29話 おっきい蜂さん
今日は街中の依頼を受けている。といっても簡単な依頼ではない。
家に魔物の巣が出来てしまったから除去してもらいたい、という依頼だ。
というわけで、俺とフィーリアはその家屋があると言う郊外にまでやってきたのだった。
「魔物って街中にもでるんだな」
「今回の魔物は空を飛ぶタイプみたいですしね。いくら門を固めても上空から入られるのを完璧に防ぐのは無理ってことでしょう。それに大きさもそんなに大きくない魔物のようですし」
今回の魔物はマビーと言う、蜂に似た魔物らしい。
大きさは手のひらサイズと蜂と比べればかなり大きいが、魔物として考えれば相当小さい魔物だ。
接敵する前からこれほど子細な情報を知っているなんて、さすがはインテリマッスルの俺といったところか。
「全部私が調べた情報じゃないですかー」
「頭の中を覗くな。……それになフィーリア。確かに調べたのはお前だが、その情報を理解できた時点で俺はインテリマッスルとしての資格を持ってんだよ」
俺は腕だけ筋肉を解放し、握り拳をつくる。
この筋肉の美しさ……どこからどうみてもインテリマッスルだ。
「インテリのハードルが低すぎる気が……」
「おい、そろそろつくぞ」
「あ、はい」
依頼主の家は郊外に佇む一軒家だった。
家と家との間が十メートルほどあるくらいの閑散とした、良く言えばのどかな場所に建っている。
家の前にはすでに依頼人が俺たちの到着を待っていた。
「お待ちしてました。どうぞよろしくお願いします。」
「どうも」
「私はフィーリアで、こちらはユーリさんです。こちらこそ今日はよろしくお願いしますね」
軽く挨拶を終え、早速マビーのいる場所に案内してもらう。
「巣は庭ですか?」
「はい。運悪く魔石の備え付けられた場所に巣を作ってしまったようで――」
依頼主の男は庭の奥を指差す。
「――あんな感じになってます」
そこには壁を侵食するように物置ほどの大きさの巣が存在し、その周りをおぞましい大きさのマビーが縦横無尽に飛び回っていた。
「うひゃおわぇ!?」
フィーリアが意味不明な声をあげる。
だがその気持ちはわからないでもない。
「でけえ……」
もはや蜂に似ているなどとは言っていられない大きさだ。三十センチは優に超えているんじゃないか?
そもそも翅の大きさと体の大きさが明らかに釣り合っていない。
ブブブブブ、と神経に触る音を出しながら飛ぶマビーはかなり心臓に悪い見た目をしていた。
「ま、マビーの食料は魔力。魔力が潤沢な魔石の栄養を取りこんだ結果、あそこまで巨大化してしまったんですね……」
なんとかショックから立ち直ったらしいフィーリアが解説してくれる。
「はい、私たちではもう手が付けられなくて……」
依頼主は心底困ったように言葉を途切らせた。
それはそうだろう。あんなサイズの魔物が庭にいたのでは日常生活を送るどころの話ではない。
依頼主の不安を取り除いてやらんとな。
俺は自信満々で力強く胸を叩く。
「任せろ。俺たちが来たからにはもう安心だ。なあフィーリア?」
「はい、安心して避難していてください。一時間ほどですむと思いますから」
「本当ですか! ありがとうございます!」
依頼人は嬉しそうな顔で家から離れていった。
「……ユーリさんユーリさん」
完全に依頼人の影が見えなくなったところでフィーリアが口を開く。
「どうしたフィーリア」
「あれ、退治しなきゃ駄目なんですよね?」
フィーリアはひくひくと頬を痙攣させながらこれ以上ない苦笑いを浮かべた。
「『あれだけカッコつけたけど結局出来ませんでした』と言える面の厚さがフィーリアにあるなら退治しなくてもいいかもな」
「……退治するしかないですね。超絶美少女エルフのフィーリアさんにそんなことは許されません」
胸の前で小さく握り拳をつくるフィーリア。
「俺一人でもやれるけどな。苦手ならやめとけばいいんじゃないか?」
戦いなら一人でも楽しいし、無理そうなら俺が一人で終わらせてもいい。
しかしフィーリアは首を振る。
「いえ、報酬を貰う以上は……やらないと……」
フィーリアは鳥肌の立った腕をさすりながら震える声で言った。
「大丈夫かよお前……」
「私が死んだら骨は空に撒いてください……」
「縁起でもないこと言うなよな……」
そんなこんなで俺とフィーリアはマビー退治にかかることにした。
「おらっ!」
家の壁に纏わりつき侵食している巣をピストル拳で攻撃すると、危険を察知したマビーたちが中から続々と姿を現す。六、七十匹といったところか。
こうして見るとかなり異様でおぞましい光景だ。
「うわあ、いっぱい出てきました……」
「そりゃでてくるだろ」
次々に現れるマビーを見たフィーリアはブルブルと体を震わせている。
「準備はいいなフィーリア。来るぞ!」
俺はマビーたちの中心に向けてピストル拳を撃ち込む。
数匹が地に落ち、それ以外の多数は広範囲に広がって俺たちを包囲した。
「来ないでくださいっ! 本当に! 本当に~っ!」
フィーリアは襲い掛かってくるマビーたちにやたらめったら魔法を撃ち込んでいく。
途切れることのない魔法に、マビーたちはフィーリアに近づく事すら出来ていない。
「すげえなフィーリア。こりゃあ俺も負けてらんねえ!」
このまま手柄をとられてはたまらない。
俺は負けじとマビーたちの群れに向かって突っ込んだ。
数十分後、最後の一匹を倒し終わった俺は依頼の完了を確認する。
「終わったな」
「も、もう無理ぃ……」
フィーリアはその場にへたりこんでしまった。
どうやら相当無理をしたようだ。
実力的には問題ないレベルだったが、精神的な嫌悪感はいかんともしがたいからな。
「おいおい、大丈夫かよ」
俺は手を差し出す。
フィーリアは柔らかい手で俺の手を取り立ち上がった。
「な、なんとか……。でも私なんかより、ユーリさんは何回か刺されてたみたいでしたけど大丈夫なんですか? ユーリさんがマビーに後れをとるとは思いにくいんですけど……」
「ちょっとあの針をくらってみたかったから刺されてみたんだ」
「……? え、わざと刺されたんですか!?」
「ああ。でも駄目だな。俺の肌の方が固かったみたいで、針が刺さらずに折れちまってた」
俺はため息をつく。
いい訓練になるかと思ったが、この程度の魔物では練習台にもならなかった。
「……ユーリさんって肌が金属か何かで出来てるんですか?」
「馬鹿にすんなフィーリア。俺の筋肉は金属なんかよりよっぽど丈夫だ!」
この筋肉を見ろ。
鍛え抜かれた筋肉というのは針など通さない。
天然の鎧を纏っているに等しいのだ。
俺曰く――至高の鎧とは筋肉である。
「……そうですか、それは良かったですねー」
フィーリアは感情のこもっていない声で言う。
「おい、なんか適当じゃないか?」
「もういい加減驚くのに疲れました。ユーリさんについては深く考えても無駄ですから」
ほう、なるほどな。
「『考えるな、感じろ』を実践しているってわけだな。やるじゃないかフィーリア」
「……もうそういうことでいいです」
フィーリアは何かを諦めたようにため息を吐いた。
マビーを一匹残らず退治したことを伝えると、依頼主は大層感謝していた。
ほとんど訓練にはならなかったが、喜んでもらえただけ良しとしよう。




