへと直行した。
俺はカウンターから身を乗り出し、受付嬢に用件を伝える。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「ヴェルキス盗賊団の居場所はどこだか知らないか? 教えてくれ!」
受付嬢は顔をしかめる。
「申し訳ありませんが、部外者の方に内部情報をお教えするわけにはいきません。お帰りください」
俺はキレた。
「ふざけんな! 知ってるなら教えろ! 仲間が連れ去られてんだよ!」
「お気の毒ですが、規則ですので」
理屈では分かっている。そりゃあ教えられないだろうさ。
俺がもしヴェルキス盗賊団とやらの一員なら、それを聞いて騎士団が自分たちのことをどこまで把握しているかを知ることができてしまうんだから。
もしくは俺が盗賊団につかまって余計に被害が増える可能性もあるわけだし。
だが、今の俺にそんなことは全く考えられなかった。
冷静になるなんてのは無理だ。
俺は受付でわめき散らした。ヴェルキス盗賊団の情報を教えろ、と。
「教えろよ! 早く教えろ!」
「ですから、規則なんです!」
本気で威圧をしても受付嬢は対応を変えない。
このままじゃ埒が明かないぞ……! どうすりゃ――
「あれ? ユーリ君じゃないか。久しぶりだね……っと、これは一体どういうことかな。すごいことになってるけど……」
そこにいたのはゴーシュだった。
なんでコイツがムッセンモルゲスの街にいるかなど、この際どうでもいい。
俺は半ば混乱状態になりながらゴーシュに詰め寄った。
「ヴェルキス盗賊団についての情報を教えろ!」
「ウェルキス盗賊団? そりゃまたなんでかな?」
「フィーリアが攫われた!」
「フィーリアさんが!?」
「そうだ。早く教えてくれ!」
ゴーシュは冷静に周りを見渡す。
そして何やら思案顔になった後、口を開いた。
「このままだと詰所ごと壊されちゃいそうだからね。……仕方ない、教えてあげるよ。ただし、後日この報いはきっちり受けてもらうから」
ゴーシュは乱雑に散らかった詰所の中を見回す。
「本当か? 助かる、早く教えてくれ!」
「ただし、僕も同行する」
「いや、場所だけ教えてくれれば――」
「駄目だ。僕が同行することが条件だ。いいね?」
俺の言葉を遮ってゴーシュが言い放つ。
そう言われたら俺は従うしかない。
教えてもらわなければ、俺はフィーリアの元に辿りつくことはできないのだから。
「……わかった。早く行こう」
「地竜の用意をする。ついてきてくれ」
俺は逸る気持ちを抑えながらゴーシュの後をついていく。
「フィーリアさんはいつ攫われたんだい?」
「それは分からねえ。午後になっても帰ってこないから不安になって探しに行ったんだ。多分それまでに攫われたんだ」
「直接見たわけじゃないんだね? ならなぜヴェルキス盗賊団が彼女を攫ったと?」
「フィーリアの匂いを辿っていったら、屋敷に着いた。そこに押し入ったらなんかデブがいた。そいつがフィーリアを奴隷にしようとしてるっつうから俺はデブをぶん殴ったんだ。そうしたらそいつがフィーリアは今、ヴェルキス盗賊団のヴェルキスってやつに連れてかれてるっつったんだよ」
「押し入ったのか……。君も無茶をするね。ユーリ君、その屋敷の男ってこの顔だったかな」
ゴーシュが見せてきたのはまさしくデブの顔だった。
「そうだ、コイツだ」
「そうか、ありがとう」
ゴーシュが笑う。
その人のよさそうな笑顔に、俺の焦燥感も少しだけ和らげられた。
随分と一気にしゃべっちまったな。それに結構物騒なことやらかしちまった。
「……悪かった。詰所をこんなにしちまって」
「今は気にしないでいいよ。後日きちんと埋め合わせはしてもらうから」
「そうか」
そのまま歩いていく。
少しして、魔物がいる小屋へとついた。
周囲に敷き詰められた藁の匂いが鼻腔を刺激する。
「行くよ、ユーリ君。君も乗ってくれ」
「いや、俺には必要ない。走って付いていく」
元より地竜などに頼るつもりはない。
ゴーシュは一瞬目を丸くするが、俺が本気なのだと気付いたのか、コクリと頷きを返してきた。
「……了解した。でも遅れても待たないからね」
「ああ、それでいい。早く行こう」
地竜に乗ったゴーシュは颯爽と走り出す。
俺はそれを追いかけた。
フィーリア、無事でいてくれよ……!
ゴーシュは地竜を巧みに操って野を駆ける。
数時間かけてたどり着いたのは、木が生い茂る山だった。
段々と傾斜がきつくなってきている地面を見て、ゴーシュは地竜から降りる。
「ありがとう、ここまでで充分だ。君はここで待っていてくれ」
ゴーシュは地竜に語りかける。
「キュイイイ!」と返した地竜は、近くの木に寄り添うように体を地面に降ろした。
「……にしても驚いたよ。本当に地竜の速度についてくるなんて」
「俺のことはどうでもいい。それよりやつらのアジトはどこだ」
「たしかに、それもそうだね。アジトはもう少し先だよ。ここからは徒歩だ」
そう言ってゴーシュは歩き出した。
数分後。
息をひそめて歩いていたゴーシュが黙って左を指差す。
その指の示す方には、明らかに人工的に作られたであろう岩穴があった。見張りも一人いる。
「ヴェルキス盗賊団の構成員は凡そ二十人ほど。団員は可もなく不可もなくといった強さだけど、団長のヴェルキスは文句なしに強いよ。冒険者のランクに照らし合わせるなら間違いなくAランクだ。ただ……見張りが少ないな。何かあったのかもしれない」
ゴーシュが小声で情報を教えてくれた。
「もう殴り込んでいいか? いいだろ?」
そんなことを言われたらじっとしてはいられない。
見張りも心なしかそわそわしているように見える。
「焦りは禁物だよ。ユーリ君は僕についてくるんだ」
ゴーシュは背中から影のような黒い手を次から次へと生やし、岩穴を見張っている男に向けてその手を伸ばす。
無数の黒い手に襲われた男は声をあげる間もなく意識を失い地に伏せた。
「じゃあ、行こうか」
見張りを無力化したゴーシュは岩穴の方に一日近づく。
岩穴に入る前、俺は念のために岩穴の中の気配を探った。
「……!?」
その結果に俺は動揺を隠せない。
「おいゴーシュ。……あの中には一人しかいない」
岩穴の中にあるのは一人分の気配だけだった。
「本当かいユーリ君?」
それを聞いたゴーシュも驚いた様子だ。
「ちょっと待ってくれ」
俺は鼻の感覚を研ぎ澄ませた。
……たしかにフィーリアの匂いはこの先にある。
だがしかし、この鼻を突くような匂いは――!
「この先には死臭が充満してる。急いでくれ! フィーリアに何かあったのかもしれない!」
「死臭!? わかった!」
俺達は急いで岩穴に入った。
何か所か分かれ道があるが、生命反応があった場所に一直線で向かう。
「これは……」
そこで俺が見たものは、辺りに散らばる切り刻まれた死体と、その中心に立ち『風神』を纏うフィーリアの姿だった。
「フィーリア! 大丈夫か!?」
俺はフィーリアの元に駆け寄る。
フィーリアは「ユーリさん……?」と言った後、倒れこんでしまった。
俺はフィーリアの体を支える。
相変わらず、不安になるほど軽い身体だ。だが、心臓は確かに動いていた。
「よかった……」
俺は安堵の息を吐き出す。
無事で本当に良かった。
「驚いたよ。まさか一人でヴェルキス盗賊団を壊滅させるとは……」
ゴーシュが目を丸くさせ、倒れている内の一人を見る。
首がちょん切れているそいつがヴェルキスなのか。
どうやらフィーリアは親玉もろとも全員ぶちのめしたらしい。
「とりあえず、一端戻ろう。フィーリアさんを安全なところで休ませてあげないと」
特に異論もない俺は、ゴーシュの言うことに従いフィーリアを抱えてムッセンモルゲスへと戻ったのだった。
感想への返信に対しての温かい言葉ありがとうございます。
そして拙作が二万ポイントを突破しました。
もう少しで明るい展開に戻ると思いますので、どうかそれまでお付き合いくださればと思います!




