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魔法? そんなことより筋肉だ!  作者: どらねこ
3章 フィーリア編
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28話 全てを見通すマダム・インフェルノ

 宿の中。窓も戸も閉め切った部屋の中は、空気が停滞している。

 フィーリアは俺とは目線を合わせず、下を向いているままだ。

 普段とは違う張り詰めた空気感が俺たちの間に漂っていた。



「これで、おしまいですね……」


 フィーリアが下を向いたまま呟く。


「もう一度やり直すことは……できないのか?」


 無理だとわかってはいる。だが、それでも聞かずにはいられない。

 フィーリアは俺を納得させるように淡々と口を開く。


「……ごめんなさい。最初に決めましたよね? だから私はこうするしか……っ!」


 淡々としていたフィーリアの口調は、すぐに気持ちが表れたかのように激しさを増した。


「だが、これではあまりにも――」

「いつか終わりが来ることはユーリさんもわかっていたはずです。わかった上で、今まで一緒にやってきた。違いますか?」


 正論。それは返す言葉もないほどの正論だった。


「……っ! 違わねえ。……そうだな、わかった。終わりにしよう」

「……はい。終わりにしましょう」


 フィーリアは僅かに微笑を浮かべ、そして――








 ――カランコロン、とサイコロを振った。

 六が出たことを確認したフィーリアは、満面の笑みで盤上の駒を進める。


「ゴールっ! 私の勝ちです!」


 フィーリアは両手を上げてバンザイの態勢をとった。


「馬鹿な……っ。インテリマッスルの俺が……負けただと?」

「約束通り、今日は依頼はお休みですね」


 俺たちはすごろくをしていた。

 依頼を受けるか休みにするかで意見が分かれた俺たちは、この勝敗に決断をゆだねることにしていたのだ。


 フィーリアは満足げな顔で勝ち誇っている。

 俺はと言えば、まだ敗北を受け入れられていなかった。


「負けた……負けた……」

「……ユーリさん、どんだけ落ち込んでるんですか」

「よりによってフィーリアに負けた……」

「ちょっ、それどういう意味ですか!?」

「もうだめだ……」

「説明してくださいよ! どういう意味ですかっ!」








 時間を経てようやく自分の敗北を認めた俺は、外に出かける準備を始める。


「それにしてもお前すごろく強えな」


 お前の時のサイコロ、六しか出てない気がするぞ。


「コツがあるんですよ」


 ふふーん、と得意げな声を漏らすフィーリア。

 コツとか言ってはいるが、結局最後は運の勝負だからな。

 俺も運は悪くない方だと思っていたのだが、まさか負けるとは思っていなかった。


「じゃあ、今日は街をうろうろしましょー!」

「おう、わかったよ」


 どんな言い訳をしても、負けてしまったのだから仕方ない。

 俺たちは宿を出て、ムッセンモルゲスの街へと繰り出した。









 俺たちは高く上がった太陽を背にムッセンモルゲスの街を練り歩く。

 数時間は探索しただろうか。

 改めて歩き回ってみると新たな発見もあって、新鮮な気持ちで楽しめた。意外と休みにして良かったかもしれないなと思い始める。


「結構歩き回って疲れましたねー」

「俺は全然疲れてないけどな」

「ユーリさんの体力は底なし沼ですね」

「沼は余計だ。なんでちょっと悪い感じの言葉で例える?」

「ずぶずぶー」


 フィーリアは腕を上に上げ、徐々に膝を曲げていく。

 なんだそりゃ? 沼に飲み込まれた人の真似か?


 それにしてもまだまだ時間はあるが、これから行くところはあるのだろうか。

 そんなことを考えている俺の方をフィーリアが振り向く。


「あ、占いとかどうですか? 無料ですって!」


 フィーリアが指をさす方には三角錐の形をしたテントが張られており、看板に「占いの館」と書いてある。横にはたしかに無料とも書かれていた。

 俺はそのテントを見る。

 館と呼ぶにはあまりにも質素な造りのそのテントはこの通りの中でも明らかに異彩を放っていた。

 真昼間だというのに紫色の光を放っているところからして、神秘的と言うべきか気味が悪いと言うべきか微妙なところだ。


「占い? まあ別にいいが……」


 俺はあまり占いというものを信用していない。


「私一度占ってもらってみたかったんですよね~。ユーリさんは見てるだけでもいいので、ついてきてくれますか?」


 それを感じ取ったのか、フィーリアは譲歩案を提示してきた。


「わかった、いいぞ」


 信用してはいないが、能力を使って占っている人の占いにはそこそこの信憑性があるのも事実だ。

 嫌いなわけではないので行くことに反対はしない。

 というか別に信用していないだけで嫌悪感があるわけでもないから、占ってもらえと言われれば快く占ってもらう位の感覚なんだがな。

 まあなんにせよ、今日はフィーリアに負けちまったしフィーリアの言う通りにしてやろう。




 テントの中に入ってみると、中にいたのは紫のカールの髪をした三十代後半くらいのふくよかな女だった。

 見えにくい紫の光で照らされていると言うこともあり一瞬筋肉を鍛えているのかと思ったが、単に太っているだけだということに気が付き軽くがっかりする。


「ようこそ。私はマダム・インフェルノよ。占うのはそちらの方かしら?」


 占い師の女はフィーリアの方に手を向ける。


「はい。フィーリアです、お願いします」


 そう言ってフィーリアは占い師とテーブルを挟んで向かい合う様に座る。


「それじゃあ、今日は何を占えばいいのかしら」

「じゃあ、今後の運勢をお願いしてもいいですか?」


 フィーリアはウキウキと肩を揺らしながら占い師に言う。

 しかし占い師はそれを首を振って却下した。


「今後? それは無理よ。私は過去のことしか占えないわ」

「そうなんですか……」


 過去のことしか占えないって……それは果たして占いと呼べるのだろうか。はなはだ疑問である。


「うーん、例えばどんなことを占えるんですか?」


 急に過去のことを占うと言われても何を聞いていいのか良くわからないようだ。

 だが女もフィーリアのような反応には慣れているのか、「ああ、そうよね」と落ち着いた様子だ。


「リクエストが多いのは自分の性格かしらね。改めて他人の目から指摘されることで気づけることも多いと思うわ」


 なるほどな。要するに性格診断のようなものか。

 確かにそれなら占いと言えるかもしれない。


「じゃあそれでお願いします」


 フィーリアの返事を聞いた女はテーブルの下から拳より少し大きいくらいの水晶玉をとりだし、それを眺めはじめた。

 俺は目の前の女の雰囲気が変わったことを察知する。

 どうやら目の前の女はインチキなどではなく、きちんとした占い師らしい。


 しばらく無言で水晶玉を眺めていた女は「ふぅ」と軽く息を吐きながら目線を切る。

 その後ふくよかな手の甲でふくよかな顎を一度撫で、ふくよかな唇でふくよかに言葉を紡ぎ始めた。


「そうね……あなたは素直になれない性格してるわね。それと、体面を整える技術はあるみたいだけど、それでもやっぱり中身はまだまだ子供ね。それを隠さず見せられる相手がいると無理せずにすむわよ」

「ふむふむ」


 フィーリアは女の言葉に真剣な表情でコクコクと頷く。

 そこで女はチラリと俺に視線をよこした。


「彼とは中々相性がよさそうに見えるけれど……出会ってまだ短いのかしら。相応に信頼はしているようだけど、まだ隠し事はあるようね」

「なるほどぉ……。私が頭がいい分、真逆のユーリさんとはある意味波長が合うってことですかね?」


 フィーリアは俺の方を振り返り、したり顔で言ってくる。


「俺はインテリマッスルだ」


 そう返すとフィーリアは呆れたように肩をすくめ、俺を小さく鼻で笑った。うぜえ。

 占い結果については……まあ人は誰しも隠し事の一つや二つあるものだからな。特段気にかけることもない。


「隠し事の件はあなたの根っこに根差したものだから、私が口を出すことじゃないしいいとして。……あら、あなた今日も何か小さな隠し事をつくったわね?」


 女は軽く眉を上げ、水晶玉越しにフィーリアを見る。

 しかし当のフィーリアは何のことだかわからなそうな顔をしていた。


「今日ですか? 特に覚えはないですけど……」

「あら、そうなの? とても小さなことみたいだし、それなら彼にも伝えていいかしら」

「別にいいですよ。特に心当たりもありませんし」


 フィーリアが隠し事をするのは自由だし問い詰めるつもりもないが、まあ気にならないと言ったら嘘になる。

 聞かせてくれると言うならありがたく聞こう。

 俺は女の声を聞き逃さないよう、耳に意識を集中させた。


「サイコロが見えるわ。それに、魔法……これは風魔法ね。これが何を意味するのかは分からないけれど、参考になったかしら。占いはこんなところね」


 ……ん? サイコロ? 風魔法?

 それってもしかして、フィーリアがすごろくでイカサマしてたってことじゃ――


「さ、ささ参考になりました。ありがとうございました。さあ帰りましょう」


 フィーリアは女に頭を下げるや否や俺の手を引いてテントから飛び出した。







 テントを出たフィーリアは早足で街中を歩く。


「い、いやー、何言ってたんでしょうねあの人! よくわかりませんでしたねユーリさん!」

「おいフィーリア」

「途中までは当たってましたけど最後は大外れでしたね! まあ占いも完璧じゃないでしょうし仕方ないんでしょうけどね!」

「おいフィーリア」

「……な、何でしょう?」


 早口で捲し立てるフィーリアを呼び止める。

 恐る恐る、といった表情でフィーリアは振り返った。その額からは滝のような大汗が流れ落ちている。


 これは……間違いないな。完全に黒だ。

 フィーリアのやつ、今日の予定を賭けたすごろくでイカサマしてやがった。

 これは許すわけにはいかないよなぁ?


 俺は拳を鳴らしながらフィーリアの目前に立つ。


「全部吐け」

「うぼろろろ」

「そうじゃねえ」


 そんな汚い姿を見せろって言ってるんじゃないことくらいわかれ。


「お前、すごろくでイカサマしてやがったな……?」

「え、えへへへへ……」


 フィーリアは滝のような汗をかきながら、俺から目線を逸らした。


「笑って誤魔化そうったってそうはいかないぞ」

「騙したと言いますか、ほんの出来心と言いますか……。て、てへっ!」


 コツンと頭に拳を当て、お茶目に舌を出すフィーリア。


「……フィーリアぁ……!」

「ご、ごめんなさーい!」


 捕まえようとした俺に即座に反応したフィーリアは脱兎のごとく逃げ出した。

 本当に油断も隙もないやつである。

誠に残念ながらマダム・インフェルノ様の再登場予定はありません。

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